第2楽章 9節目
春休みが終わると、関東予選が始まるため春休みの部活はそこそこ熱が入っている。
とはいっても流石に何日か休養日はあるわけで、和樹は髪を切りに来たついでに本屋をうろついていた。
(お、新刊出てんじゃん)
ちょうどレジの近くの平積みされているコーナーの中に、集めている漫画の新刊が出ているのに気づいて手に取っていると、後ろから最近少しばかり聞き慣れた声が聞こえた。
「あれ? 石澤?」
「藤堂? ってお前、それ…………」
「はは、珍しいとこで会うね。あ、その漫画集めてんだ」
名前を呼ばれて振り返った先で立っていたのは藤堂だった。
ただ、声ですぐわかって名前を呼んだものの、その外見の変化に、和樹は咄嗟に言葉に詰まる。
藤堂はそんな和樹の様子に気づいているのだろうが、それよりも手に持っている漫画を気にしたようで、そんな事を言ってきた。
元々藤堂は男子よりも女子に人気が高い美人な女子だ。
普段は綺麗な髪を背中の真ん中程まで下ろしていて、バスケをやっている時はまとめている。
だが、今はその髪がバッサリと切られていて、女性にかけるには相応しくないのかもしれないが、美人な顔立ちと相まって凛々しい容姿となっていた。
「あんたね、女性の髪そこまでガン見するってどうなのよ? …………もしかして似合わない? 自分じゃそこそこ似合ってるつもりなんだけどさ」
「あ、いや、わりぃ。めちゃくちゃ格好良くて似合ってると思う……マジで顔立ちも美人な藤堂が髪短くしてると、麗人って感じだな」
後半は、漫画の表紙を飾っている男装の麗人コスプレをしている美人と見比べながらで、和樹はぼろっと思ったままに言葉にしてしまう。
それを聞いて、藤堂は少し照れたような素振りで言った。
「いや、びっくりする。急にめっちゃ褒めるし」
「え? あ……すまん、ちょっとこれ見ながらだったからそのまま思ったこと出てた」
「だから…………あぁ、いいわ。ありがと。後ごめん、それ買うとこだったんでしょ、邪魔した」
「いや、ってか藤堂もこれ知ってんだね」
「兄貴が漫画持ってる、後アニメやってるのも見た。ただのコスプレのエロい系かと思ったら結構面白くてさ」
「おお、マジか意外。そしてそうなんだよ…………なぁ藤堂さ、買ってくる間ちょっと待っててくんね? 何かこのままじゃあなってのも勿体なくて」
何となく、学校外でこうして会って、そのまま別れるのが勿体なくなってしまったというか、和樹はそんなことを口走っていて。
「……そうね。じゃあここで本でも見てるから」
藤堂はそんな和樹を見て意外そうに笑って、肩をすくめるようにしてそう言った。
「サンキュ、じゃあさっさと買ってくるわ」
その笑顔に何故かほっとした自分の心の動きに少し戸惑いながら、和樹はあまり待たせるわけにもいかないと足早にレジに向かった。
◇◆
会計を済ませた和樹が藤堂の場所に戻ろうとしていると、同じ年くらいだろうか、通りがかった女の子の声が聞こえてくる。
『あそこにいる人、めっちゃ美人じゃない? モデルさんかな?』
『ね、足の長さと顔の小ささがやばいんだけど』
話が聞こえた方を横目で見ると、女の子達の視線の先には当然のようにこちらを待っている藤堂が居た。
(確かにそうだよな、身長も高いし手足は長えし美人だし…………その割に男共の話にはあまり出てこなかったのは、イッチーに惚れてる話も出回ってたからだろうからな)
藤堂自体の高嶺の花感もさることながら、イッチーよりも自分に魅力があると思って特攻できるやつもそうはいない。
休み明けには髪型とともに、噂が回って逆に人気が更に高くなるんじゃなかろうか。
そんな事を和樹が考えていると。
「ねぇ、待たせといて何ぼーっとしてんのよ?」
そう呆れたような声を発しつつ、先程の位置から藤堂が和樹に歩いて近づいて来ていた。
同時に、何も聞こえていないのに、あれが連れ? と思われているのではないかという変な焦りと、せっかくの藤堂のこの綺麗さを損なってはしないかというネガティブな思考が和樹の頭をよぎる。
だが、勿論そんな和樹の内心に藤堂が気づけるわけもなく。
「で、どうする? 私は美容院だけのつもりだったから時間はあるんだけど、あんたは?」
そうして話しかけてくれるのに、わざわざ余計なことを考えることもないかと、和樹は気を取り直して答えた。
「俺もこの後は何も、じゃあ店入って何か飲んでこうぜ。ファミレス位なら奢る」
「そうね、喉も乾いたし。でも奢んなくていいわよ、きっちり割り勘ね。行きましょ」
そう言って歩き始める藤堂の背中には、もう靡くような髪は無くて、それが藤堂の恋の終わりを告げているようで、和樹は何とも言えない感情のまま、黙って後を追った。
◇◆
店に入って、テーブル席に通されて対面に座った和樹は、改めて正面からの藤堂に見惚れてしまっていた。元々美人であるのは知っていたが、ここまで真正面から間近で見たことがあるかというと、座って正面から話したことはあまりないように思う。
「……あんたさ、もしかして短い髪が好きなの? 教室とかで話してる時に比べてめっちゃ視線を感じるんだけど」
「え? ……あー、まじまじと見てすまん。短い髪か、それも否定は出来ないんだけど、何かいざこうして座ったらどういうスタンスで話し始めたら良いかわからんくて」
「何それ、って言いたいとこだけどちょっとわかる。制服じゃない状態で石澤とこうして向かい合ってるの新鮮だしね。まぁいいんじゃない? 気安い感じで」
そう言って、再びメニューに目を落とす藤堂を見ながら、和樹は何となく話題になるものを考えつつ同じ様にメニューを見る。とはいってもドリンクバーに何かつけるかな位しか思い浮かばないので、結局ちらっと藤堂をまた見てしまうことになるのだが。
よく考えると、学校でそこそこ話すようになったとは言っても、和樹は藤堂とはそもそもイッチー絡みの事以外で長く話したことは無かった。後は授業の感想だとか、テストがどうだとか、思い返してもろくな会話をしていない。
(おい、何で誘った俺…………会話、会話と)
内心で少し前の自分に突っ込みながらも、無いものは無い。かと言って、イッチーの事を話すのも少し躊躇われる。最近でいうとイッチーの家に上木と下山と三人で遊びにいったのだが。
藤堂に何か話すネタになるかなと、和樹は先週の休みの事を思い出す。




