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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん  作者: 空伏空人
そのに 見世物小屋の家族関係
35/70

少女はプラカードを掲げる

 男は酔いつぶれていた。

 独り身であり、帰っても待っている人もいない彼は、今日が給料日なこともあってか、こんな夜遅くまで飲んだくれていた。

 時間は二時ぐらい。

 丑三つ時である。

 気持ちよく酔いつぶれていた彼は、繁華街から路地裏に入り込むと、そこで胃の中にあるものをゲロゲロと吐きだした。


「う、え、え、え、えぇぇ……う、お、おう?」

 黄色く甘酸っぱい臭いのするものを目一杯吐きだし終え口を拭った男は、あるものを視界にとらえた。

 野犬――だろうか。

 路地裏を薄く照らす光によって出来た影が、彼の足元にまで伸びていた。

 それは路地裏に捨ててあるゴミ袋を漁っているようだった。

 たったそれだけ。

 いつもならば放置しておくような事柄なのだがしかし、今日は少しだけ違う。

 その影が一度首を持ち上げると――人の姿になったのだ。


「ぬぐっ!?」

 男は思わずせきこんだ。

 その声に反応した影は、焦ったようにその場を後にする。


「……な、なんだ今のは」

 急に出会した不思議な現象によって、すっかり酔いがさめてしまった男は、目をぱちくりさせながら影があった方を見る。

 そして、恐る恐るさっきまでその影がいた所を覗きこんだ。

 そこには食い荒らされたゴミ袋はなかった。

 代わりに一つのミンチが落ちていた。

 人の下半身が生えたミンチ――または上半身のなくなったミンチが落ちていた。


***


 キャラバンの中は重々しい雰囲気に包まれていた。

 それはあのロッヅでさえ一言も口に出さないほどで、一つ目の団長に至っては「思春期を迎えた愛娘に嫌われた父親」みたいに意識がどこかにとんでいっている。


「ねえ、ルーミアさん」

 重々しい――重苦しい。

 まるで全員がギロチンを前にした罪人であるかのような空気の中、空気を読めないことに定評のある不楽は、いつもと変わりない声色でルーミアに話しかけた。


「みんな落ち込んでるね」

「そうね、未来永劫、あなたが理解しえないことよ」

 逆に空気が読めることに定評のある――感情というものが豊かすぎるルーミアは、そんな空気の中眠りにもつくことができず、すごく気分が悪そうだ。


 エマ・サヘルが出ていってから三日が過ぎた。

 はじめの方はまだ、帰ってくるさと甘くみていた彼らだったが、一日、二日と時間が過ぎてもサヘルが帰ってくることはなかった。

 その間にもフリークショーは開催されるし、やらねばならないことは幾らでもある。

 しかしその動きはどこかぎこちなく、まるでというか、さながらというか――ゾンビの不楽よりもゾンビ然とした動きをしていた。


「ホント……あなたが変なことを言わなかったらこんなことにはならなかったのに」

「でも事実だ」

「それが事実だとしても、真実だとしても、言っていいことと悪いことがあることぐらい分かりなさい」

 分からないからこそ不楽なのだけど。

 それを分かっていながらも、言葉を中断することなく、ルーミアはそう文句を言った。

 やはり、あの時不楽を相手取らせたのは間違いだった。

 とはいえ、ルーミアが相手取ったところで結果は変わらなかっただろう。

 あの時、彼女を相手取るべきだったのは。

 聞いて、聴いて、訊いてあげるべきだったのは――。


 とんとん、と――。

 戸がノックされる音がした。

 クンストカメラのメンバーは、全員戸の方を向いた。


「……帰ってきた?」

 帰ってきた! 帰ってきた! 帰ってきた!! と沸き上がる興奮と喜びを隠すことなく、一つ目の団長は立ち上がるとすぐに、戸に向けて走りだした。


「……?」

 対して部外者であるところのルーミアは、疑問を覚えた。

 自分の家に戻るのにノックなんて、そんな他人行儀なことをするのだろうか。

 大嫌いと言って出ていった手前、帰るのが少し気恥ずかしかったりするのだろうか。

 そんな風に、ルーミアは考えたのだが、しかし実際はそうではなかった。


「ノックなんてしなくても、勝手に入ってくればいいのに――」

 顔の真ん中にある大きな一つ目を三日月のように曲げて、明らかに喜んでいる声色でそんなことを口にしながら、一つ目の団長は戸を開いた。

 そこにいたのは蛇の少女ではなく、普通の少女だった。

 普通の少女――人間の少女。

