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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 04 幸運のmielに魅せられて
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さくさく

 キャンディは集会用のマントを脱ぎ、ハンガーにかけるとソファーに座った。

 改めてみるタエの肌は白雪のようで椿色の唇が良く映えていた。見れば見るほどミステリアスで美しい容姿だ。


「それで、条件はなんでしょうか?」


 キャンディはそう静かに聞いた。その顔はいつものような少々頼りないキャンディではなく、仕事を相手にしている顔だ。


「えっと、条件と言いますのは……?」


 タエは意表を突かれたのか目を見開いた。


「あなたは何か月も執拗に僕のことを調べていたんですよね? ただ吸血鬼であることを白状させて終わりではないでしょう?」

「そう、見通されていましたのね」


 タエは俯いた。


「お兄ちゃん!お茶が入ったよっ」

「お姉さんもお待たせしましたー!」


 給仕用のワゴンを押して双子たちが戻ってきた。

 パンプキンパイとアッサムの紅茶が入ったポットが置かれている。

 ミッド家では紅茶の淹れ方の教育は幼い頃からされていてパンプとプキンも例外ではなく厳しく教育されている。料理こそできないが幼いながら紅茶を入れるのは上手なのだ。

 パンプが紅茶を注ぎ、プキンがミルクを注ぐ。


「ありがとう」


 タエがお礼を言うと双子は嬉しそうに照れた。

 キャンディは大きなパンプキンパイを切り分けると、半分大皿に分け双子たちに渡した。


「はい、どうぞ。お兄ちゃんはタエさんと大切な話があるんだ。二階に行っていい子にしていられるかな?」


 パンプは皿を受け取ると口をへの字に下げた。


「大切な話?」

「僕たちと遊んでくれないの?」


 プキンも不満そうに続ける。


「ごめんね、来年のハロウィーンの話なんだ。それにパンプキンパイも僕を食べてって言っているよ?今回はクルミがたっくさん入ってるからね」


 キャンディの作るパンプキンパイには蜂蜜、そしてたくさんのクルミが入っている。

 弟たちはキャンディの作るクルミいっぱいのパンプキンパイが大好きなのだ。


「わーい! クルミ、クルミ!」

「パンプ、早く行こうー」


 双子たちは上機嫌で階段を上っていく。それを見届けたキャンディは安堵のため息を吐いた。


「すいません、騒がしくて。どうぞ召し上がってください」

「いえ、兄弟仲がよろしくて羨ましい限りですわ。いただきますね」


 タエはデザート用のフォークでパンプキンパイを突く。口に運ぶととても幸せそうな顔をした。

 キャンディも自分の作ったパイを食べる。大好きなかぼちゃの甘さが口いっぱいになった。

 さっきの集会所でもタルトレットを食したばかりなのに、と自分の甘いもの好きには笑わせられる。


「本当に本当においしいですわ」

「それはよかったです」


 タエは頬を押さえ表情を緩める。自分の作った料理でこんなに人に喜んでもらったのはいつ振りだろう。そして共に食事をしてこんなに幸せな気分になったのも初めてかもしれない。

 この気持ちはなんなのだろう。じりじりと何かに焦がれるような想いだった。きっと寒空の中に差す強い日のせいだろう。そう思い、ミルクのたっぷり注がれたキャンディ社オリジナルのキャラメルティーを口に運んだ。



 タエは静かにフォークを置いた。


「お話、させていただきますわね」

「ええ、どうぞ」


 キャンディもソファーに浅く座り直す。


「私は先程言った通り医者なのです。私が気になったのは吸血鬼の皆さんが人間の血を栄養にしていることです。同じヒト型の生物として身体の構造、臓器の動き、栄養の分解吸収法等を詳しく知りたいのです」

「それはこちらの医学書をお持ちするでは解決にはなりませんでしょうか?」


 キャンディは実家の書物庫に医学書が数冊あったのを思い出した。自分が学ぶために使っていたものだが、それで大体の疑問は解決するはずだ。

 だがタエは静かに首を横に振った。


「いいえ、私が最も知りたいことは吸血鬼の血液が人間にどう作用するのかが知りたいのです」

「なんだって?」


 思わず声が荒くなってしまった。吸血鬼の血液を提供するということは吸血鬼にとって死に結びつくことだ。


「もちろん吸血鬼の方々が自分の血を提供することは原則禁止ということは 分かっています。ですが私は知っているんですの」

「なにを、ですか?」


 タエは口の端を上げにっこり笑った。その表情は幼子のように可愛らしく、しかしどこか妖艶な雰囲気だった。


「ミッド伯爵が人間と共存したいとお考えのことですわ」


 二つの漆黒がまっすぐに見据えられた。タエは饒舌に続ける。


「人間が吸血鬼と共存を望まない理由は、人間側に利点が少ないからだと私は考えます。ですが医療的に利点が見つかればきっと人間だって共存を望むはずです」


 それに、吸血鬼だって恐ろしい化け物ではないのですから、と付け足した。

 

 タエが言いたいことは、吸血鬼にとっては栄養として、人間にとっては医療の観点で互いに需要があれば共存の道が近づくはずということだろう。

確かに一理あるとキャンディは感じた。

 今まで人間が吸血鬼を恐れていたのは、自分たちに利点のない外敵のように見えたからかもしれない。

 キャンディは悩みながら一度カップに口をつけた。甘い紅茶はもう冷め切ってしまった。


「……わかりました。僕でよければお受けしましょう」

「本当ですか?」


 タエの目が一瞬にして輝く。


「ただ、僕にも人間界および吸血鬼界においての立場がありますから、それに影響が出ることはできません」

「ええ、十分です。ありがとうございます! それでは詳しいお話を……」


 タエから長い時間をかけて詳しい話を聞いた。

 週に一度、ラルムヴァーグの街中にある研究室に来てもらい治験をすること。人体実験は行わず、細胞組織や血液を採取しての実験を行うこと。そして採血の量は必ずキャンディに従うことが約束された。


 思ったよりも無理なことは言われずキャンディは安心した。タエは人間の中でも特に賢い分類に入るのだろう。なにより、少し人間に近づけたことに喜びも感じていた。


「それでは、私は失礼しますね」

「ええ、お気をつけて」


 キャンディが扉を開ける。


「お姉さん帰るのー?」

「気を付けてねっ」


 双子たちが階段の踊り場から手を振った。

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