94.1960年 月へ
――宇宙 宇宙船「かぐや十号」 響也と宗近
日本が月へ人類を送る計画として実施している「竹取計画」もいよいよ最終局面を迎えようとしていた。月へ人類を送る「竹取計画」は日本が膨大な予算をかけ実施してきており、失敗もあったがついに人を乗せ月へ着陸する計画が実施されることになったのだ。
ドイツと共同開発したザトゥルンロケットで打ち上げられた宇宙船「かぐや十号」は順調に月へと向かっている。宇宙船「かぐや十号」には二人の日本人と一人のドイツ人が乗船している。
月へ向かう宇宙船「かぐや十号」に注目しているのは日本とドイツだけではない。世界中の人々がラジオやテレビで月へ向かう「かぐや十号」を見守っていた。
「かぐや」に乗るのは藍人の息子の響也、用宗の孫の宗近に、初の女性宇宙飛行士であり、ヨーゼフの娘ヒルデの三名で、彼らもまた「かぐや十号」の中で月への到着を心待ちにしていた。
「ついにここまで来たわね。私は船内に残るのがとても残念よ……」
もう何度目になるのか、ヒルデは愚痴をこぼす。ヒルデは宇宙船に残り、響也と宗近が帰還するまでの間、司令船を操縦する役目を担っている。
「ヒルデが司令船を見ていてくれるから俺達は月へ行けるんだって。ヒルデ以外じゃ無理さ。な。キャプテン」
ヒルデを持ち上げながら、軽い調子で話をするのは月着陸船を操縦する宗近だ。彼の軽い言葉に対し、ヒルデは「もう」と呆れたような声を出すが、これ以降彼女の愚痴が無くなる。
「月へ行くことは僕の長年の夢だったんだ。君たちとここまで来れて僕は幸せだよ。もちろん関係者全員にも感謝してる」
真面目で実直な響也が「かぐや十号」のキャプテン。
<おいおい。響也。そのセリフは不穏なものを感じるぞ>
響也の言葉に管制塔のスタッフが突っ込みを入れる。
終始なごやかな雰囲気で、月へと迫って行く宇宙船「かぐや十号」はいよいよ月着陸の局面を迎えた。
響也と宗近は月着陸船でついに月へと降り立つことに成功する。この瞬間、世界中で歓声が巻き起こる。
いよいよ月着陸船から響也が月へと降り立ち、一歩を踏み出す。手には日本とドイツの旗を持ち……
「こちら、響也。人類は月への一歩を踏み出すことに成功した」
――東京 藍人
藍人は妻と共に自宅のテレビで息子が月へ降り立つ瞬間を見守っていた。幼い時からの夢を実現した息子へ心からおめでとうと伝えてやりたい。彼はそう思いながら、食い入るように妻とテレビを見つめる。
藍人も還暦を越え、もう老境の域に入っていおり、数年前仕事も引退して今は自宅で妻とゆっくりとした時を過ごしている。思えばこれまでいろんな国を訪れ、いろんな人と会って来た。
友人の牛男とも仕事を引退して以来、年に数回会うようになった。まさか息子が牛男の娘と結婚するなんて夢にも思わなかったが……藍人は月を歩く息子の様子をテレビで眺めながら、息子の小さかった時のことを思い出していた。
ずっと月へ行きたいと言っていた息子。当時は人類が宇宙に出る事さえできなかった時代だ。大した奴だよ。我が息子は。
ふと妻を見ると、彼女はハンカチで目元を押さえながら、息子の様子を見守っていた。
「藍くん。響也は夢を叶えたんだね」
「ああ。あいつは凄い奴だよ」
藍人は妻を抱き寄せ、再びテレビに目をやるのだった。
――台湾 牛男
牛男は妻と娘、三歳になる孫と一緒に娘の旦那である響也の偉業を見守っていた。娘は響也が月へ降り立つ前から涙を流しっぱなしで、孫をギュッと抱きしめながらテレビに見入っている。
孫は「パパー。パパ―」と無邪気にテレビを指さしており、牛男は微笑ましい気持ちになるのだった。
友人の藍人の息子と自分の娘が結婚するなんて、牛男は思ってもみなかったが、あいつの息子なら娘を安心して嫁にやれると思ったものだ。事実、あいつの息子は月にまで行ってしまった凄い奴だよ。
牛男はテレビを見ながら、響也へ向けて缶ビールを掲げると、プルタブを引っ張った。
「乾杯!」
牛男はテレビに向かって独白し、ビールに口をつける。
――関東某所 用宗
用宗は高齢の為、まともに歩くことが出来なくなっていたので車椅子で生活している。愛する孫と親友のヨーゼフの娘が宇宙へ行っているとあっては年甲斐もなく興奮してテレビを見つめている。
孫を乗せた「かぐや十号」がザトゥルンロケットで打ち上げされる時から、友人のヨーゼフは用宗と一緒に娘と友人の孫を見たいと言ってくれて用宗の家まで家族を連れて来てくれていた。
「用宗さん。ついに宗近君が月へ降り立ちましたよ!」
ヨーゼフが興奮した様子で用宗の肩を叩く。
「おお。宗近……」
用宗は感動で声が出なくなっていた。
「用宗さん。お孫さんはまだ独身でしたよね。どうです? 私の娘と……」
ヨーゼフと用宗は孫と娘の結婚話を勝手に進めて行く……帰って来た二人にその話をしたヨーゼフは別の意味で驚きを受けることになるのだが……
――東京 叶健太郎
叶健太郎は八十二歳になるというのに、腰以外は健康そのもので近所からは元気なおじいさんと認識されていた。磯銀新聞へ寄稿していたエッセイも数年前引退し、今は隠居生活を送っている。
磯銀新聞へ勤めていた時代から彼は宇宙へ興味を持っており、宇宙開発研究所やエネルギー開発研究所へ何度も取材を行った。そしてついに人類は月へ降り立ったのだ。
長生きしていて良かったと叶健太郎はテレビを見つめながら感じ入り、宇宙飛行士の一挙手一投足を見守っている。
久しぶりに磯銀新聞用の記事でも書いてみるか。そう思った叶健太郎は腰をさすりながら立ち上がり、紙と万年筆を持って来る。
――どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ!
おしまい
※各国の様子や本編で書けなかった日本以外の国の思惑など、個人にスポットを当てたものなどを外伝で書いていきたいと思います。今後はストックを溜めず、書いたら投稿します(不定期更新となります)。
リクエストございましたら、感想欄または活動報告にでもご連絡ください。ご希望の内容を書けるか検討します。
明日一話、外伝で1960年頃の各国情勢を投稿します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これから他の作品を含めてまだまだ投稿していきますのでよろしくお願いします。
みなさまに愛を込めて うみ




