ぎらぎら
徒歩で移動したために集会所にかなり時間を要してしまった。以前の不敬に加え、召集にも遅れるなんて本当に恥ずべきことだとキャンディは自分を叱咤した。
扉を開けると団長の席にはすでにルーザが座っていた。
キャンディは早足で、ルーザの元に向かう。
「遅れましたことを、お許しください」
キャンディは膝をつき頭を垂れた。
「こちらこそ、急な呼び出しをすまなかった」
ルーザは座り直し、眼鏡をあげる。キャンディも頭を上げると立ち上がった。
「何かあったのでしょうか?」
「いや、たいしたことはない。次の吸血鬼感謝祭のキングをお前がやると聞いてな。どうだ? うまくやっているか?」
ルーザの表情はいつもより柔らかく感じた。
「はい、ですが初めてのことばかりで戸惑っています」
キャンディも表情を和らげた。ルーザが自分を案じてくれているのが嬉しかったからだ。
「そうか、あまり無理をするな。社の仕事もあるのだろう」
「ええ、ですが先代に比べればやることも少ないので……」
「そういえば」
ルーザは話を遮った。顎に手を置きまっすぐにキャンディを見据える。
「最近ハロウィーン社のほうで、人間を招いたパーティーを頻繁に行っているそうではないか?」
その瞳は鋭く、射抜かれるようだった。
ヴァレンタインも近づき、製菓会社の繁盛期が来た。それを期にハロウィーン社の宣伝を兼ねてパーティーを頻繁に開くようになったのだ。
勿論、真の目的はキャンディが人間と交流したいということもあってだ。
「はい、もうすぐでシーズンになりますので」
「それにしては頻繁すぎるだろう」
依然ルーザの瞳は動かされないままだ。
キャンディは息を飲むと目は逸らさないまま続けた。
「それに、パーティーで人間の生態を詳しく知れば共存の道を開けるかと思いまして」
「ほう、人間と共存か……」
「はい、やはり数も人間の方が多い社会になっています。この差はもっと開かれるでしょう。なので、僕は人間とは手を取り共存するのが賢明かと思ったのです」
キャンディは早口で一気に言った。全身には嫌な汗をかいている。これでブレッド・ベーカーのようにルーザに意見をしたことになるのだ。
「俺も出来ることなら共存という道が一番平和だと思っている」
「え?」
キャンディにとってそれは思わぬ返答だった。相棒のロイのように冷たく返されてしまうと思ったからだ。
「だが、それが出来たら100年も前に吸血鬼狩りはなくなっている。私に代替えをしたときには、だ」
「そう……ですか」
キャンディは力なく俯いた。ルーザは尚キャンディから目は逸らさないままだ。
「お前は何故、そこまで人間にこだわる? 特にこの何か月かは異常なほどまでにだ」
「そんなことありません。僕は昔から人間が好きでした」
「そうか……もし、お前が何かを企んでいるとしたら俺のこの瞳ですべてを吐かせることができる」
ルーザの瞳が鈍く光る。目があった瞬間、ルーザの薄い色素の目は閉じられた。
ルーザは団長であるが、純血の吸血鬼ではなく人間出身者だ。人間出身者がBlood ROSEの団長になることは初めてのことで、当時はかなり荒れたとキャンディは聞いている。
そんな彼も月の祝福の従者で、その力は“服従の瞳”だ。
服従の瞳は見た者の相手を服従させてしまうというとても強大で恐ろしい力だ。ルーザの前に生まれた服従の瞳の従者は、自分の力を制限できなく自滅していったと聞く。
彼は自分の力を制御するためにわざと合わない眼鏡をかけ、力を使わないようにしているのだ。
その力を持って彼は幾度となく悩み、そして幾多の困難を乗り切ったのだろう。
ルーザは目を閉じたまま続ける。
「だが、俺はそのようなことはしない。友を何よりも信じているからだ」
「ありがとうございます」
キャンディは震える声で頭を下げる。
「俺が言いたいのは気をつけろと言うことだ」
「はい、肝に銘じます」
「急に呼び出したりしてすまなかったな」
そういうとルーザはキャンディに一礼し、後ろの扉に入っていった。
頂点でありながら団員に敬意を示す様は尊敬に値する。
すべて見透かされているのかもしれない……キャンディの心臓は再び早く脈打った。
少なくともルーザはキャンディが吸血鬼殺害事件に関与しているかを疑ったのだ。この直々の呼び出しも直接キャンディの様子を確認したかったからだろう。
早く誤解を解かなければいけない、キャンディは焦った。協力できるかもしれない人間がいると言ってしまえばよかったのだろうか……頭を抱えその場に座り込んだ。
(僕は、間違っていない)
例え敬愛する団長に疑われたとしてもキャンディはタエの研究所に通うのをやめないだろう。自分の潔白が明かせる自信がある。
そして何よりキャンディは人間と過ごす日々に焦がれているのだから。




