69.ネクストステージ
「どんな職業にも定年ってあると思うんですよ。スポーツ選手とかはとくにそれが短い。だけど小説家って一生続けられるじゃないですか。それが魅力で始めましたね」
緊張も何もないのか由紀夫はバクバクと食べる手を止めない。才介は明日の試験の日程で頭がいっぱいだった。とりあえず場を保たせるためにお茶を口に含む。ゆっくりと口の中で転がしてからのどに入れた。
「あんた、六文仙って呼ばれてるだろ?」
「はい、そうですよ」
彼は謙遜もなしにあっさりと肯定する。
それだけ自信があるのだろうか。
「ノーベル文学賞候補なんて言われて、プレッシャーとかは感じないのか?」
「うーん、周りが勝手に騒いでいるだけですからね。だれが何を言ってるかは知らないですけど、ぼくには無関係ですよ。今まで通りに執筆していくだけです」
「そっか」
最後に才介は思い切った質問をしてみた。
「俺の小説はどう思う?」
もし読まれていなかったらどうしようとか、そもそもあなたは眼中にありませんとか、そんな誹謗中傷を受けるかもしれない。頭ではわかっていても聞かずにはいられなかった。これは月の化身の弟子としての義務だと勝手に思ってしまった。
「そうですねー。失礼かもしれないですけど、なんか人の文章を真似て自分流にアレンジするのが上手ですよね。最近の小説を聞くと、夏目漱石や太宰治、谷崎純一郎に小林多喜二。海外作家だとヘミングウェイやヘルマンヘッセに影響を受けているように見えますね。だけど母体としている文体は加藤汐さんですか? まあ悪くはないと思いますよ」
由紀夫は滔々と述べているがそのすべてが的中していた。
この絶対的な知識量や観察力は高校生のレベルをはるかに超越している。
「だけど、残念ながらぼくの敵ではありませんね。書き始めて半年というキャリアには驚きましたが、それはただ単に模倣が卓越していたからで、才介さんの身に付けた技術や知識は薄っぺらなもんだと思いますよ。これから先のステージに行くためには独創性が求められます」
「ずいぶんと偉そうなことを言うじゃないか」
「そうですか。すいませんでした」
簡単にぺこりと頭を下げるところはやっぱりまだ子どものようだった。
だが、文体を指摘されてしまうとは思わなかった。
あれだけ研鑽を積んでも自分の文体として昇華できていなかったのだ。そもそも独創性ってなんだ。それっていったいどういうものなんだ。
「人はそれぞれ大なり小なり自分だけの世界を持っていると思うんです。作家はそれを伝えるために表現や技術を学びんでいきます」
山本由紀夫はそう語っていた。この言葉にこそ何かヒントが隠されている気がする。今の自分に必要な表現や技術か。幸いまだ時間はある。これから資料室に戻って一から勉強してみるのもありだろう。
「由紀夫、俺は絶対負けないからな。それだけは覚えておけ!」
「あ、ふぁい……」
由紀夫は口いっぱいに唐揚げを詰め込んだままそう言った。




