表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二番目な僕と一番の彼女 後日譚 ~とある青春群像劇 - クインテット~  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
第2楽章 約束は夏の日々と共に巡る 後編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/128

第2楽章 65節目


「さっきぶり、ハジメ。やっぱり空気が綺麗ってのはあるよねぇ」


「うん、普段から空気が汚いとか思ってるわけじゃないんだけど、なんだか違う感じがするよね、気分かな?」


 少し間延びした千夏の声に、ハジメが穏やかに答えている。お互い車から降りて、駐車場に降り立ってすぐに当たり前のように寄り添うあたりが、和樹からしたらご馳走様といったところだ。

 いや、それだけ慣れてきたということでもあるが。


「広くね?」


「……だよな、整えられた私有地の別荘ってすげえな」


 イッチーと共にそう呟くように言った和樹は改めて建物を見上げる。

 結構な傾斜を車が登り、途中の別荘地が立ち並ぶ先にあったのは、バーベキューでも出来そうな敷地と、大きなログハウス風の建物だった。

 『風の』というのは、所々に電動らしきものが見えるためである。


 木々が近く、視界の端に見える階段を下ると川があるのだろうか。

 水音が聞こえた。自然を知っているわけではないけれど、水と風の音が、非日常に来た実感を感じさせる。


「冷暖房も完備されてそうだな、流石真司の家」


「だよな、凄えな。……あれ? 真司どこ行くの?」


 和樹に相槌を打ったイッチーが、階段に歩いていこうとする真司に声をかけた。


「兄貴は下にいそうだからな、到着の挨拶をしてくる。移動疲れもあんだろ。部屋もあるからお前らは先に入っててくれや……鹿島、こいつらの案内を頼む」


「あ、じゃああたしも一緒に行こうかな、改めて挨拶したいし」


「あら、なら私もお供させていただいていいでしょうか?」


 真司の言葉に、佳奈さんと玲奈がそう続けて、後をついていく。

 対して鹿島さんは頷いて和樹達を見渡して言った。


「では、先に部屋に向かわれる方はこちらへ、男女部屋に分かれておりますので、榊さんには女性陣のエスコートをお願い致します。慎一郎様付きの人間には後で顔合わせさせていただきますね」


「はい、わかりました。じゃあ皆さんいきましょうか」


 それでひとまずの方針は決まり、それぞれ行動を始める。


「ならうちらは部屋に荷物置かせてもらおうか、ゆっこに早紀も行こう? ハジメ、荷物置いたら散策しようよ!」


 千夏がそう言って、優子と早紀も頷いて荷物を担いでいく。

 和樹もイッチーとハジメと目を見合わせて、同様に案内されながら、時にはテンション高く感想を漏らしながら室内へと入っていった。



 ◇◆



 二階建ての建物の中は広く、入ってすぐに広間があり、奥の廊下でそれぞれ今は男女部屋となった二部屋が向かい合わせになっていた。

 そして流石に風呂は一つだが、トイレも二つ程存在している。

 二階は食事を取るための広間に、使用人部屋が二つと、慎一郎さんが絵を描くための一室になっている部屋があるのでその部屋には入らなければ好きにして良いと言われていた。


 荷物を置いて思い思いに行動しつつ、少しイッチー達と離れトイレで用を足した和樹は、浴室もそういえばどんな感じなんだろうと気になって、そちらの扉を開ける。


「…………え?」


 人間、予想外の事態が起こると停止するものなのだと知った。

 扉を何気なく開けて、そこに見慣れたようで見慣れない、早紀のポカンとした顔を、いまだかつて無い肌色の面積と、そして可愛い柄の水色があった。


「「…………」」


 物語のような悲鳴はなかった、ただ無言の静寂だけがそこにあって。

 随分長い時間とも思える静寂と見つめ合いの後に、はっとなって和樹が謝罪を言おうとする前に。


「……とりあえず着るから、ちょっとあっち向いてて」


「はい」


 有無を言わさぬ、どこか据わった口調で早紀がそういうのに、和樹はただそう応えるしか無かった。



「良いわよ、こっち向いて…………ねぇ、なんか言い残すことは?」


 急いで上を着る衣擦れの音に落ち着かなくなりつつ。

 かけられた言葉は怒っている口調ではない、振り向いて見えた早紀の表情も笑顔だった。

 でも、頬が赤くなり、そして、目が笑っていない。


 家族が仕事であまり居らず、彼女も居たことがなく、そして姉妹もいない和樹にはノックという概念が欠けていた。

 それを今になって後悔する。まさかこんな物語でもよくあるテンプレをやらかしてしまうとは。

 相手は自分に好意を持っているヒロインでも幼馴染でも無いというのに。


「……あー、可愛い柄だった、とか?」


 そして、頭が余計なことに高速回転しているのに、なにか言い残すことと言われて、反射的に口から出てきた言葉に、自分のセリフにも関わらず和樹は絶望した。

 恐る恐る反応を伺う。


「…………あのさ、どう思う? とりあえず思いっきりはたいたら、直前の記憶って抜けるのかしらね?」


「いや、特定の記憶だけ抜くのは無理ではないかなと愚考します」


 そんなやり取りとともに実際に叩かれることはなく、ただ平謝りをした和樹だったが。当分焼き付いてしまった水色は頭から抜けそうになかった。



 ◇◆



 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

 恥ずかしすぎるのに変に冷静になって、八つ当たりのようにつっけんどんな態度を取ってしまったことに、早紀は少し自己嫌悪を覚えていた。


 ちょっと手洗いで水の勢いが良くて、跳ねたそれで服が濡れてしまって着替えるところで。

 ノックしなかったことと、見てしまったことに罪悪感を覚えたらしい和樹は物凄く謝って来たが、正直鍵がかかるはずなのに初めての場所で少しだけわかりにくくて、誰も居ないしそれよりもササッと着替えてしまおうと思ったのは早紀が悪かった。

 一人になった今、改めて早紀はそう思っている。


(和樹だけで良かった…………後、よそ行きの下着で良かった。って良かったって何よ何考えるの私は)


 今この場には一人だったが、優子や玲奈、千夏、正直どの友人に見られてもからかわれるしか無い顔をしているのは間違いなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんとまあ、ラッキースケベ。 でも本来自室で着替えればよかったわけですからねえ。彼女の自業自得の面が強い! 和樹君はラッキーでしたね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