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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 07 困惑とcannelleをふりかけて
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冷却

 バーカウンターの奥の扉があいて男の姿に戻ったケイが入ってきた。その顔には疲労が(うかが)える。女である時よりも幼く見え、唇に残った紅を乱暴に袖で拭った。


「今までの夜会ではその薬はカフスやブローチに埋め込むようにして取引をしていたらしい。我も何度か現場を見ることがあった」


 ケイはカウンターにつきながらゆっくりと話した。


「今日は取り分け大胆に取引がされていた。なぜならこの皿の下に薬が隠してあったのだからな」


 一枚の皿を机に置いた。それは立食用の小皿で、白のベースに金色の縁取りと紋章が描かれていた。その模様はかぼちゃとコウモリが絡んでいるデザインでロイの相棒であるキャンディの実家……ミッド家の紋章であった。


「これはキャンディの家の……テーブルウェアですか?」


 ロイの声色はわずかに震えていた。

 カユは残念そうな表情で、しかし柔らかく優しい声色でロイに告げた。


「ああ、俺が調べた限り死んでいった仲間たちは皆ミッド家が主催のパーティーに出席しているんだよ。25人が全員だ」

「俺が見たところ薬のブローカーがキャンディの夜会を利用しているだけだと思っていた。ミッド家の夜会はいろんな輩が入り込みやすいようになってるからなぁ」


 ダレスは声色のトーンをぐっと落とした。


ロイはキャンディに一度だけあまり夜会に人を招きすぎるなと注意していた。キャンディの身を案じてのことだったが彼は頑なにその意見を飲もうとはしなかったのだ。これも商売の為だよ、と朗らかにそして誤魔化す様に笑っていただけだった。

 一連の報告にルーザは確信したように頷きそしてロイに告げる。


「この皿はミッド家側が給仕する皿だ。そこに隠してあるとなると、キャンディが何らかの形で事件に関与しているとしか思えない」

「今日はその薬も手に入ったんだ」


 カユが間髪入れずにジャケットの内側からケースを取り出した。

 中には花の形をした薬というよりはタブレットのようなものが3つほど入っていた。薄ピンク色の薬は初めて見る形でロイは小さなそれをまじまじと見つめた。


「これは……花の形ですよね? 香りも花のようです」

「随分懐かしい形、そして香りだな……」


 ケイは目を細め、語りだす。この形は東国、永京に咲く桜という花で西国では咲くことがない花だということだ。

道理で見たこともない形だ、とロイはその薬に手を伸ばした。刹那、隣からルーザの腕が伸び、ロイの腕を制止した。


「成分がわからない。あまり触ったりしない方がよいだろう……ダレス、調べておけ」


 言いながら手早くケースを閉めると、ダレスに渡した。


「はいよ。だが、一回寝かせてくれないかい? おじさんはずっと栄養が足りていないまま起き続けているのさ。これ以上続けたらこいつを飲んじまおうなんて変な気を起こしそうだ」


 ダレスはケースをくるくると手のひらで(もてあそ)ぶと静かにポケットに納めた。


「いいだろう、ご苦労だったな。もう休め」

「ありがとさん、じゃあおじさんは先に失礼しようかな……ケイ、お前さんも着たくもない服を着させられて疲れたろ? 今夜は休みな」

「だが、しかし……団長はまだ……」


 ケイはダレスの提案に戸惑いの様子を見せた。


「ケイも連日の任務疲れているだろう。休むといい」

「……すまない」


 ルーザの労いの一言にケイは深く頭を下げた。こうして二人は集会所内にある自室にそれぞれ戻っていったのだ。

 ロイはその間ぼんやりと机を眺めていた。

自分の相棒に疑惑がかかっていてそれを他人に言われるまで気が付きもしなかったのだ。その怠惰(たいだ)さに自分の副団長としての誇りが真っ二つに折れた気がした。


「ロイ、すまなかったな」


 ルーザはぽつりとロイに謝罪の言葉を落とした。

ロイは頭を上げルーザを凝視する。


「本当は怪しんでいた段階でお前に言うべきであった。俺は以前からキャンディの行動に疑問を持っていた。だが、問題はないだろうと驕っていたのだ」

「あなたは……いつからキャンディの様子に気が付いていたのですか……?」


 ロイは戸惑いの様子でルーザに尋ねた。

 自分だけが一番近い相棒の管理をできてはいない、その事実を受け止める覚悟はできていなかった。


「……新月の日に行われた幹部会議のすぐ後だ」


 その言葉を聞いた瞬間、Blood ROSEの美しく誇り高いロイ・ルヴィーダンはただの(おご)りの塊となった。

ロイは乾いた声でそうですか、と相槌を打つとまた下を向いた。

 白く美しい髪が流れるようにカウンターを這う。

 ずっと黙って話を聞いていたカユが静かにロイの手を強く握る。


「ロイ、落ち込むなよ。キャンディが犯人って決まったわけじゃないんだ。俺も違うって信じたい。もっと有力な手がかり、絶対探してくるから!」


 その顔には蜂蜜のような瞳がひとつ蝋燭(ろうそく)の光を集めて輝いている。だがそれほど美しい瞳を見てもロイの心は氷のように冷え切ったままだった。


「ありがとう、ございます」


 ロイの口元はぎこちなく、わずかに緩められた。カユはさっそく今日の捜査結果をまとめる、と張り切り書庫の方に消えていった。

 残されたロイはすっかり冷めた紅茶に口を付ける。

 ルーザが静かに口を開いた。


「酷なことを言うが、本日からお前にはキャンディを容疑者だと思ってもらう。仕事が終わり次第、ラルムヴァーグに戻れ。そして、近況を吐かせるだけ吐かせてもらう」

「ここまで証拠が挙がっているんです。私も全力で捜査任務にあたります。……お手数をかけてすいませんでした」


 ルーザは数秒ロイを見つめると椅子から降りた。何も言わずに背を向けるとカユのいる書庫へ戻って行ってしまった。

 しばらくその方向を見つめる。ロイの心は完全なる無だった。

 これからどうしようだとか、何から始めようだとかそのような考えは一切頭の中を巡りはしなかった。

 急速に心の温度が下がっていくのを感じた。鎖骨の下がどうしようもなく冷えて、その冷たさにロイは顔を顰め、左手でそっと胸を押さえるのだった。

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