第2楽章 69節目
決して大きくは無い街だけれど、花火も上がるし若い方でも楽しめると思いますよと聞かされていたお祭りは確かにその前振りに違わず、沢山出店もあって賑わっていた。
恐らく大学生や高校生なのだろうか、若い人たちも沢山いるのは意外だなと千夏は思う。
玲奈の提案で人混みの中を大人数で行動することも無いでしょうとして、それぞれで行動することになったのだけれど、たしかに正解だったかもしれなかった。
人が多い分街中で時折浴びるようないくつかの視線と同じようなものが千夏に降りかかり、千夏に腕を組まれたハジメを見て霧散していくのを感じる。昔は少し煩わしかったりもしたし、今でも気持ちいいものではないけれど、何だか気にしすぎるものでもなくなった。
それはきっと、隣に居てくれるハジメが一番に褒めてくれて、言葉を沢山くれるからなのかなと、そしてそれを素直に受け止められるからなのかなと思ったりもして、千夏はそんな最愛の人に笑いかける。
「ふふ、それにしてもまさか浴衣まで着れるとは思わなかったよ。何事も人脈とコネだね! いつかは自分でも着付けできるようになるから、あっちでも一緒に行こうね」
そう、今はハジメも千夏も浴衣姿だった。
今日は朝から宿泊していた別荘を出て車で移動して、日中は少しだけ古い神社や美術館を巡ったりして、夕方になってから榊さんが連れて行ってくれた場所で貸し出してくれたのだ。
優子や早紀、それに玲奈なんかは着たことがあったらしいのだけど、千夏と佳奈は初めてで。
予想以上に難しくて、両手を色んな方向に動かさないといけなくて一人では難しそうだったが、「何度か練習すれば誰でもできるようになるわ、これを機会に好きになってね」というお店の人の言葉に加えて、最初に千夏の浴衣姿を見てはっとした表情で褒めてくれたハジメの反応に、いつかは自分の浴衣を自分で着付けてみたいと意思を強くしていた。
そんな風に意気込んでいる千夏に、ハジメはシンプルな浴衣を着ていつもと違う雰囲気ながら、でもいつものように笑顔を返してくれる。
「あはは、その言い方はどうなのさ。でもそうだね、真司の家も協賛というか、スポンサーみたいになってるみたいだしね、浴衣を貸してくれるお店にも顔が利くのは嬉しいよね、僕らまで和装である必要があったのかとは思うけど」
「あるある! こういうのはね、いつも通りじゃない空気を楽しむものなんだよ? それにハジメも凄い似合ってるから。何だか少し渋い感じで、落ち着いているのが好き」
千夏がそう言うと、ハジメが照れたように、はにかむように笑った。
そして足元を見て、少しだけ気遣うように呟く。
「そういえば浴衣は可愛くて凄く見れて嬉しいのは間違いないんだけどさ、足元とかは大丈夫なの? 痛くなったら言ってね?」
「うん、意外と大丈夫、ありがと」
こういうところだよね、と思う。
ハジメは自分では気づいていないのかもしれないけれど、当たり前に千夏の事を考えるし、それが自然体だ。気持ちを包み込むようなそんな暖かさがずっと千夏のことを包んでくれている。
貸し借りとかではないのだけれど、この何とも言えない幸せを、ハジメも同じように思ってくれるくらいに返せているかどうかは少し不安になったりもするのだけれど。
「さて、祭りといえば出店だけど、千夏は何が好き? 思った以上に色々あるみたいだけど」
ハジメの声に、漫然とではなくて吟味するように屋台をそれぞれ見ていると、ふと気づいて呟いた。
「うん、というかあの回ってる肉の塊みたいなのって何? というか店員さんも外国の方みたい……本格的なのかな?」
「どうだろ……とりあえず行ってみよっか、流石に英語じゃないと、なんてことはない……よね?」
それにちょっとしたことで、同じように興味を持ってくれるこういうところも好き。
――――何をしてても楽しいし、穏やかでいいなとは旅行の時も思ったけれど。
「余りにも日本語うますぎて驚きだったんだけど」
「あはは、だよね! 親御さんが海外の方だけど、日本生まれの日本育ちですって言っててなるほどって感じ。そしてこれ美味しい! ねぇねぇハジメの方もちょうだい、こっちもあげるから」
「いいけどちょっと待って、折角の浴衣が汚れないようにしないと……ってこっちは結構辛いね。ケバブってあまり食べたこと無かったけど美味いなぁ、今度作ってみようかな」
「食べたい!」
――――どうすればいいかな。本当に、どうしたらいいんだろう。
「あれ、どうかした?」
物凄く楽しみながら屋台を冷やかして、あっという間に時間が過ぎていって。
そろそろ表情が読み取れなくなって来た時間帯。もう少ししたら最初の花火が打ち上がるという放送が、少し音が割れたスピーカーから流れていた。
そんな中で、ハジメが何かに気づいたように千夏に質問してくる。
「うん……なんかさ、どうしよって思ってた」
それに、千夏は取り留めもないこの感情を少しだけ言葉にして。
「うん?」
ハジメはそれに少しだけ首を傾げた。
「うちさぁ、去年の今頃は、ハジメと話したこともなかったはずなのにと思ってさ。こうして夏祭りっていうのも初めてだし。何なら一緒に過ごす夏も初めてだし」
「うん」
「なのにさ。もうハジメがいなかった頃の生活だったりその頃の自分のことが思い出せないよ……だからどうしよって。あはは、どうしようもないよねぇ?」
「そっかあ、僕も同じだから、仲間だね」
そんな答えも無いような、質問でもないような言葉に、ハジメはそう言って手を少しだけ強く握ってくれる。
「……あぁ、やっぱり大好きだなぁ」
発するつもりもなくただ、漏れたその言葉は上がった花火の音と同時で、ハジメも、千夏も夜空に咲いた花を見上げていたのだけれど。
繋がれた手とともに聞こえることはない言葉はきちんと伝わっている気がした。




