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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 04 幸運のmielに魅せられて
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ゆらゆら

 集会所を出るととうに朝日が昇っていた。

 地下にいたせいもあってか余計に日が目に染みた。

 連日の仕事と今日の集会の出来事が重なり、外の空気を吸った瞬間に一気に眠気が襲ってきた。


(いけないな、早く帰って睡眠をとろう)


 それからロイに謝ろう。そう言い聞かせてキャンディは土を蹴った。


 茂る木々に日が遮断され薄暗くなっていく。

 館が見え足を速めると見覚えのあるオレンジ色の影が二つ、目に入った。

 小さな影はキャンディの存在に気付くとぴょこぴょこと交互に跳ねた。


「お兄ちゃんおかえりっ」

「お帰りなさいー。待ってたのー」


 可愛い弟たちは勢いよく走ってきてそのまま飛びついた。キャンディは受け止める体制ができていなく、そのまま後ろに倒れてしまった。


「どうしたんだい? パンプ、プキン。使用人たちはついていないのかい?」

「二人で走ってきたのー」

「びゅーんって走ったんだよっ」


 えへへ、と得意そうに笑った。


 本来ならあってはならないことなのだが、弟たちがうまく抜け出してきたんだろう。使用人を責めることもできない。

 二人を抱きかかえて立ち上がると、土埃を払った。


「今日はどうしたんだい? 約束のパンプキンパイのおねだりかな」

「そうなんだけどね。実は拾ったの」


 パンプは首元のリボンを揺らし飛び跳ねる。


「そう、すっごいものを拾ったんだよ」


 プキンも目をキラキラと輝かせている。

 とても嫌な予感がした。もしかしたら毒蜘蛛か蛇かもしれない。悪戯好きの彼らは何をしでかすかわからないのだ。


「じゃーんっ」


 双子に手を引かれた先にいたのは女性だった。

 馬小屋の前で愛馬を眺めている。吸血鬼の女性は外出を禁止されていることから間違いなく人間の女性だ。

 黒の艶のある切りそろえられた髪、同じく漆黒の瞳は弧を描いている。服装は昔ケイが着ていたのを見たことがあった。東国“永京”の袴という着物だろう。淡い色のそれを綺麗に着こなしている。

 顔立ちの雰囲気からして出身国はケイと同じなのだろう。

 冷静に相手を分析する反面、キャンディは焦っていた。何故、自分の住み家の前に人間、それも東国人がいるのか。森を入ってここにたどり着くにはかなり時間を要するはずだし、第一森に近づく人間をキャンディは見たことがなかった。


「初めまして、ミッド伯爵。私、タエと申します」


 タエは右手を差し出す。キャンディと握手を交わした。

 彼女はキャンディをミッド伯爵と言った。普段、人間ならばメイソンと呼ぶはずだ。驚いたがキャンディはすぐに平静を装った。


「ミッド伯爵? どなたかとお間違いでは? 僕はキャンディ・メイソンですよ」

「あら?キャンディ・ハロウィーン・ミッド伯爵ですわよね? 私には嘘を仰らないで」


 にこりとタエは笑う。その視線はすべてわかっているというサインにもとれた。



 キャンディは笑顔を保ちながら、思考を張り巡らせた。どうしてこの人間は自分の本名を知っているのか。そして吸血鬼であることを知っていたらどう黙らせようか、ということだ。


「私を怪しんでいらっしゃいますのね。それでは私のことをお話しさせていただきますわ。私は東国の永京で医者をしています。大変失礼なことですがここ数か月のうちにあなたのことをお調べしていましたの」

「僕の、ですか」

「ええ、ハロウィーン社の次期副社長のキャンディ・メイソンさんとそっくりの青年の絵が自宅の貯蔵庫から出てきましたのよ」


 キャンディは任務で一度だけ永京に行ったことがある。当時、永京は今ほど国を開いておらず西国人を始め異国人がとても珍しがられた。その時にキャンディを見た絵描きが東国人にはない派手な姿を描いたのだろう。


「あまりにもそっくりすぎて、私とっても驚きましたわ。その後吸血鬼の存在についての書物を偶然見つけましたの」

「それで、僕が吸血鬼と?」

「ええ、数か月のうちに調べて確信に変わりましたわ。あなたと住んでいる白髪の男性、半月も飲まず食わずで眠っていたのに何事もなく目覚めましたでしょう? その後、あなたは人間とは思えない速さで暗闇を走っていきましたもの」


 それでも満月の光は明るかったですけれどね、とタエは付け足した。迂闊だった。完全に前回の満月の集会に行く様子を見られていたのだ。


 キャンディの頭の中には考えがひとつ浮かんだ。ばれてしまったのなら集会所に連れて行かなければならない。そこで記憶を抜かれるのだ。

 しかし、栄養不足の今彼女は食糧にされてしまうかもしれない。この事態の打開策を必死に考えた。


「私、ミッド伯爵が吸血鬼であることを口外しようとかではありませんのよ。医者である分知識を獲たいと思う気持ちが強いだけですの」


 少しだけタエが強張った表情をした。考えを巡らせているのが顔に出てしまったのかもしれない。双子たちも不思議そうに顔を覗き込んでいる。


「立ち話ではなんです。少々埃っぽい家ですが中にお入りください」

「ありがとうございます」


 扉を開けて奥に促した。ロイは数日戻らない筈なので、招いたことは問題ないだろう。


 ソファーに座ったタエは大きな館が珍しいのかキョロキョロとあたりを見渡した。

 キャンディの視線に気づいたのかハッとして少し頬を染めた。


「すいません、不躾に。あまりにも生活感がないものだから」


 確かに人間から見たらただの空き部屋に見えるだろう。大きなホールにはハンガースタンドと大き目なテーブル、そしてソファーが二つしかないのだから。


「僕たちはあまり日用品はいらないのですよ」

「それでもお兄ちゃんのお家は寂しいね」

「もっとおもちゃがあればいいのになー」


 弟たちはつまらなそうに眉を八の字に下げた。


「パンプとプキンはたくさん宝物があるからね。さあ、戸棚にあるパンプキンパイを持ってきてくれるかい? いつもと同じ上から二段目だよ。それとお客様ようの紅茶もね」


 キャンディは小さな頭をふたつ撫でる。


「わかったよー」

「僕たち何でもできるもんねっ」


 そういうと勢いよく立ち上がりキッチンの方に駆けていく。

 その様子を見てタエは微笑ましそうに表情を和ませた。

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