第2楽章 51節目
グッグッと膝とアキレス腱を伸ばしていく。
先程から視線は感じる。だが、イッチーほどの友好さを周りに振りまく気は全く無い真司は、そちらを無視して観客席となっている場所の一角に目をやった。
そこには玲奈がスマホをこちらに向けているのが見える。
『ねぇそういえばさ、佳奈さんと繋げる予定だからね』
『…………は?』
『私はいっくんを見ておかないと拗ねちゃいそうだから、玲奈ちゃんに頼んだから。ちゃんとそっちへの写りも意識してね!』
『いやいや、電話で繋げるってことか? 学内のイベントで部外者に対してどうなんだそりゃ』
『ん? ちょっと「相澤くんの関係者が見たいって言ってるので電話繋いでいいですか?」って玲奈ちゃん経由で先生に頼んで貰ったら、快く許可も出たよ。変にSNSなどには上げないように、って注意は受けたけどね』
『…………中々いい性格してやがんな』
『ふふ、いっくんには性格が良い所も好きだと言ってもらえるよ? それにさ、佳奈さんが見たいって言ってるんだから、出来ることならするよねぇ』
そんなやり取りを交わしたのはつい先程のこと。
そして、元より勝つ気ではあったが、少しモチベーションが上がっているのは事実だった。
(……ハジメやイッチーの事は言えねぇか)
元より男の前だけでやるよりは、女子の観客がいた方が余程アガるのは間違いなかったが、それよりも一段ギアを上げようとしている自分に対して、真司は苦笑する。
これはいい影響なのか、悪い影響なのかは判断がつかないが、変わっていく自分は嫌いではなかった。
ピピー!!!
準決勝で下したチームから、それぞれ上木と下山が選ばれて審判をすることになっている。その持つ笛がなり、時間になったことを知らせる。
時間になって、コートにそれぞれ入っていく。
交代してそれぞれが最低1分はプレイしないといけないなどの縛りはあるが、出ずっぱりになることは禁止されていない。
相手にはハジメと和樹、それにバスケ経験者だという山田とかいう男子が出て来ている。
イッチーと並んでもでかい。でかいというのはそれだけでも武器だが、見ていた感じ基礎は出来ている経験者という感じだった。
(……楽しめそうだ)
「これで最後の試合だけど、怪我なくやろうね、よろしく」
「おお、楽しみにしてたんだからな、よろしくな、ハジメ。他の皆も!」
そんなにこやかなやり取りで、ジャンプボールのための位置取りとなる。ここはイッチーが間違いなく取るだろう。少々の身長差でカバーできる差ではないはずだった。
だが――――。
真司は念のため他のチームメイトに告げる。
「いいか? 今朴訥とした感じで話してたハジメは忘れろ、絶対に穏やかな人間と思うなよ?」
「え? あぁ、わかったけど……」
反応は鈍いが、まぁ仕方が無い、1プレ―もすればわかるだろう。
真司の想像は、真司のクラスにとって良くないことに、そのままの未来となった。
◇◆
開始の笛とともに高く飛んだイッチーが、ボールを味方に弾く。山田くんには勝てなくてもいいからねと伝えて、他の二人にイッチーの視界に映るように真司の方に向かってもらうようにお願いした。
だから、イッチーはフリーの仲間にボールを弾く。
きっと、すぐ戻してもらうつもりだったんだろうけれど、ね。
(素直だからね、イッチーは)
「っ!?」
僕は一気にボールを受け取った男子に向けて距離を詰めて、慌てて仲間にボールを出そうとしたところを叩いてマイボールにした。
でも流石にそのまま勢いでゴールまで、とはいかない。
「……だろうと思った」
「ふふ……」
即座にケアに来た真司に軽く笑みをこぼして、低く、早くドリブルで切り込んでいく、でもそれはゴールの方向じゃなくて。
「――――っ?」
「チッ!!! 相変わらずコートの中じゃ性格変わりやがって」
ポジショニングという感覚は難しい。
ドリブル、シュート、一対一でのディフェンスなどはわかりやすいけど、経験者と未経験者の差が一番出るのは連動した位置取り。
そして、真司を引き連れながら、真司達のチームメイトに向かって進む、すると、どうしても僕の方に手を出してきてしまう彼は、真司にとっての邪魔になった。
ダムッ!!!
これで、誰も来てなければシュートで終わり――――なんだけど勿論そんなに上手く行かなくて。さっきジャンプボールで飛んでたはずだよねと思うほど早く、イッチーが視界に現れる。
「はは、流石ハジメ……でも――――っ」
「行かせないと言うには、一手遅いかな?」
もう僕の手からボールは離れていた。パスの出し先は勿論。
バシッ! ――シュッ。
一番最初にやることを話した和樹が、真司からもケア出来ない位置にいてくれた。
近くにいた相手が手を出そうとするけれど、もうその時には和樹はシュートを放ち終わっているし、プレッシャーの少ない時の和樹のシュートは中々のものだと僕は知っている。
ザシュッッ!!!!
(うん、やっぱりフルコートでの試合は楽しい。ボールがネットを抜ける音も、体育館の中の方が綺麗に響くんだよね)
「ナイッシュー、和樹」
「…………まぁ、お前が味方で良かったと思うわ、ほら、真司とイッチー以外はポカンとしてんぞ?」
それににっこりと笑って、そして、コートからでも凄く見えるようにぶんぶんと手を降ってくれている千夏にそっと手を上げて見せると、何故か同じクラスの女子たちからも歓声のようなものが上がった。
「……おお、女子がなんか盛り上がってんな、つか一応シュート決めたの俺なんだけどなぁ」
「大丈夫、和樹もカッコ良かったよ? 見てる人は見てるって。それに僕今日イチでパス調子良さそう。ガンガン回すから」
まぁ、僕は、千夏が笑ってくれていればそれでいい。
からかう気も無いし、ちゃんと聞いたわけでもなく、わからないけど。和樹も多分そうなんじゃないかな、そう思って言葉をかけると、和樹はひらひらと手を振りながらポジションに戻っていった。
◇◆
「……広いコートで、十人いる中でのハジメはやっぱり中々だよなぁ」
「お前らもわかったろ? あいつは元々目立つ方じゃねぇし、基本的には素直で良いやつだけどな。いざという時のメンタルお化けで、そして、中学の時の都のベスト4のPGだぜ?」
イッチーがふう、とため息をついて、他の面々も少し呆然としているのに、真司がニヤッと笑いながら言った。
「ご、ごめん、さっきは邪魔しちゃって――――」
少し道を塞いだ事に謝罪が来るも、手を振りながら真司は止めた。
「まぁでも安心しろ、俺もあいつに一対一で負けることはそうねぇし、バスケ部のエース様もエンジンが掛かったみてぇだからな」
「そうそう、取られたら取り返そうか……優子の前でいいとこ見せなきゃ」
「…………まぁやる気があんならいいだろ」
0 ― 2
やはりあいつとの勝負は楽しい。
最後のイッチーのブレなさに少し呆れながらも、そう思って真司は口角をあげた。
試合は始まったばかり。勝負の行く末はまだまだ、わからない。




