第2楽章 54節目
ガンッ!!!
試合終了の笛の音とともに放たれた和樹のシュートが外れる音を、早紀は聞いていた。
奇しくも、かつてハジメとイッチーが勝負をしていたのを見たのと、同じような位置からだった事に、今更早紀は気づく。
でも、あの時とは、状況も、関係も、何もかも違っていた。
ボールがコートに落ちて、和樹が天を仰ぐようにして上を向き、そこにハジメ達が駆け寄っていく。
イッチー達のクラスを応援していた生徒たちが、大歓声を上げた。
イッチーがふうっと大きく息を吐いて、気を取り直すように笑顔を作って真司や他のメンバーとハイタッチをした後、応援に向けて手を振って、更に歓声が大きくなっていく。
でも、その中でも、負けた方を称える声も聞こえていた。
その声は。健闘が認められている声は、きちんと和樹に届いているだろうか。そんな事を早紀は思う。そして、目が離せないでいた。
イッチーでも、ハジメでも、真司でもなく。ただ一人まだ上を向いている和樹から。
(ねぇ、あんた、ちゃんと凄いって思われてるよ。聞いてる?)
早紀はそう心に思って、和樹を見つめ続けていた。
あの時、ハジメのことも、イッチーのことも、眩しくて見れなくて、どうしようもなく情けない顔をしていたあいつが、今はこんなにどうしようもなく――――。
ハジメが、立ちすくんでいるように見える和樹の背中を叩くのが遠目に見えた。
こういう時の切り替えがすぐできるのが、凄いとこだよね、と早紀は思う。
そしてそれを、千夏が見て、「ハジメも、皆もカッコ良かったよ!」と叫んでいるのが聞こえて、素直に感情を表せるのが羨ましかった。
――――羨ましい?
そこで、早紀は自分の中の感情に、疑問を覚える。
自分は今、何に対して羨ましいと思ったのだろう。
褒めるのくらい、キャラじゃなくてもすればいい。
バスケの試合で大きな声を上げることなんてざらにあるし、こういう場で同じクラスを応援することなんて、誰に咎められるでも、恥ずかしいわけでもないだろうに。
「ねぇ、早紀! あっち行こう!」
千夏が早紀の手を引いて、近づいていく。
その顔は、もうハジメに対して声をかけたくて仕方ないといった様子で。
その横顔は、早紀から見ても物凄く魅力的で。
そして、コートから引き上げようとしているハジメがそんな千夏に気づいて、とても柔らかい笑みを浮かべたのを見た時――――。
早紀は、自分の中の羨望の元に気づいてしまった。
(…………あぁ、そっか、そうなんだ)
ハジメの隣で、凄く悔しそうな顔をしている和樹を見た。
ちゃんと悔しがっている和樹を。
流されるように、世の中を斜に見るようにしていても、何かに悔しがることなんて無いはずだ。それが、明らかに和樹が変わったということを示していて。
千夏が手を振って、ハジメに何事かの声をかけている。
周りの反応からして、きっと甘い雰囲気を身体全体から出しているのだろう。それを素直に出せて、それを返されるのも当たり前で、そしてその関係性すら周囲からも普通のもののように見られていて。
対して、早紀は、元々慰めの言葉でもかけようかと思っていたのが何故かかけられなくて、何となく見ているだけだった。
自分の中に、急に表れた感情に、少し戸惑うような、でも、納得したような、そんな複雑な心境に対応していて、余裕がなかったとも言える。
急に、気づいてしまった。
軽薄で、視野にすら入っていなかった男子のはずだった。
数ヶ月前のこの場所で、何かに悔やむように、眩しさから目をそらすようにしていた男子。
居合わせたタイミングで、早紀の勇気を後押しして。
またしてもその後、タイミングで早紀の失恋の後で一緒にいて、不器用な慰めをくれた。
同じクラスになってからは、距離が一番近くなった男友達。
努力して、少しずつ変わって、最近では別に嫌いじゃ無いと、いいじゃんという女の子も出てきている。
自分も、和樹のことは嫌いではなかった。仲がいいとそう見られて、よく使う「嫌いじゃない」。そんな言葉で逃げて、何のことはない。
今まで一度もそんなふうに思ったことはなかったはずなのに。
一度気づくと止まらなくなった。
いつから、なんてものは分からない。今思うと、これはもっと前からだったのだろう。
きっと、胸の痛みが消えた頃から。
「……はぁ」
早紀はため息をついて、コートから上がってくる和樹を見た。
どこか、申し訳無さそうな感じを出している和樹に、見直した、という声があちこちからかけられて、それに戸惑うような、照れているような表情をしている。
目が合った。
「わりぃ、そっちは最優秀取ったって話なのに、こっちは負けちまった……」
そんな風に、悔しさを笑顔で包みながら、そう言ってくる和樹に、早紀は言った。
「……和樹さ、あんた今、ちゃんと悔しがれてんじゃん」
「え? ……あぁ、そうだな。そっか…………そっかぁ。俺、ちゃんと悔しいって思えてんのか」
それに、和樹は随分と驚いた表情を浮かべて、少しだけ上を向いてなにか考えるようにして、絞り出すように言う。
「うん、凄いよ」
だから、早紀は続けて、短い言葉に色んな感情を込めて、それだけを告げた。
「…………なんつうかさ、尊敬する早紀にまでそう言われたら、めっちゃ嬉しいもんだな、サンキュ!」
普段は聞き流すようにして嬉しくもあった、尊敬、という言葉に今日の早紀は引っかかる。
そう、和樹は早紀をそういう対象として見ていない。
ある意味、イッチーに片想いをしていたときよりも余程面倒くさいのではないだろうか。
(あーあ。また、こうして追いかける立場か)
早紀は、目の前でへらり、と笑うようにしている和樹を見て、そう思った。
格好いい、とはやはり思わないのだけれど。
感情に気づいてなお、あまりドキドキもしないのだけれど。
それでも、前の恋とは違う、もっと穏やかで、どこか優しくて。
「和樹、あんたは変わったよ。自信持ちなって」
(とりあえず、その尊敬なんていう気持ちを、変えてあげるから)
こんな早紀の内心に、この男は気づくことは無いのだろう。
まぁ、それでもいい。時間はまだ、沢山あるのだから。
試合の後の喧騒の中で、早紀はそう思ったのだった。
お読み頂きありがとうございました!
さて、作中では6月。夏のバスケ編、いかがでしたでしょうか?
※あ、夏はまだ終わりません笑
本編から数えて、10月から始まった作中も6月が終わります。9ヶ月が経ちました、早いのか遅いのか。
高校一年生から高校二年生。
ちょっとした環境や関係で変わるもの、変わらないもの。成長、青春の空気。そんな物を描けていたら良いなと思います。
ちなみに12日にカクヨムさんの方で作品フォロワー様にSSをメールで送信するのですが、小説家になろうさんの方でも、投稿しようかなと思います。
12日投稿のあとがきと活動報告にでも載せようかなと。是非お楽しみにです!




