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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 08 雨の日はtrifleをナイフで刺して
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しらじら

【la nuit 08 雨の日はtrifleをナイフで刺して】




 ロイたちが会議をしているその同刻、キャンディは吸血鬼感謝祭の花形である仮面のデザインを考えていた。


 キャンディの周りには雑に丸められたデザイン用の紙がいくつも散らばっている。無論、それは失敗したデザインたちだ。考えれば考えるほど焦燥感が募る。

 紙屑の山にもう一つ高さが増した。

 家具が綺麗に並べられている清潔な自室でアンティークの古時計が大きな音を立てた。目をやると針は真夜中1時を差していて、夕刻に睡眠をとる予定だったキャンディはすっかり寝る時間を失ってしまったようだ。

 キャンディは大きな伸びをすると、吸い込むような夜空を背に自室を後にした。


「行き詰ったときは周りを見るとよい」


 これはキャンディが敬愛する祖父、トリート・ハロウィーン・ミッドが良く語った言葉だ。その大きな手を、背中をキャンディは尊敬し敬愛して止まなかった。

 その言葉に導かれるように、別館の大きな図書室に来ていた。ここはミッド家が保有する書物庫で、絵本から哲学の本、さらにはミッド家の歴史の本まで置いてあった。

 ここならば先代たちの仮面のデザインがあるだろうと使用人たちも動き出さない中、蝋燭の明かりを持ってやってきたのだ。

 吸血鬼は明かりがなくても障害物を把握することができるが、字や絵などの平面の物は認識できない。


「あ、あった」


 蝋燭(ろうそく)を本棚に近づけると橙の本を見つけた。

 これが代々、吸血鬼感謝祭の記録が書かれている本だ。近くの机に本を持ち出し、ページをそっと(めく)る。

 そこには父アップル、祖父トリート、そして先代たちのキングの姿が載っていた。どれも威厳があり勇ましい姿だった。キャンディは時間を忘れその本を読みふける。

 中には懐かしいものや、肖像画のみでしか知らない先代たちの姿が描かれている。

 その最後のページには、キャンディ・ハロウィーン・ミッドと文字だけ記されていた。

 今年の吸血鬼感謝祭が終われば、キャンディの姿もこの本に描かれるのだろう。そう思う気持ちが高揚して胸が熱くなる。

 先代たちの姿を頼りに持ってきた羊皮紙にペンを走らせた。


 気が付くと外は完全に明るくなっている。

 何枚か紙を無駄にしながらもキャンディは一つのデザインを完成させた。

 その仮面は元来のミッド家のキングの厳格でおどろおどろしいイメージとは全く違い、美しく煌びやかな物だった。

 白地の仮面には花や色とりどりの宝石で縁どられている。

そして仮面の下からは頬を隠すようにストーンが枝垂(すだ)れているデザインだ。


「タイトルは……“ボクは春に恋をした”」


 端の方にタイトルを書くとキャンディの肩の力はすっと抜けた。


 キャンディは要らなくなった明かりを消し、橙色の本を本棚に戻そうと立ち上がる。

 先程は暗闇で見えなかったが、戻した本の隣はミッド家の歴史にかかわる本だった。


「……」


 キャンディは静かに本を手に取った。これは彼自身の陰の部分、親友のカユやケイにも触れられたくない部分だ。


――ソフィア・レジーム


 そこに記されていたのは、キャンディが命を奪った唯一の人物だった。

 この仕事を誇りに思ったことはない。いつか誰かに咎められるんじゃないか、そう思うと心臓が締め付けられるような痛さをおぼえた。

 ミッド家が爵位をもらえているのも偉業を成し得たからではなく、汚れた仕事をしているからというのは随分前にアップルに聞かされていた。

 決して自らを驕ってはならない、爵位の上に傲慢になってはいけないという父のその笑顔は今まで見たどの表情よりも悲しい顔だった。


「随分、優しい悪魔がお迎えに来たのね」


 それが彼女の口から聞いた最初で最後の言葉。あの何か諦めたような寂しく切ない笑顔を忘れることができなかった。

 巡る記憶を少しでも引きはがす様にキャンディは適当にページを捲る。

 すると、あるページが目に留まった。


「な、なにこれ……?」


 ゆっくりとページを指でなぞる。


「ロイ・ルヴィーダン……?」


 かつてない衝撃だった。

 暗殺リストの中に載っていた名前は彼の相棒の名前だったのだ。



――ロイ・ルヴィーダン 鍵月歴0年 2月23日

 リオンの手により暗殺を遂行するが失敗。その数22回。我が家最大にして最悪の失敗である。鍵月歴22年これを以て代替えを行う。


 リオンというのは祖父トリートの真実の名だ。祖父はロイの暗殺を行いすべて失敗しているのだ。


 キャンディは本を閉じ、次の本棚に目を移す。真実を求めて次の書物を手にした。

 それは祖父の手記のようで革はボロボロにめくれている。


――鍵月歴0年。悪魔の子、誕生。

 ルヴィーダン家に“破滅を呼ぶ悪魔”の子が誕生する。吸血鬼三大貴族ルヴィーダン家の三男。カードを引きしはG.B.Rの奇術師、リリィ・マクファーソン。誕生と同時、産湯につける前に暗殺を遂行する。


 吸血鬼界では子が生まれる前に、占いが行われる。リリィという奇術師が母体に触れ、一枚のカードを引く。そのカードに描かれていることがその子供の歩む道となり、導でもある。奇術師の占いは絶対であり、導を間違えたことは一回もないのだ。


 キャンディはもう1ページ読み進める。


――鍵月歴22年 今年も失敗に終わった。

 他の任務は滞りのない。何故なのか。私にはもう手におえない。リリィ様もお許し下さった。私の代替えと引き換えにだ。

 このように失敗を重ねては、ミッド家が没落してしまう。

 私という吸血鬼はもう用済みなのだろうか。産湯につかる前に殺し損ねた、それが不幸のはじまりである。


 走られるように書いてあり、最後の方はインクが濃く滲んでいた。


「お爺様はロイが原因で代替えを……?」


 思わず心境が喉から声となった。祖父は仕事を愛し、何事も丁寧に行う真面目な人物だった。

 急に父に代替えを宣言した後、自らは人間界で製菓会社を立ち上げたのだった。

 変わり者の祖父が起こした気まぐれかと思っていたが、その裏にはたくさんの事情が複雑に絡み合っているようだ。

 キャンディはその糸に触れてしまった。書という書を手当たり次第取り、その糸を解いていく。

 そして、ある書物にたどり着いた。


「まさか……僕が……」


 書の一文を指でなぞったキャンディの顔は引きつり、そして青ざめていた。

 それをを片づけることなく投げ出すと、椅子を乱暴に引き駆けだす。

 その足は本館の北に向かって、自分の居場所を周囲に知らせるように音を鳴らした。

trifle=スポンジ生地にゼリーやクリームを重ねた菓子 とるに足らない物、つまらないもの

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