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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 10 そしてpatissiereはタクトを振る
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華、堕ちる

 静かな尋問は続いていく。


「もう一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「キャンディの体内、並びに首筋の傷からくるひどい臭いの正体です」


 タエはああ、と息を吐くと注射器を一本取り出した。黒い液体の入るそれは禍々しく見ているだけで吐き気を催してきそうだ。


「こちらにきて吸血鬼のことを調べてわかりましたの。吸血鬼は猫の血を嫌う、と。これがわかるまでに何年もかかりましたのよ? それで猫の血と様々な薬品を混ぜ合わせてこれが生まれたんです。これを打つと思考回路が面白いくらい壊れて、自分を傷つけるんですの」


 言い終わるとトレーへ注射器を置いた。針から落ちた一滴の雫に嫌悪を抱く。

 ロイはちらりとキャンディの方を盗み見ると一度深呼吸する。キャンディは気を失ってピクリとも動かなかった。

ロイは窓の外を気に掛ける。もう空の黒は薄まり始めている。

だが彼はまだ余裕そうにタエの正面に座り優雅に足を組んだ。


「それでは、私の方も真実を教えましょう。あなたは本当に賢い女性だ。……でも少しだけ間違っていることがあります」


 低く、彼女を愛でるようにゆっくりと話し出す。


「まずは奇跡の血……これはおとぎ話のような存在で作り方など確立していません。それを求めた者は悲劇を辿る、これだけが真実です。そしてその黒い薬は自害に導いているのではありません。猫の血は吸血鬼の能力を著しく上げ、そして凶暴化させ、命ある物すべて奪う化け物にさせるのです。……つまりは自害に導いているのではなく命ある物が自分しかいないから自害をしているように見えるのです」

「随分ロイさんは博識なんですね」


 その口調は純粋な尊敬にも、そして皮肉にも聞こえた。ロイは返事もせずに一方的に続ける。

 まるでストーリーテラーのように抑揚のある話し方で、時を止めるようにゆっくりと話していく。


「そしてもう一つ、不老不死について。奇跡の血こそ存在しませんがそれに近くなる方法がありますよ。……あなたが吸血鬼になればいいのです」

「吸血鬼、に……?」


 今度は吸血鬼になる方法を内緒話のように悪戯っぽく話した。吸血鬼が人間の血を吸い、吸血鬼の血を人間に移せば……つまり血を交換すればその人間は吸血鬼になれるのだ。

 だが、人間を吸血鬼にするには様々な条件が必要で厳しいルールが設けられている。


「そんな簡単だったなんて!」


 タエは椅子から立ち上がるとロイの元へ寄る。それに合わせて彼もゆっくりと立ち上がった。頭二つ以上差のあるタエはとても小さくロイには幼子にしか見えなかった。

 幼子のような医者は興奮で頬を赤く染め、詰め寄る。


「それなら私も……!」

「私がニンゲンに情報を提供するとでも?」


 ロイは完全に微笑みを消した。目線だけを下げ、小柄なタエを見下ろす。

 タエは一瞬怯み、桐下駄がカランと鳴った。


「冥土の土産に、もう一つだけお教えしましょう。キャンディはあなたのお爺様を殺してなんかいませんよ。まあ、殺害の動機はそれだけではないのでこの言葉はなんの救いにもなりませんが」

「なにを……言っているの?」


 時計が低く鳴った。そろそろ夜明けの時間が迫っている。


「猫の血ではキャンディを殺せない筈です。もうすぐ彼は目を覚まし命ある物すべてを襲うでしょう。私たちの仲間の命を弄んだ罪、ここで償いなさい」


 ロイが半分扉を開ける。

 奥の方で影がゆらりと揺れる。


「タエ……ウラギッタ…………」


 タエが振り返るとキャンディの体がゆっくりと立ち上がった。

 そのおぞましさとこれから起こることの恐怖に(おのの)き身動きが取れないようだった。

 精一杯の声で彼女は絶叫する。


「い、いやっ! 私は不老不死を手に入れるのよ!」


 キャンディのソファを掴む爪は猛禽類の如く鋭く尖っている。

 ベルトはいつの間にかロイの手によって切られ体は自由になっていた。唯一拘束された足のベルトをシルバーのナイフで切り刻んでいる。

 白髪の吸血鬼は最後ににこりと笑んだ。品よく美しい表情は、猟奇的で何よりも恐ろしかった。


「無理ですよ。あなたは愚か(ニンゲン)だから」


 何事もなかったようにロイは退出する。

 後ろにはタエを狙う化け物。前には逃げ道があるにもかかわらずタエの体は自由に動いてはくれなかった。


「タエさん、逃げてください!」


 助手の張り上げた声で足を奮い立たせる。


「タカナッ――……」


 先程まで自分を奮い立たせていたタカナシの体は赤く染まり、虚ろな目だけがこちらを見つめている。

 彼を締め上げているのはオレンジ色の化け物でその姿はもはやヒトには見えず、その形をした鬼だった。

 壁に締め上げられたタカナシは足をバタつかせたが数秒後がくんと首から重力に従って落ちて行った。


「ヒヒ、命ガ摘マレタ……」


 キャンディは笑いながらタカナシを投げ飛ばす。試験管やビーカー、椅子がぶつかる音とタカナシの骨だろう破壊音が無残にも聞こえてくる。

 タエは一心不乱にドアに手を掛けると震える両手でそれを回す。


「……! なんで? なんで開かないっ!」


 ガチャガチャとドアノブのまわる音が空しく響く。

 扉を叩いても開くことはなかった。


「開けて! なんで? 私はっ、こんなはずじゃなかった! 開けて、開けてよ!」


 助けを乞う声が部屋内を覆う。

 体がガタガタと震え、涙が頬を伝う。無意識に何度も意味の分からない言葉を叫び続けた。


「タエ、君モ摘モウ」


 後ろから感じる冷たい肌、そして首筋に伝わる固い爪の感触。


「いや、いやああああああああああああああああああああ」


 部屋内には長い絶叫と化け物の笑い声、そして破壊音が響いている。

 白む空の下、悲劇はまだ始まったばかりだった。

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