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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 12 dessertは甘く紅く
50/56

入眠 《挿絵あり》

「ロイ、ありがとうね」


 キャンディは心底幸せそうな笑顔を向けたが、ロイは返事をすることなく正面を見続ける。

 今、キャンディとは相棒ではない。罪人と処刑の執行人だ。

 面会を許したのは相棒としての最期の慈悲だった。

 双子たちは兄の元に走り出す。黒い葬祭用のスーツにオレンジの頭が二つ揺れている。

 大きな瞳に涙を溜めながら走る二人に、観衆は目を逸らした。


「お兄ちゃん!」


 パンプはキャンディに抱きつき、プキンもそれに続いた。

 キャンディは薄く瞳を開け、その声に微笑みそして右手をそっと差し出す。その手を双子はしっかりと握った。


「おにい、ちゃん。嫌だよ……」


 その手を伝って、パンプの涙が流れる。キャンディは口元で笑顔を作ると親指で弟たちの溢れ出る涙を何度も拭う。


「今からでも助かるでしょう? だって、今は優しいお兄ちゃんだもん」


 プキンもその手を抱きしめ、同じく涙を流した。


「ほっぺ、叩いてごめんね。痛かっただろう?」


 キャンディはもう片方の手をのばして、右手にはパンプに、左手にはプキンに添える。いつものように、双子を撫でる手で泣きじゃくる二人をあやした。


「もう、痛くないよ! だからお兄ちゃんは悪くないもん」

「僕たちもっといい子にするから、また一緒に遊ぼうよ」


 二人の泣き声が周囲の心に刺さり、中には耐え切れず涙を流すものまでいる。

 キャンディはしばらく切りそろえられた髪を頭を撫でると押し寄せる狂気の波を感じ、二人を自分の近くにぐっと引き寄せた。


「ごめんね、僕はまたすぐに怖いお兄ちゃんになってしまう。でもね。今は優しいお兄ちゃんの言うことを聞いて」


 ロイにも聞こえないほどのわずかな囁き声を双子たちに向ける。

 双子は涙ながらに頷くと、キャンディは小さい頭をそばに引き寄せた。

 その様子は観衆から見たら最期の別れを告げ、抱き合う兄弟愛にしか見えないだろう。しかし、傍で見守っていたロイは違和感を覚え、じっとミッド兄弟に注目した。

 だが、キャンディもそれに気づき一段と声を下げ、ミッド家に伝わる任務用の特殊な言語を混ぜ、声を潜める。


「いいかい、声を挙げずに聞くんだ。僕が完全に瞳を閉じたら、僕の血を二人で飲み干すんだ」

「っ……!」


 小さく悲鳴を上げる二人にキャンディはシィーッと息を抜く。


「大丈夫、怖くない。昔、教わったようにやるんだ。僕の魂は月に還るけど、君たちの中で生き続けるよ」

「そん……な」

「無理だよ……」


 驚愕し、固まる二人をさらに抱きしめる。そして、その頭を首筋に持ってくると普段の優しい笑みでキャンディは言う。


「僕にとってパンプ、プキン。君たちは可愛い弟だ。いかなる時も聡明で優しく、そして美しく、僕の誇りであってくれ」


 キャンディは双子たちに注目する観衆を見ながら力を抜いた。

 そして周りにも聞こえる声ではっきりと告げる。


「大丈夫、団長様やみんなの言うことをよく聞いてね」


 瞼はゆっくり閉じられ、そして一瞬手に何かが光る。それはキャンディの爪で、自ら首の静脈を抉り、そこに双子の口を押し付ける。


「さあ、さようならだ」





挿絵(By みてみん)




 パンプはキャンディの身体を押しのけ、プキンも首をずらそうとした。それでもキャンディは強く抑え込み、長年の飢餓状態からか小さい理性では食事という誘惑に耐えられることはなかった。

 二人は嗚咽をこぼしながら兄の血を口に入れてくる。

 様子に気づいた観衆は動揺でざわめき、ロイは杭を持つ手に力を入れた。


「ロイ! 待ってくれ」


 観衆の先頭から、低い声が発せられる。

 その声の主は、キャンディの遠縁である副団長、ダレス・サヴァランだった。


「止めないでくれ。杭は吸血が終わってからにしてくれ!」


 周囲が更にざわつく。

 ロイは落ち着いて、ダレスに向き合い声を張り上げる。


「ダレス・サヴァラン。あなたは何を考えているのですか? キャンディ・ハロウィーン・ミッドの血液成分を最も理解しているあなたが何故止めるのです?」

「ロイ、頼む。パンプとプキンなら大丈夫だ。俺を信じてくれ!」


 珍しく懇願する様子は何か確信があるというようで、それを信頼してかロイは杭を持つ力を緩め、一歩下がったのちにルーザに指示を仰いだ。


「ルーザ、頼む。こいつらをそっとしてやってくれ。吸血が終わったらロイが杭を打ち込む。なにか問題があったら俺がどんな処罰も受ける。だから……!」


 ダレスは膝をつけ(かしず)いた。

団長は驚き、そしてひと呼吸置いた後、高座から観衆に告げる。


「承諾しよう」


 ざわめく中、双子たちは最愛の兄の血を口に含み続けた。

 キャンディ・ハロウィーン・ミッドの処刑は、鮮血の香りと幼い泣き声と共に終幕した。

 赤い液体を溢しながら双子は血を吸い切った。

 残ったのは土人形のような体のみで、だがその表情はとても優しく穏やかな物だった。


「キャンディ・ハロウィーン・ミッドは死んだ。……処刑は終わりだ」


 団長は終幕の宣言をし、立ち上がる。


「ロイ・ルヴィーダン、杭を打ち込んだのち報告に来い。立会人はダレス・サヴァランだ」


 冷たく言い放つと返事を待たずにルーザは集会所から立ち去った。

 その後は静寂の中にたくさんのすすり泣く声が半日以上続いた。観衆はなかなか立ち去ろうとせず、キャンディに覆いかぶさるようにして意識を手放したパンプとプキンを見つめている。

 キャンディの血をすべて吸い終わった双子は兄に寄り添い2日も眠り続けた。

 その二日間で徐々に吸血鬼たちは集会所を去っていった。

 ロイはずっとその場から離れることが出来ず、立ち尽くしたまま二人の寝息を聞き続ける。

 長い時間、兄に寄り添うように眠るパンプ、プキンを見かねたダレスが優しく引きはがす。

 泣きはらした目を優しく撫で、口に着いたままの血をブラウスが汚れるのも構わず拭いてやると、二人を腕の中に納めた。


「ロイ、後は頼むな」

「立会人はあなたですよ?」


 ロイは慌ててダレスを引き留める。


「最後くらい二人にしてやろうかなと思って。それにお前がきちんと仕事をするって信じてるし」


 二人を抱え、退出するダレスを横目にロイは今一度杭と木槌を強く握りしめるのだった。

次話の投稿は9月18日予定です。

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