 少女は肩に立てかけるようにプラカードを持っていた。

 そこにはこう、書いてあった。


『人食いの化物は出ていけ!』


***


 時代が違えば三又のフォークと松明を持っていそうだ。

 クンストカメラに集まった群衆を眺めながら、ルーミアはそんなことを思った。

 しかし現代、三又のフォークや松明を常備している家庭などそうそういるはずもなく、群衆はその代わりにプラカードや横断幕をかかげ、コール&レスポンスを繰り返している。


『化物は出ていけぇ!』

『そうだ!』

『人喰いをさしだせぇ!』

『そうだ!』

『人外は私たちの生活に必要ないっ!』

『そうだ!』

『私たちの生活を脅かすなぁ!』

『そうだあ!』

 プラカードや横断幕にも同じようなことが書かれていて、一体この街で何が起きていて、彼らがどうしてここに来ているのかを如実に語っているようだった。

 語っていて――意味が分からなかった。


「あ、あのすみません」

 一つ目の団長は目の前にいる少女に恐る恐る話しかける。

 集まっている群衆の中でも、もっとも過剰で熱く空回りをしている若者は、自分の存在を主張するかのように前へ前へとおしかけ、とにかく意味のない罵倒の言葉を叫んでいる。


「街でなにが起きているかはだいたい理解出来ました。しかし、どうしてこんな騒ぎを?」


「はっ」

 と、少女は鼻で笑う。

 ぬけぬけと白々しいことを言う。

 そう言っているようだった。


「街ではいま、人食いの事件がおきています。既に五人、襲われ、亡くなっています」

 群衆の中からむせび泣きなら叫ぶ声がした。

 なにを言っているかは、分からない。


「ねえルーミアさん」

「襲ってないわよ」

 不楽がなにか言おうとしたのを遮るようにしてルーミアは言う。


「カラ・バークリーからもらった血でノドは潤せたし、この街ではまだ人を襲ってなんかいないわ。そもそも、あなたいつも一緒にいるんだから知ってるでしょ」

 ルーミアと不楽はまだ人を襲っていない。

 無論、さっきまでゾンビよりもゾンビらしくよろよろと生活をしていたクンストカメラの面々もことごとく、無関係だろう。

 というか、『人食い』が見世物小屋なんてやるはずもない。


「それはお悔やみ申しあげます。しかし、それと私たちが一体なんの関係があるんですか?」

「目撃証言があるんですよ」

 少女は言う。

「人を喰う獣の影が、犬のような影が――逃げるときに人の姿になった影が。確か、いましたよね。人に化けることのできる犬の化物」

 少女はキャラバンの中をのぞきこむ。

 彼女の視線の先には、大量の群衆に驚いているロッヅの姿があった。

 その視線に気づいたロッヅは、自分の顔を指さす。


「お、俺ぇ〜?」

「それはないです」

 彼女の視線を遮るように、一つ目の団長は立ちふさがる。

 その声色には、どこか怒気が含まれているようだった。


「ロッヅはずっと私たちと一緒にいましたから」


「ここにいたからなに!? あんたら同業者からのアリバイなんてね、信じられるわけないでしょ!!」

 などと喚く怒号が、群衆の中から響いた。

 そこには既に悪意しかなかった。

 そこには既に否定しかなかった。

 反論なんて認めない。

 弁明なんて認めない。

 彼らの中では『クンストカメラ』は『悪』であり、罵倒してもいい存在だと認知されていた。


「ど、どうするんだよ。団長……」


「どうすると言われても……」


「ロッヅならずっとここにいたわよ」

 と。

 ひそひそと話す一つ目の団長とクロクの隣に現れたルーミアはそう口にした。

 突如として現れたわけではない。

 普通にキャラバンの中から、部屋の中から出てきただけだ。

 それだけで悪意と敵意に満ちていた喧騒に、一瞬の静寂に満ちた。

 誰もが銀髪の少女がまとう、妖しげな空気に呑まれていた――見初めていた。見惚れていた。


「ねえ、そうでしょ。あなた?」


「……あ、わ、私ですか?」

 その隙をついて、恐らくこの群衆のリーダーと見てとれる少女に、ルーミアは声をかけた。

 少女は少し驚いたような素振りを見せてから、ルーミアの顔を見た――そのルビーのような瞳を、見た。

 それだけで少女の心臓は強く鼓動をうった。

 目を見開き、頬を赤らめる。

 ルーミアは、にこりと笑う。

「ここは関係ないの。分かった?」


「……そうですよね。ごめんなさい。事件が起きたタイミングでこのサーカスが来たものですから」

 少女は謝罪を口にした。

 ルーミアはまた、にこりと笑った。

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