第2楽章 50節目
「何だかんだで、ハジメと和樹のとこも上がってきたよね」
お茶を飲みながら、向かい側に座る真司にそう言うと、真司も顔を上げて答えてくる。
「そりゃな……知ってる身からすればそんな意外でもねぇだろ。それともイッチー、お前はあいつらが負けそうだと思ったのか?」
学校行事の中でとは言っても、勝ち進むと嬉しいものだった。
今は決勝まで来た後の昼休み。三学年で十五組あるので、四回勝てば優勝が決まる。
俺は、親に作ってもらった弁当を広げながらクラスのチームメイトと過ごしていた。コートを挟んだ向かい側にはハジメ達もいるけれど、これから試合というところで、クラスメイトを置いてそちらで食べるのもなと別々で食べている。
ちなみに、元々は俺と話すメンツが多くて真司と喋り慣れてないのもいたけれど、特に最近の真司は雰囲気が柔らかくなったこともあって、意外とチームワークとしてもうまくいっていた。
そのため、順当というか、前評判を何とか違えることはなく勝ち進んでいる。
対してハジメ達のクラスは前評判が良かったかというとそんな事もない。でも、俺と真司の意見は評判とは別で最初から一致していた。
「いや? ハジメがPGで、シューターに和樹がいんでしょ? 上木のとこと当たった時が一番競ってた位でそこまで苦戦してないんじゃない? ……正直試合作れるやつが一人いるだけで全然違うよね」
ハジメと和樹は、バスケ選手としては体格は良くないし、贔屓目に見ても運動神経が抜群というわけではない。だから、前評判としては、板東先輩のクラスや、バレー部などの長身がいたクラスなどが勝つのではないかと言われていたが、ハジメ達のクラスは危なげなく勝ち進んでいた。
まぁそれはそうだろうな、と思う。
体格だとか、そういうのが効いてくるのはある程度実力が拮抗している者同士でこそなのだから。
そして、この目の前の友人は、組み合わせを見て最初に「決勝か、まぁ悪くねぇんじゃねぇか」と言ったのだった。
「あはは、何だかんだで認めてるよね、和樹のことも」
「……へぇ、和樹って石澤だよな? バスケ部に入ったとは聞いたけど、二人が上手いって思うほどなん? そんないい印象は無かったけど、最近は悪い評判も聞かないよね」
真司との話が聞こえたのか、一緒に食べていた一人がそう聞いてくる。
それに、真司が答えた。
「ドリブルは上手くないし、足も早くは無いな。戦術眼があるわけでもなく、身長も普通だから、上手いとは言えねぇな」
辛辣だけど、そうだなぁ、と俺はそれに、否定することもなく頷く。
「じゃあ、イッチーと相澤がいるうちのクラスなら、俺らが足引っ張んなきゃ普通に勝てる感じ?」
そんな俺達を見て、そう思うのも間違いではないだろうけど。今の真司の話は続きがあるのはわかっていたから、俺は促すように真司を見た。
「ただ、シューターとしてのあいつは悪くはない」
「シュートが上手いってこと?」
「うーん、上手いというよりは、撃つまでが早いんだよな」
真司への疑問に、今度は俺が答える。
和樹はああ見えてというと語弊があるかもしれないが、反復練習を黙々とできる真面目さがある男だった。
自分にスピードや体格が無いのは分かっているからと、本当に早く撃つ練習をずっとしていたらしい。尤も、ブランクもあって、入る率は今後に期待ではあるのだけど、少なくともうちのバスケ部で合格ラインに達するくらいにはよく入って、そして誰よりもシュートモーションが早い。
『中学の時の顧問にさ、クイックシュートを打つのが嫌になるぐらい練習しろ。そうすれば試合では普通のスピードで打てるようになるって言われたんだよなぁ……まぁ、サボリ気味ではあったから試合に出れるようにはならなかったんだけど』
とは和樹が言っていた言葉だが。
「……ハジメは、自分で切り込んでシュートも撃てるPGだ。ちょっと経験ある程度じゃあ止められねぇ。そこにバスケ経験が無ければ普通に抜ける程度には技術があるシューターが絡んで、しかもリバウンドが出来る元センターまでいやがるんだろ? そりゃ勝つわ」
真司がそう言うのに、そういうものかぁと聞いている面々が頷く。
「でも、負ける気はないでしょ?」
「勿論、負ける気はしないな」
俺が笑って言うと、真司もまたニヤッと笑ってそう言った。
そうしているうちに、体育館にざわざわとした空気が広がる。
見ると、女子達が、自分たちのを終えてやってきたところだった。
例年通り、この後の二試合くらいは良いところが見せられるらしい。
「よし! ますます負けるわけにはいかないな!」
「……いや、イッチーお前まじで調子に乗ってポカミスすんなよ?」
急にテンションが上がった俺を見て、真司が呆れたような目で見てくるがそこは気にしない。
前に一度ここで俺は負けている。
あの時とはもう違うけれど、好きな子の前で、友人で尊敬する相手とは言え、二回も負けるつもりはなかった。
◇◆
「和樹、イッチー見てみなよ」
僕は、コートを挟んだ反対側に見えるイッチーと真司の方を指さして言った。
同時に、千夏が入ってくるのも視界の端に見えて、そっちにも手を振る。
「……ありゃあ、張り切ってるイッチーだなぁ」
「だよねぇ」
イッチーの性格からして、調子に乗るとただでさえ反応が早い上に上手いのに、手がつけられなくなりそうだ。
「でもまぁ、僕も負けるところを見せたいわけじゃないから、頑張らないとね」
「…………全然似てねぇけど、そういうとこだけはお前ら一緒なんだよなぁ」
和樹が少しだけ呆れた声をしていたけれど、彼女の前で負けたくないのは、普通だよね。
ただの行事ではあっても、やる気は十分だった。きっとお互いに。




