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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 10 そしてpatissiereはタクトを振る
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華、移ろう

「やだっ! 基準値超えているじゃない!」


 タエの悲鳴とも取れる声が研究室の奥から聞こえてくる。

 キャンディは初めて聞くその声色に驚きながらもじっとソファに座っていた。


「……の基準値が…………このままだとまた……」


 ぼそぼそとタカナシの声が聞こえるがキャンディにも聞き取ることが出来なかった。


「早……薬の……備を……願い」


 なにかタエが指示を出すと、タカナシが勢いよく研究室から飛び出していった。


「タエ? どうかしたのかい?」


 不安になったキャンディは思い切りタエの名を呼ぶ。タエはキャンディの元に戻るとまた隣に寄り添うように座った。


「タカナシがね、実験に失敗したの。本当、手のかかる子だわ」


 ふう、と短いため息が隣から聞こえる。


「タエ、彼を責めないでほしい。僕も今色々な仕事を任せられていて失敗ばっかりでさ。それでなかなかタエのところに来れなくて、気分もボロボロさ」


 眉を下げながらキャンディは情けなく笑う。


「それで僕ってば弟たちを打ったんだ。それだけじゃない、人間を見たらなぜか殺したいって衝動に駆られてしまうんだよ。ハハ……おかしいよね? 僕弟たちを可愛がりたいし、人間とも仲よくなりたいのに」


 笑顔とは裏腹に瞳からは大粒の涙が零れる。必死に拭ってもそれは止まることなく、流れ落ち続けキャンディは羞恥のあまり顔を袖で隠した。

 ふわり、薬より甘い花の香りがした。これが本物サクラの匂いなのだろうとキャンディは思った。それはタエ自身の香りでその温かさと視界から抱きしめられていることを知った。


「タ、エ」

「辛かったのね」


 キャンディはその温度に安堵する。タエは尚もその細くなった体を抱きしめ続けた。


――ガチャンッ




「すぐに楽になるわ……」


 なにか固い金属と金属が合う音がした。音の出所はソファのようでキャンディは何事かと首を振る。離された体には無数のベルトが固定されていて全く身動きが取れないようになっていた。


「これは、どういうこと……?」


恐る恐るタエの表情を確認するとそこにはいつもと変わらぬ笑顔をしたタエがいる。その表情はハロウィンの日、悪戯をしにくる子供たちと重なった。


「キャンディ、ごめんなさい。あなたの身体じゃ実験は失敗だったみたい」

「な……どういうこと? 人間と共存するために僕は血を提供して……タ、タエ……騙したのか?」


 キャンディは体を捻りソファから脱出しようと試みるが、暴れれば暴れるほどベルトは食い込んでいく。


「騙したなんてとんでもないわ。人間の為に役立てようとしたことは本当よ。私の求める成分は不老不死、それを言っていなかっただけだもの」

「まさか、櫻薬は……!」

「ええ、そうよ」


 タエは高らかに語りだす。栄養剤と言って渡していた櫻薬はある一定の数値を高めるものだった。その一定の数値があがった血のことを吸血鬼界では“奇跡の血”と呼んでいる。この奇跡の血は飲んだ生物に永遠の命を与えると言われている血で、その奇跡を求めた者は滅びの道を辿って行った。

 もっとも悲惨だったのはその血を執念深く追い求めた魔族で、いまや魔族は種族自体が絶滅してしまっている。

 キャンディはその数値のことは詳しくは知らなかったが、吸血鬼界ではその血を求めることは最上級のタブーであることは知っている。


「人間が何故、あの血のことを……」


 首のベルトがきつく締まり、息も絶え絶えのキャンディが唸る。


「言ったでしょ? 吸血鬼のことをお調べしておりましたの、って」


 すべて理解した頃にはもう遅かった。

 吸血鬼を社交界で荒らし、櫻薬を配っていたのはタエでキャンディが招いた時に一度首を振ったのは正式に招待を受けた夜会では取引がやり辛いからだ。

 彼女は昨年の夏終わりからすでに被験者を“処分して”いたのだから。


「うっ……ゴホ、ゴホッ……」


 強烈な臭いと首の閉まりで思わず咽かえる。


「あら、タカナシが帰ってきたのね」

「まさか……この臭い、は……」


 潤む目で入口を確認するとタカナシが真っ黒の液体が入った注射器をタエに渡している。

 鼻を吐く臭いは嗅いでいるだけでも脳が溶けておかしくなってしまいそうだ。


「これは、あなたたち吸血鬼を自害に導く薬よ。きっとあなたもすぐに楽になれるわ。だって、この薬開発するの、ものすごく大変だったんだもの」

「……ッふざけるな! こんなことしていたってすぐに僕たちに捕まるぞ! それに人間を不老不死にすることは生命への冒涜だ……!」


 少し緩んだベルトをよけて力いっぱいに叫ぶ。タエは臆するどころかさらに口角をあげて心底愉快そうに笑んだ。


「あなたの世界ではそうかもしれないわ。でもそれは主観でしかないのよ。吸血鬼はいつでも傲慢だわ。私は違うの……わかって頂戴ね」


 一歩、一歩ゆっくりと近づく。まるで恐怖を煽るのを楽しんでいるようだった。

拘束されたキャンディの右手にはシルバーの医療ナイフが握らせられる。


「なにを、する?」

「失敗作は生かしておけないもの。不老不死の成分、それを櫻値とするならあなたのは百合値が上がったってところね。この百合値が上がってしまうとあなたの血管は破裂してしまうのよ。そうしたら不審死になってしまうでしょう? だから、その前に自死させてあげるのよ」


 私は優しいの、そう付け加えた彼女はまるで世間話をしているような明るさだった。


「それにしてもこれで30本。医療用ナイフは結構高いのよ?」

「タエさん、準備が出来ました」


 タカナシが首と肩のベルトをきつく締め上げる。

 タエは採血のような感覚でひどい臭いのするそれを耳の下に押し当てる。

 それと同時に首を固定していたタカナシはキャンディの顎を支え、口を開けさせる。間髪入れずに注射器の中身と同じ成分なのだろう錠剤を口に流し込んだ。


「じゃあね、キャンディ」


 チクリ、鈍い痛みが走る。


「あ、あ、あああああああああ!」


 何かが脳を侵していく感覚。それに耐え切れず乾いた叫びを上げる。締め上げられて渇いた喉からは獣の唸り声のような痛々しい声が溢れる。

 そしてしばらく目を見開き痙攣した後、プツリと糸が切れるように意識が飛んだ。


「さあ、足がつかないうちにココをでましょうか」

「はい」


 タエはタカナシの手によってまとめられた荷物を持ち木製のドアに手を掛けた。

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