もんもん
タエが帰った後は双子たちを愛馬オペラに乗せてミッド家まで送っていき、再び館に戻ってきたのは空が朱に染まり始めた頃だった。
(まいったな。全然休めなかった)
キャンディはリビングのソファーに横たわる。ただその疲労感は嫌なものではなく、どこか昂揚感のある浮ついた感覚もあった。
日が落ちていくにつれ辺りが闇に染まっていく。体はずしりと重くなりうつらうつらと視界がぼやけ始める。
「……ディ! キャンディ!」
肩をゆすられて目を開けるとそこには青い瞳があった。
鋭いその目が、蝋燭のように揺らめいている。
「……ロ、イ?」
目の前の相棒はキャンディの瞳が開くのを確認すると、ロイは安心したのか口に優しい笑みを作る。
上体を起こそうとするとおかしな体制で眠っていたせいか関節の軋む音がした。
「よかった。あなたが栄養不足で倒れてしまったと思ったのです」
玄関から走って様子を見に来たのか、ロイの綺麗な白髪は乱れてしまっていた。
「ふふ、ははは!」
「なに、笑っているのですか?」
ロイが困ったような顔をする。それもおかしくて笑いが止まらなくなってしまった。
ひとしきり笑った後キャンディは座り直し、ロイに向き合った。
「やっぱりロイは僕の相棒だな、って」
「なんですか、それ」
ロイは呆れたように向かい側のソファーに座った。
室内は真っ暗で、ロイの白い顔、髪が浮いたように見える。
「昨晩はすいませんでした。私としたことが取り乱してしまって」
「いいの、僕も大人気なかった。ロイにも色々あるんだもんね。ごめんね」
「すいません」
ロイは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ロイは仕事、大変なの?」
「ええ、荷物を取りに来ました。何か月かは向こうに籠ります。ルヴィーダン家には私の荷物を置いていないので」
キャンディはいつも不思議に思った。ロイは実家に自分の部屋がなかったり、荷物を置いていなかったりする。この館にもほとんど荷物はないので、ロイはなにも好きな物を持っていないように見えた。
吸血鬼三大貴族、ルヴィーダン家のしかも跡取りであるロイ。そんな彼が何故実家と距離を置きたがるのか、それはキャンディには聞くことができなかった。
なんとなく、それを聞いたらロイを傷つけてしまうと思ったからだ。
ロイは二階の自室に戻りそしてすぐトランクを抱え降りてきた。
数か月家を空けるには少なすぎる荷物だ。彼は物に執着がないのだろう。
「それでは何か月か家を空けますが、よろしくお願いしますね。集会の方には参加します。何かあればコウモリを飛ばしてください」
「わかったよ! いってらっしゃい」
ルヴィーダン家は北国ベルレネディアにあり海を渡る為、一度館のあるラルムヴァーグから集会所に行きそこから扉を使い、行かなければならないのだ。国を渡るのも長旅だが、ベルレネディアには集会所の扉は一つしかなく、そこからルヴィーダン家まで遠い。
キャンディはロイが無事にたどり着くのを祈りながらまたソファーに横たわった。




