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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 12 dessertは甘く紅く
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砂子

ロイはキャンディの前に立つ。

彼の体には完全に血がない状態。息の根はもちろん止まっていた。

 キャンディの死後三日目にしてやっと観衆は皆、集会所から去っており、今はこの広い場所にロイと亡骸となったキャンディだけだった。

完全に吸血された状態のキャンディは、土の人形のように干からびていた。

そっと体に触れると、肌とは思えない感触が伝わりその感触から逃げるようにロイは手を除けた。

 ロイはポケットに手を入れ、キャンディが愛用していたポーラータイを首にかけてやると一言、別れを告げる。


「ありがとう。さようなら、キャンディ……」


 冷たい銀の杭を胸に押し当てる。

 左手で木槌を振りかぶると一気に杭に向かって振り下ろした。

 その力であっけなく胸部に杭は刺さる。手に伝わる嫌な感触に嫌悪を感じながら、それでも杭を何度も打ち付ける。


「……ッ! ハァ、ハァ……」


 胸部に半分ほど杭を打たれたキャンディの胸部から徐々に砂になっていく

それでもロイは木槌を振り上げる。

 何度も何度も杭を打ち続け、仕舞には体の形の砂山になってしまった。

 乱れた髪をそのままにロイはその砂を手に取った。

 重力に従い、指の間から零れていくそれを何度も掬い上げる。

 その中にキャンディがいつもしているかぼちゃのポーラータイがあった。


「ああ、なんとも呆気ない……」


 そっと指に絡ませながら取るとポーラータイのジャック・オ・ランタンと目が合う。

 その瞬間、今までに感じたことのない熱が身体の中心から胸へ、そして顔まで浸食した。

 感じたことのない胸の痛み、熱に苦痛で顔を顰める。


「ッ……熱い、気持ち悪いです……」


 ロイは体の違和感に苦悶の表情を浮かべる。胸の熱さに耐えきれず膝を折り、キャンディの乗っていた台に倒れ込んだ。

 広い室内に、ダクトの音。燃えるように熱くなる胸の奥。

 一筋の雫が頬を伝い砂を濡らす。

 言いようもない苦しみにロイは遂に膝を床につけた。


「……終わったかい?」


 ロイが顔だけを上げるとそこには先程双子を運んだダレスの姿があった。

 黒い派手なブラウスを捲りながら、こちらに近づいてくる。

 ロイはふらつき、立ち上がれないでいるとダレスが片手で腕を掴み傍にある椅子に座らせる。


「すいません。醜い姿を見られました」


 項垂(うなだ)れるロイにダレスはその顔を覗き込む。


「はは、醜くなんかないだろう? いいんじゃない? 俺にはそういうところ見せても」

「……」

「おまえが感じたこと、俺が教えてやろうか?」


 ダレスが顔を覗き込むと、涙を流したままのロイが静かに頷いた。


「それは、悲しみってやつだ。初めて体感しただろ?」

「悲しみ……ですか」


 隣に座ったダレスはロイの手からポーラータイを奪うと胸ポケットに押し込んだ。


「ロイはあの日から自分を隠して、みんなを騙してる。悪くはねえよ。……そうしなきゃいけないのも確かだ。だけど幼馴染の俺になら弱いところを出してもいいんじゃないの?」


 同じ副団長だしな、と彼は陽気に言う。

 あの日……ロイは百年ほど前のことを思い出した。

 その思い出は心を急激に冷やし、更にロイを穏やかにさせてはくれない。

 ロイはその胸を再び抑えると声を絞った。


「私は生まれた時の“導の言葉”と戦わなければなりません。でもその心に打ち勝つ度私は弱くもなる。……それが受け入れられないのですよ」

「ああ、知ってる」


 今から150年ほど前、ロイはルヴィーダン家の三男として生を受けた。

 その時にリリィ・マクファーソンの儀式にて言い渡された導は“破滅を呼ぶ悪魔”だった。

 その意味は“心を持たず、反発し続ける者”ロイは通常に備わる優しさ、温かさ、悔しさ、悲しさ、怒り……すべての感情を持つことなく生まれてきてしまったのだ。

 だが、魔族が奇跡の血を追い求めて滅んだ後すぐに生まれたロイはこの導を受け、周囲からは魔族の生まれ変わりだと迫害された。魔族は元々吸血鬼とは相対し、何度も争いを続けてきたのだ。

そんなロイを理解し、受け入れたのは兄であるウィリアムとダニエル。それと僅かな吸血鬼だけだった。

 実際に幼少期からロイは自分以外のものに関心を持てず、街に出れば違法な吸血を繰り返した。

 常に氷の様に冷たい心。固まった表情。そして、なにより命への破壊衝動が幼少のロイを襲った。

 そして、Blood ROSEに入ると共に“破滅を呼ぶ悪魔”と戦うことになる。

 普通でいることを心がけ、例え本心が違えども一般論を優先した。

 破壊衝動はなくなったが、今でもロイはいくつもの感情が分からないままなのだ。

 それから百年、ロイは笑顔を崩さず“微笑みの白薔薇”などと妙な異名も付けられることとなる。


「俺としてはお前のその張り付いた笑顔と丁寧な言葉づかいの方が慣れねぇよ。昔は俺のことだって見れば殴りかかってくるくらい嫌いだったくせによ」

「百年以上も前からの話でしょう。もう慣れてくださいよ」


 口の端をあげると肩にダレスの大きな拳が軽くぶつかる。


「心臓が熱くなることは悪いことじゃない。それは“心”だ。……立派な成長だよ。だからそんなお前さんを醜いなんて言わねえよ」


 ひらひらと手を挙げるとダレスは大股で集会所を去っていく。

 幼馴染が初めて見せた涙に戸惑いつつ喜びを隠そうとダレスは大きな手で口元を隠す。


「ダレス」


 そんな中、再び発せられた声が、喜びに満ちた足取りを引き留めた。


「ん? なんだ?」


 振り向くと、満面の笑顔のロイが立ち上がる。


「ルーザはどこでしょうか?」

「書庫にカユと入っていったと思うが……お前さんからルーザを訪ねるなんて珍しいなぁ?」


 美しく、そして陰影のあるロイの笑顔は今にも散りそうな花のようだ。

 目を細め、口角を挙げる。その口からは低く優しいテノールで言葉が紡がれる。


「団長にお話があるんですよ」

「…………ああ、そうかい」


 何かを諦め、そして固く決心した白薔薇にダレスは悲しげに笑い返すのだった。

次話の投稿は9月20日予定です。

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