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111.外伝16.1923年 関東大震災裏話

――日本 某所 陸軍のとある少尉

 日露戦争後、軍制改革が行われこれまで時には(ののしり)り合うほどだった陸軍と海軍の関係性は急速に改善していった。軍制改革の方針が士官へ下達された際、少尉は驚きで不覚にもその場でうずくまりそうになってしまう。

 あれほど軍全体の勢力争いに躍起だった陸と海が手を取り合って軍制改革を行うというのだから、驚かない士官はいなかった。

 

 陸軍と海軍に加え空軍と海兵隊を設置することに少尉はそこまで衝撃は受けなかったが、人事方針を聞かされた時に一番驚愕(きょうがく)したのだ。空軍と海兵隊の士官は陸軍、海軍の士官両方を配置するというのだから。

 その日の晩、少尉は仲のいい少尉同士で飲みに行ったが、彼だけでなく仲間も軍制改革は不可能だと口を揃えていた。

 

 しかし翌日、彼らは違う意味で期待を裏切られることになる。

 彼を含む関東地方の陸軍少尉全てが一か所に集められ、徒歩で移動すること三十分……広い宿舎に到着する。ここは学校のように広場があり、広場を囲むように宿舎が建っていた。

 彼らが到着すると、既に広場には軍人らしき集団が集合していた……

 

――その集団は海軍の制服を着ている!

 彼は思わず声が出そうになったが、グッとこらえ何とか声が出るのを抑える。彼と同じように声を出しそうになっていた同僚の少尉たちも彼と同じで声を立てずに広場まで静かに移動し、海軍の隣に整列する。

 彼が横目で海軍の連中の制服を見たところ、海軍少尉だと分かる。どうやらここに集まったのは陸海の少尉のようだ……


 整列し待つこと五分。見知った顔の陸軍中将と……並んで歩く海軍中将! が二人揃って壇上にあがる。

 

「諸君。本日より軍制改革の実務案を協議するために関東地方の少尉を全てここに集めさせてもらった」


 陸軍中将は落ち着いた声で、集まった少尉へ声をかける。

 

「本日は宴会の席を設けさせてもらった。これから一週間かけて実務案の概要を話あってもらい、担当ごとに尉官、佐官を振り分けるつもりだ」


 交代するように次は海軍中将が語りかける。

 

「とはいえ、君たちは優秀な少尉だ。今回の合宿では、実務面より海と陸で交流を持つことを中心にする。戸惑いもあると思うが、よろしく頼む」


 次は陸軍中将が話をまとめると、集まった少尉たちは敬礼でもって応じるのだった。

 

 日本各地でこういった「軍制改革の研修」と称された尉官と左官向けの合宿が執り行われ、陸軍と海軍の士官全てはお互いに交流を持つことになる。

 

 

――1923年 某居酒屋

 あれから時が流れ、今では元海軍の尉官とも仲が良くなった陸軍の少尉は、海軍の少尉と休日に居酒屋へ飲みにきていた。「軍制改革の研修」で意気投合した二人はあの時以来、非常に親密な関係になっている。

 

「……で、地震が起きたと想定した訓練を何度も繰り返したのか?」


 海軍の少尉は熱燗(あつかん)を素手で掴み、陸軍の少尉のおちょこに注ぎながら、彼に問う。

 

「そうなんだよ。陸軍は日本本土防衛が目的なんだが、災害救助に力を入れている。たしかに……地震や津波で亡くなる臣民は多い」


「不満なのか?」


 ちゃかしたように海軍の少尉は問うが、陸軍の少尉はすぐさま首を振る。

 

「そんなわけあるかよ。災害救助訓練だって立派な訓練だ。災害時に一人でも多くの命を救う。俺は軍人になってよかったと思ってるよ」


「銃より救助ってか?」


「銃も大事だけど、どんぱち人間同士でやり合うより巨大地震の方がよっぽど恐ろしくないか?」


「それには同意するよ。大自然の驚異(きょうい)の前に人はなすすべがないからな。ただ過ぎるのを耐えるのみだ」


「消防や警察との連携もきちんとやっているからな」


「ほんと変わったよなあ。軍制改革以来……警察と仲良く手を取り合うなんてな」


 二人は笑い合い、熱燗(あつかん)のお代わりを店員に頼む。

 

「そういや、妻がけたたましいサイレンに辟易(へきえき)しているって言ってたな……」


 思い出したように海軍の少尉が呟く。数年前から日本全国ではじまったサイレンと避難訓練……海軍の少尉の家族はまだ幼い子供がいて、サイレンの音にびっくりした子供が泣いて大変なんだと愚痴をこぼす。

 

「サイレンと避難訓練は臣民を守るためだからなあ……もし地震が起きて避難できなかったら大変だろう?」


 陸軍の少尉は海軍の少尉に理解を示しながらもさとすように彼の肩を叩く。

 

「ああ。俺だって避難訓練の大切さはわかっているさ。妻の愚痴を聞くだけで万が一の時に命が救われるって考えたら安いものだよ。甘んじて彼女の愚痴を受けようじゃないか」


「かかあ天下だな……お前の家族は」


 手を叩いて大きな声で笑う陸軍少尉にムッとした様子で海軍の少尉は彼に言い返す。

 

「お前のところも同じだろ……」


「……すまん……」


 二人が居酒屋で談笑してから二か月後、関東大震災が起こる。幸いにも地震はちょうどサイレンが鳴り、避難訓練で指定場所に住民が避難している時に起こったため地震の規模に比べ損害は軽微(けいび)で乗り切ることができたのだった。

 普段の訓練が功を奏した形になったわけで、関東大震災後はサイレンと避難訓練に文句を言う住民は皆無になる。海軍少尉の妻も関東大震災が起こってからは、「避難訓練のお陰で助かった」とサイレンが鳴るたびに感謝の気持ちを示すようになったという。

 

 震災発生時は、陸軍、警察、消防共に日ごろの訓練の成果を発揮し大いに活躍し株をあげた。総理大臣からも彼らの動きは絶賛され、特に三組織の連携が素晴らしいと談話がなされる。

 三組織の長は震災後一同に会し、お互いの健闘を称え合う。三者が握手を交わした写真は新聞で大きく報道され、日本中から称賛の声があがったという。

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