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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 11 すべてをglacageに映して
44/56

突入

【11 すべてをglacageに映して】




 タエの悲鳴を後ろにロイが宿の扉を開けると、廊下には団長を除いた幹部が全員揃っていた。

 副団長のダレスは大きなトランクを、その相棒であるケイは戦闘用の剣を、そしてカユはロイの仕事道具を携えていた。これもジャックが手回ししたからだろう。


「皆さん、日が昇るのにお疲れ様です」

「キャンディ、キャンディは?」


 焦る口調は団長の相棒であるカユの言葉で、その睫はすでに涙で濡れていた。

 ロイは静かに首を振ると、同じ立場の副団長であるダレスに尋ねる。


「どのくらい前に到着しましたか?」

「ちょいと前だよ。お前さんがその靴底を鳴らしてくれなかったらもうちょっとでこの街の迷子になっていたな」


 ロイの靴底には左だけ鉄板が仕込んであった。右の靴底と左の靴底、異なる音を規則正しく鳴らすことで自分の居場所を知らせていたのだった。

 これはBlood ROSEではよく用いられる方法だ。


「キャンディはもう手遅れでしょう。猫の血を血液中と腹内に投与されています」


 後ろではガタガタとタエが苦しみ扉を叩く音がする。ロイは強く扉を抑え込むと、壁と扉に自らの爪を食い込ませた。

 西国では見慣れない形の剣を携えたケイが一歩前に出て尋ねた。


「しかし、どうするのだ? このままキャンディは自害させてしまうのか?」

「いえ、生け捕りにしましょう。正式に裁判を行うためにも。……そして見せしめのためにも」


 ケイは了解した、と頷くと扉の前に立つ。カユも続いたが、その眉間には深く皺が刻まれ、黄金の右目を歪ませていた。


「もっと早くに……俺が気付いてやれば。――畜生ッ!」

 

 壁にカユの拳が撃ち込まれる。壁のタイルは砕けて床に散らばった。

 その瞳はと口は、相変わらず苦悶に歪んでいて、見かねたケイが肩を叩く。

「カユ、今は悔いている暇はない。そんなことではキャンディに呑まれるぞ。ダレス、ロイ。我らが先陣を切る! 室内は狭い。凶器となる物すべて回収し、キャンディを捕える。ロイ、いいか?」

「ええ、私は帰路を開きます。ダレスは……」


 ロイはダレスを盗み見る。彼は飄々とトランクを顔の近くに持ってきて余裕の笑みを浮かべる。


「俺は薬物や証拠品の回収、だろ?」

「ええ、お願いしますね」


 その瞬間、廊下まで聞こえる長い絶叫と皮膚が裂ける音。それは室内の女の声だった。

 タエの絶叫が室内ですべてが終わったことを告げた。


「終わったようだな。行こう」


 ダレスの合図でロイが扉を開ける。

 ケイ、そしてカユの順に部屋内に突入した。

 室内は先程よりも荒れていた。ドア付近にはタエの死体、窓際にはタカナシの死体が無残にも転がり、実験道具は使い物にならないと一目で理解できた。

 部屋の奥、キャンディが拘束されていたソファでは息を切らした化け物が自らを拘束した物に爪を食い込ませている。


「キャンディ……!」


 カユが怖気づくような悲鳴を上げ、部屋の奥に慎重に歩を進める。

ケイと二人で取り囲み、キャンディの注意を逸らしていった。


「キャンディ、俺だ。今、楽にするから……」


 カユは一気に距離を詰めていく。

後方でダレスは薬品をトランクに押し込みながら叫ぶ。


「カユ! 何をやっている? キャンディに近距離戦は不利だ」


 それを聞いてケイは足を止めたが、カユは聞こえないのかキャンディに触れられる距離まで来ていた。


「キャンディ、俺の目を見て」


 いつの日か集会所でそうしたように“黄金の瞳”で心を融解しようとする。

 キャンディの顔がその瞳に映ったとき、キャンディの口がにやりと釣り上がった。


「命ダ。摘モウ」


 赤が、飛ぶ。

それはカユのもので右目の下の皮膚が裂け、血を流していた。

衝撃で後ろに倒れる。見上げればそこにはかつて親友だったキャンディが気味の悪い笑みを浮かべながら爪についた血を舐め取っていた。


「キャンディ……嘘、だろ……? だって俺たちは……」


――今日からよろしく、カユ。僕たちは仲間だ


 初めて集会所に行った時のキャンディの笑顔が脳裏に浮かぶ。その姿は一瞬で幻想のように消え、また爪が振りかぶられる。

 カユはギリギリのところで避けながら体を転がせる。


――カユの目は本当に綺麗だね。みんなのことを幸せにできる


 優しい声が頭に響く。


――仲間想いなところがカユの長所だよ。ルーザ様も絶対わかってくれるよ


 ルーザに叱られたときに誰よりもフォローしてくれたのはキャンディだった。

 そんな彼がカユを本気で殺しにかかっている……カユはゴクリと息を飲んだ。


「モウ、逃ゲラレナイネ。ドウ摘モウカ? ソノ赤全部吸ッテシマオウ」


 僅かに怯んだすきに右腕をとられ、キャンディはカユに馬乗りになる。

 カユは右目を見開き呼吸器を圧迫される苦しさに耐えた。目の前にはキャンディがいるはずなのにその姿は霞み、カユの目にははっきりと映ってはくれない。

 徐々に首に手が宛がわれる。キャンディの爪が伸びれば静脈を抉られ、そこから吸血されるだろう。


「俺、の……目を見て。……キャ、ン……ディ」


 この状況が悲しいのか、息が苦しいのかはわからないがカユの瞳からは涙が落ちる。


 それでも彼の目には旧友の姿は映らない。


「キャ、ンディ……なん、で……?」

「摘モウ」


 キャンディは笑顔のまま首に爪を立てた。

glacage=チョコレートやソースをかけ鏡の様にみせる調理法



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