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157.外伝62.映画

――1960年 秋 叶健太郎

 叶健太郎は居間でテレビをつけながら柿をもしゃもしゃと食べていた。柿の皮をむくのが面倒な彼は普段なら柿など食べないところだが……遠野が彼の性格を把握していて柿の皮をむいて一口サイズに切り冷蔵庫に入れておいてくれたのだ。

 ここまではいいんだが……と叶健太郎は思う。問題は……昨日の朝、昼、晩、そして今朝と柿ばかり食べているのに柿が無くならない。まだ冷蔵庫には三分の一ほど残っているというのに。

 

 その時、ガラガラと横扉を開く音がして、若い女性の声がする。

 

「おはようございますー。叶さん」

「おう」


 遠野だ。彼女は勝手知ったるという感じで居間まで入ってきて叶健太郎の隣に腰かける。


「あれ、叶さん。昨日は柿を食べなかったんですか?」

「……おい……」


 不思議そうな顔で首を傾ける遠野へ叶健太郎はどう突っ込んでやろうか悩むが何も言わないことにした。

 彼は彼女へ言葉を返さない代わりに無言で切られた柿を爪楊枝で刺し、口に運ぶ。

あきてきた……と叶健太郎がうんざりしていると、遠野はスクッと立ち上がりキッチンへと消えていく。

 

「叶さん、残っちゃうと腐るのでいただいていいですか?」

「あ、ああ……」


 全部、遠野は残り全部持ってきている。

 叶健太郎はそっと自分が食べようとしていた柿を皿ごと遠野の方へ紛れ込ませた。


「ところで叶さん、この後お暇ですか?」

「あ、うん」


 喋る時でも食べる手を止めない遠野である。


「今話題の映画があるんです。見に行きませんか?」

「話題ってっと……ハリウッド?」

「はい!」


 テレビが普及して以来、映画産業は斜陽になるかもしれないと思った叶健太郎であったが、現実は逆であった。

 大衆娯楽として映画はすっかり定着し、人気の映画ともなると映画館に長蛇の列が出来たりするほど隆盛を誇っていたのだ。やはり、大スクリーンで見る映像は迫力が違うからな。

 日本は様々な産業で世界最高クラスにあると言われているが、こと映画産業について言えば世界最高は質、量、売上高全てアメリカに譲る。アメリカからかなり離れて日本、フランス、イタリアといった国が続く。

 アメリカの映画は通称ハリウッド映画と言われていて、潤沢な予算を使った質の高い映像だけでなくダイナミックで分かりやすい物語も全世界で好評を得ている。

 叶健太郎はアメリカならハリウッド映画より野球に注目していた。毎年日本シリーズの優勝チームとアメリカ大リーグの優勝チームが対決する一大イベントがあるのだが、ここ五年間ずっとアメリカが勝利しているのだから。

 今年こそは勝てよと叶健太郎は願っているのだ。

 

「ええっと、何だっけ」

「日独米三か国が協力したという大作ですよ!」

「あー。『妖怪大戦』か」


 妖怪大戦については叶健太郎も名前だけは知っている。アドバルーンで宣伝するほど力を入れていた作品で、どうもドイツの軍人が主人公でハリウッドらしく妖怪と派手に戦うってやつだったはずだ。

 映像自体は大好評らしいが……。

 

 ◆◆◆

 

 遠野……これは無いだろう。映画館の中なので遠野に話しかけることができない叶健太郎は心の中でそう呟いた。

 これは酷い。酷い。今まさにクライマックスに差し掛かろうとしているが、何を考えてこんな映画を作ったのか理解に苦しむ。

 

 叶健太郎も知るドイツの元軍医をモデルにした主人公であるが、彼の上官が出撃大好きの人間で怪我しようが構わず出撃していく。

 上官はスツーカに乗って妖怪へ爆弾を落とし高笑いする。一方の軍医はやれやれとため息ばかりついているが、こいつも只者じゃあねえ。

 上官が右足の膝から下が吹き飛んだシーンで、「足が吹き飛んだ」と上官が言えば、「足が無いなら普通に喋れませんよ」と冗談めいて返し、本当に上官の脚が無くなっていたのだ。

 軍医は動じず、止血して彼を抱えて妖怪蔓延る戦場から歩いて基地まで戻る。

 さすがにハリウッドとはいえ、ファンタジーが過ぎるぞ。もう少しこう、現実味が欲しいところだな。まあ、娯楽特化だから仕方ないのか。

 

 なんて考えているうちに、妖怪の砦がスツーカに破壊されてエンディングロールが流れ始めた。

 

「叶さん、面白かったですね」

「あ、まあ……」


 遠野は五箱目のポップコーンをたいらげニコニコとしている。

 こっちもこっちでとんでもないな……叶健太郎は冷や汗をかいたのだった。

 

「叶さん、ポップコーンって甘くないんです」

「そ、そうだな……」

「いいことを思いついたので、この後叶さんの家に行っていいですか?」

「お、おう」


 とても嫌な予感がした叶健太郎であったが、特に断る理由もなかったため遠野と買い物をしてから自宅に戻る。

 彼女はポップコーンの豆を購入していた。量が量が。叶健太郎は見なかったことしたそうな……。

 

「遠野、それ全部作るのか?」

「はい!」


 遠野は叶健太郎宅のキッチンでウキウキとフライパンを出し、ポップコーンの豆を焼き始めた。

 フライパンの隣には大き目の鍋。何に使うのだろう。叶健太郎は不穏に思ったが、すぐに分かることだし野球中継も始まるからと居間に移動する。

 

 甘ーい香りがキッチンから漂ってきて、遠野がとんでもない量のポップコーンと鍋を抱えて居間にやって来る。

 

「それは、チョコレートか?」

「はい。ここにポップコーンをどばああと入れてですね、混ぜると完成です」

「そ、そうか。ちゃんと食べろよ」

「はい!」


 確かに甘いが……。この時若干引いていた叶健太郎であったが、数年後甘いポップコーンは街に出始めると人気商品になったという。

 余談であるが、叶健太郎は映画のモデルになったであろう軍医へ連絡を取り、映画の脚が吹き飛んだシーンについて聞いてみると……あのシーンは脚色しておらず実際に戦時中のエピソードそのままだということを知り戦慄したのだった。

お久しぶりの日露でした!

近くもう一話投稿しようと思ってます。おそらく一週間以内に。(まだ構想中です)


毎度のことになっちゃうかもしれませんが新作がありますー。

今回のものは、なろうぽくない感じのファンタジーでして、少し昔のジュブナイル小説のような古代兵器が出てきて、世界の危機をみたいなものになります。

よろしければ、お読みください。シリアスで読み応えはそれなりにあるかと。全44話予定です(現在32話。既に書ききってますのでご安心を)


古代兵器の少女はおっさんに拾われ、人間のフリをする

https://book1.adouzi.eu.org/n5196eu/


あらすじ

様々なアーティファクトが眠る古代遺跡。イブロは日銭を稼ぐため古代遺跡を訪れていた。

そこで彼はこれまで見たことのない通路を発見し、感情をまるで持たない少女に出会う。

 彼女は左目を探すため旅に出ることとなり、イブロも彼女の旅に付き合うことになった。

少女は言う「左目が無ければ、火の海になる」と。

 旅を続けていくうちに少女は様々な人に出会い、人間らしくなっていき次第に、古代兵器としての「ワタシ」と少女としての「わたし」に悩むことになる。

 一方のイブロは少女を通じて、過去の自分を見つめなおし再び生きる活力を取り戻していく。

 左目を装着した少女は世界の破滅を救うため……。

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