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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 08 雨の日はtrifleをナイフで刺して
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ぱちぱち

 その日からキャンディは自室に籠りきりになった。

 使用人たちは部屋から出ない主人を気遣って何度も部屋の前に訪れたが、それでも姿を見せることはなかった。

 中では、造形が歪な仮面たちが転がっていてその中央では黙々と作業が進められていた。

 時計は秒針すら刻まず、止まったままで、まるで永遠にここにいるように錯覚する。

 机に向かう彼の手には真っ白で美しい仮面が握られていて、今は縁取りの部分にストーンをはめ込んでいるようだ。

 慎重にはめてもただ一寸のズレですべてをダメにしてしまう。目がかすんだ一瞬、ストーンは大幅にずれてしまった。


「あぁっ! これじゃダメだ」


 キャンディは失敗した仮面をそっと置く。この作業を続けることひと月、完成の見込みはなかった。造形を仕上げるために10日も費やしてしまったのだ。

 焦りの中いても経ってもいられなくなり立ち上がった。


 キャンディの自室には大きな鏡がある。

 そこに写った彼は見る影もなく痩せていて、腕は棒のようだった。顔も頬骨が浮き、血色は白を通り越して血管の青が見える。

 隈も相まって骸骨の化け物のように見えた。


「これ……誰?」


 窪んだ目の自分がそう語りかける。

 心臓が高鳴った振動で立っているのが辛くなった。

 オレンジ色の鮮やかな髪、紫の瞳、間違いなく自分の物なのに映る姿は化け物で幻想でも見ているのではないかとキャンディは不安に駆られる。


「う、うわああああああああ!」


 鏡に向かって先程まで座っていた椅子を投げつける。

 椅子の脚が見事に当たり、鏡はヒビが入ってしまった。それでも自分の映る姿を恐れて何度も何度も椅子を打ち付ける。あっという間にそれは粉々に砕けてしまった。


「ッ、ハァ……ハァ……ッ」


 息を吸うのが限りなく苦しく感じる。キャンディは深く息を吐き切った。

 椅子を乱雑に置き、姿勢を正すとどうしようもない怒りが胸の奥から、喉、頭まで急速に上ってきた。

 彼の紫の瞳がとらえたのは今まで手をかけてきた仮面たちだった。

 キャンディは荒い息遣いと共に仮面を掴むと乱暴に地面に叩きつける。


「ッ……こんなッ、物…………!」


 飾り用の宝石もすべて床にまき散らす。

 石同士がぶつかり合い、カチカチと音が鳴った。

 すべてを荒らし終えたキャンディはその場にうずくまる。


「僕は、どうしてしまったんだ。なんで、これも、これも、ロイが……?」


 目には大粒の涙が光った。その涙は拭われることもなく地面に落ちる。

 いつの間にか体は床に落ち、そのまま動かなくなってしまった。

 こうしてキャンディはひと月ぶりに望まない眠りについたのだ。




 しばらくの休息。それはどのくらいの長さだったのかはわからなかった。

 鉛のような体を起こすとキャンディの周りには宝石がキラキラと散らばっていた。

 今は昼らしくカーテンの隙間から入った光が反射して幻想的にも見えて、自分のしたことを今一度はっきり理解したキャンディは打ちひしがれていた。

 宝石を手で寄せると力なく座り込み、茫然とカーテンの隙間から入る光を目に入れるだけだった。


――コンコン、コン


 軽いノックの音が部屋の中に響いた。複数音がするのは二人からのノックだからだ。

 ドアの向こうには弟であるパンプとプキンがいる。

 だが、この骸骨のような顔で会う訳にはいかなかった。


 ノックの音が再びリズミカルになる。キャンディは急いで立ち上がると、吸血鬼感謝祭で使用する女性用の白粉を顔にまんべんなく塗った。

 粉が気管をくすぐり少しむせ返ったが、素早く隈を隠しドアを半分開けた。


「お兄ちゃんおはよー」


 可愛い弟たちが声を揃える。キャンディは素早く部屋を開閉して荒れ果てた自室から出た。


「おはよう、どうしたのかな?」

「お兄ちゃんと遊ぼうと思って!」


 赤いリボンタイを結んでいるパンプがぷっくりとした頬を上げて元気いっぱいに笑う。

 青いリボンタイのプキンはキャンディの脚に抱きついた。


「お兄ちゃんの部屋で遊びたいなっ!」

「ごめんね、今お兄ちゃんのお部屋はお仕事の大切なものがいっぱいあるんだ。だから、パンプとプキンのお部屋に行こう?」


 肩をぽんぽんとあやし、廊下を進むように動かしたが、小さな影は動くことはなかった。頬を膨らませ、キャンディに抗議する。


「お兄ちゃん、最近ずーっと遊んでくれないもんっ。だから今日はお兄ちゃんと一緒にお部屋で遊ぶの!」

「お兄ちゃんのお部屋目の前なんだからいれてーッ」


――パシンッ……


 乾いた音が廊下内を響くその音は何度も繰り返された。

 その光景は、キャンディがパンプ、プキンのタイを掴み、交互に頬を叩く様だった。

 無表情のキャンディが何度も何度も双子の頬を叩く。二人はなにが起きているのかわからないと言った顔でただ目を丸くしているだけだった。


「お、兄ちゃん……?」

「うわーん!」


 何かがはじけたように廊下内はパンプとプキンの泣き声で溢れた。

 キャンディは一歩たじろぎ双子を凝視する。

 手のしびれるような痛みと腫れた弟たちの頬から自分の行ったことを認識する。


「ぼ、僕が……弟たちを……?」


 キャンディは自らの恐ろしさに耐え兼ね、双子の間を抜け走り出す。

 廊下には尚も泣き叫ぶ声が聞こえ続ける。

 誰にも追いつかれないように、その泣き声から逃げるように玄関から飛び出した。

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