きらきら
【la nuit 04 幸運のmielに魅せられて】
ロイが帰った後の集会所は重い空気が流れていた。
おだやかな彼のあのような荒げた声を聞くのは滅多にない。もしあのまま口論が続いたら大変なことになったかもしれない。想像するだけで身震いし、キャンディは自分の幼稚な言動を恥じた。
ただ、ロイが人間を見下した態度が許せなかったのだ。ただその一心で吸血鬼を悪く言うつもりなどなかった。
ルーザに目をやると瞳を閉じて腕を組んでいる。
「ルーザ様、一連の言動をお許しください」
キャンディは素早く椅子から降り、膝をつき髪が地面に触れるほど頭を下げた。冷静になったことで急に血が巡りだし心臓がうるさく脈打った。
「俺はお前を責めたりなどしない。意見は個々違って当たり前だからな」
そう言うと静かに立ち上がり、書庫に戻って行ってしまった。
頭を下げていたのでどんな表情をしていたのかはわからない。
怒っていたのか、呆れていたのか、それとも吸血鬼を卑下するいい方を悲しんだのか。
答えはルーザの顔を見ても感じ取れなかっただろう。彼の心を推し量ろうとする行為さえもキャンディにとってはルーザ自身を侮辱するに等しいことなのだ。
扉の音がするまで頭は上げられなかった。今日の発言はキャンディにとって一生自分の恥になるだろう。そして本当にルーザに許しを獲ているのかが不安になった。
「ルーザは怒っていないよ」
顔を上げると、ルーザの相棒であるカユが微笑んでいた。
金色の髪と瞳がいつもよりもまぶしく感じられた。
「だ、だけど僕は仲間を犯罪者呼ばわりしたんだ」
カユは膝をついたままのキャンディを立ち上げる。椅子に座わらせると、自らも向かい合うように座った。
「ルーザはな、幹部だけで捜査をしようって言うときすっごく自分を責めたんだ。友を欺くなんて団長として失格だってな。ルーザは誰かに嘘を吐いたり欺いたりすることが何よりもしたくないことなんだ」
「だけど、今回は団員を守る為で仕方のないことなんでしょう?」
カユはゆっくり首を横に振る。
「そうだな。けど、結果としては自分が一番恥ずべきことをしてるんだ。俺たちにはそれぞれ大切にしているモノがある。それは同じことだったり、全然違ったことだったりするんだけどさ」
「つまり、ロイとお前さんがぶつかったのは仕方ないってことだ。大切にしているモノが相反しているからな」
カユを遮りダレスはそういうとジャックにもう一杯飲み物を頼んだ。
本当にダレスは飄々としていてどんな時もマイペースだ。
「どういうこと?」
「つまり、一羽の鶏があるとする。俺はポワレが好きだが、ケイはソテーが好きだ。だけど鍋がひとつしかない。そしたら俺とケイはケンカするだろう?」
わかるかな?とダレスが陽気に聞く。髪色と同じ紫の瞳は蘭々と踊っている。
「全然わからないよ……」
「我を引き合いに出すな!」
ケイがぴしゃりと言った。
ダレスはそーかいと笑うと、ワインが注がれたグラスを一気にあおった。
「じゃあ、カユが一番大切にしているモノって何?」
キャンディは聞いた。
「俺の大切なものは仲間だ。仲間が悲しむのも見たくないし、誰ひとり失いたくはない。だから今は毎日が怖いんだ。夜が明けると俺の大切なものが失われていく……」
声は悲壮に溢れていた。カユの大切なものはけして自分一人の力では繋ぎ止められない。努力していても失われるものなのだ。
「キャンディ、俺の目を見て」
おずおずと顔を上げると、髪に隠れていない方の右目がきらきら輝いている。黄金に輝き、いくつもの彩光を集める美しい眼球。見つめていると心が融解されていくような不思議な安心感がある。
それは気のせいではなく、彼が持つ不思議な力なのだ。
吸血鬼には人間出身者がいる。
人間が吸血鬼になる理由は不思議な力にあった。人間の中には特殊な能力を持つ者が時々生まれる。その能力は人それぞれだが、中にはその力を使ってよからぬことを企む者がいる。それは本人の意思に関係なく、周りの人間によって利用されることがあるのだ。
吸血鬼界では不思議な力を“月の祝福”持ち主を“従者”と呼んでいた。
Blood ROSEはその従者を見つけ出し、保護する活動をしている。吸血鬼になることのできる人間は月石従者のみだ。
カユはその中にも珍しく、二つ月の祝福を保持している。
“黄金の瞳”と“治癒の涙”だ。
黄金の瞳は見る者の心を操り落ち着かせる力がある。どんなに不幸や狂気の中でも彼の目を見ると落ち着く、精神を安定させる力だ。
もう一つは外的傷を癒す涙だ。カユの涙はどんなひどい傷もすぐに癒すことができる。外側からも内側からも癒せる幸運の月に従える者なのだ。
しばらく目を見つめるとふわりと心が浮いている気分になる。悲しみや怒りがすべて溶かされていくように感じた。
「落ち着いたか?」
「ごめん、ありがとう」
キャンディは立ち上がり愛用の鞄を肩から掛けた。
「また集会の日に会おうな!」
カユはにっこり笑う。
「坊、無茶はいけないぜ。たまにはロイにも反旗を翻してもいいんだ」
ダレスはわざと意地悪く口の端を上げた。
「やだな。もうそんなことはしないよ」
「我々もしばらくは集会所に留まる。何かあったら文を飛ばすと良い」
ダレスたちは旅をしていることが多いので決まった住み家を決めることなく、長く留まるときには集会所内の一室を家代わりにしている。
自分が吸血鬼を悪く言ったにもかかわらず周りからは優しくしてもらえる。
皆、確立した人格がありキャンディはそれが羨ましかった。
吸血鬼は半不老不死だが、見た目が老いるときがある。それは精神的な年齢が見た目に出るからである。
カユが吸血鬼として初めて対面した時は自分より子供らしい感じだったが今では同じくらい、もしくは少し大人びて見える。自分も成長しなくてはとキャンディは焦った。
「ありがとう、ケイ。それじゃあ僕行くね。お先に」
手を振って振り返る。
カウンターの奥ではジャックのお気をつけて、という声が聞こえた。
miel=はちみつ




