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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 03 新月にはtarteletteを並べて
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劣等

 一同は出された飲み物に舌鼓を打つ。

 ジャックは再び奥に戻ると、大皿を持ってきた。


「試作品ですが、よかったら召し上がってください」


 大皿にはきらきらと宝石のようなフルーツが乗った菓子が出てきた。

「うわあ、おいしそう! タルトレット?」


 甘いものが好きなキャンディが身を乗り出す。

 タルトレットは一人用の小型のタルトだ。

 ジャックが作ったタルトレットの見た目は可愛らしく、すべて違うフルーツが乗っている。

 桃のタルトレットは薔薇のようにデコレートしてあり、ショコラのタルトレットにはベリーが乗っている。彩華々しいそれらをロイは目で楽しんだ。


 ジャックは器用で何でもこなしてしまい、この人が出来ないことなど思い浮かばないくらいだ。彼は吸血鬼ではあるが相棒はなく、今は集会所に身を置いている。集会所の管理はすべて彼がしているのだ。


「もっと料理も精進していこうと思いまして。甘いものもワインにはあうのではないかと思ったのです」

「またどうして料理なんか、珍しいんじゃないの?」


 ダレスが言う。

 確かに今まではナッツなどを出すことが多かったがフルーツを使ったものを出すのは初めて目にする。


「最近、栄養不足と騒ぐ吸血鬼たちを目にしましたから。非常に心痛でしてね。私にはこれくらいしかできることはできませんので」


 人間の食べ物は栄養にならないわけではない。しかし、血……ましてや薔薇よりも栄養が劣るので大量に摂取しなくてはならないのだ。食事を摂るが、その感覚は趣味、娯楽の意味合いが強いのだ。


「実においしそうだ。我はいただこう。そうだな……これが良いな」


 ケイがチェリーのタルトレットを掴んだ。続いてダレスは葡萄がジュレと共に飾られえたものを取る。


「お、美味いねぇ。ほんとにジャックは何でもソツなくこなすねぇ」

「恐れ入ります」


 ジャックは嬉しそうに微笑んだ。


「それでは私たちもいただきましょうか」


 ロイは子供のような目をしているキャンディに声をかける。


「うん!どれにしようかなぁ」


 それぞれタルトレットを頬張る。甘い香りに包まれて、和やかな時間が流れる。



 ダレスとケイはこの1か月程、ここからずっと東南にある小さな国に行っていたようだ。様々な文化に触れとても学ぶことが多かったと話し始めた。

 ケイはダレスに振り回されどれだけ苦労したことかと愚痴を言い、ダレスはそれを真っ向から否定する。それを見てロイとキャンディは笑うのだ。

 ダレスとケイが旅から帰ってくるといつも自分たちの空気が変わるような気がした。

 二人が戻ると新しい風をいつも運んできて、淀んだ空気を一気に攫って行く。

 特にダレスは集会所でどんなに無理難題にぶつかっていたとしても急に現れ、止まっていた時を急速に進めてしまう。そんな存在がロイには羨ましかった。


 自分には出来ないことをさらりとやってのける彼に羨望の気持ちと、劣等の気持ちが複雑に沸いてくる。

 そんな気持ちを押し殺し、ロイは今宵も口元に笑みを作るのだ。



 集会所内書庫の隣、古い木製のドアが開く。ルーザと、たくさんの資料を抱えたカユが入ってきた。

 ルーザは颯爽と空いている席に座る。カユはみんなに資料の配布をした。


「久しいな。ダレス、ケイ」


 ケイはルーザに向かい深く頭を下げる。


「久しぶりだなあ。お前さんは相変わらずってとこかね」

「ああ」


 ルーザはダレスに短くぶっきらぼうに返す。彼はいつも冷静沈着だ。それは誰に対してもであり、久しぶりに会った友人にも変わらない。故に表情も分かりにくい。

 カユが資料を配り終え着席するのを確認し、ロイは口を開いた。


「早速ですが、捜査を幹部に絞った訳をしっかり教えてくれますか?犯人が身内の可能性があるというところをですよ」


 キャンディは初耳だったせいか驚倒の表情をした。


「ああ、そうだな。実は俺も犯人は身内だとはまだ断定はしていない。もし吸血鬼が犯人だとしたら吸血をするはずだからだ。資料を見てもらうと分かるが団員たちは全員栄養を摂ったというような記載はない」


 何十枚もある資料は半年ごとに行われる血液検査のデータだった。半世紀前の人間の血を摂ることを制限してからは健康管理のために検査を行っているのだ。


 ケイが口を挟む。


「では、快楽を求めての犯行ということか?」


「だとしたらナンセンスだな。長い吸血鬼人生の中でリスクが高すぎる。もし俺が吸血鬼で快楽殺害を楽しむのなら10年に一人ずつヤッていくね」


 ダレスがわざとらしく親指で首を切るジェスチャーをする。ルーザは咳払いをすると資料を見ながら続けた。


「その下の資料は事件の共通点だ。殺害現場はどこも荒らされている。だが、何一つ物を盗まれたりはしていない。そして全員が薔薇の睡眠薬を使用している」


 薔薇の睡眠薬は吸血鬼の中では日常的に使われている睡眠薬で紫の薔薇の香りがする甘い薬だ。

 主に眠れない子供に使ったり、夜に眠らなくてはいけない時に使うのだ。夜に眠らなくてはいけない理由は多々あるが、だいたい使用目的は決まっている。


「それってまさか……」


 ロイが何か思い当り、呟いた。


「ああ、そうだ。人間相手に仕事をしている者ばかりが被害にあっている」


 ロイは奥歯を噛みしめた。犯人は人間であることを今はっきりと確信したからだ。

 頻度の高い被害、吸血鬼には利点のない犯行。表情は一気に憎悪に満ちた。瞳には怒りがこもっている。

 ダレスがロイの肩に手を置いた。それは落ち着け、というダレスなりのサインだ。


 置いた手はそのままに、ダレスは続ける。


「それじゃあ、なぜ俺たちだけでケリをつけようなんて思った? 身内が犯人だと断定できる証拠もねぇし、捜査がおくれるだろうよ」

「遅れることは承知の上だ。今現在、飢えが原因で我々Blood ROSE上層部に反感が出ている。その上なかなかに殺害事件が解決しないとなれば、いずれ暴動が起こるだろうな」


 ルーザは顎に手を置いた。苦しげに顔をしかめる。


「俺もこのようなことはしたくはないが、友たちの平和の為だ」

「つまり今後の犠牲者を公にせず、解決に向かっていることをアピールするということか」


 ケイはまっすぐに言い当てる。彼はなかなかに鋭い洞察力の持ち主だ。そして頭の回転も速い。


 確かに、反感の種は一つでも少ない方がいい。しかしそのようなことしても近いうちに解決していないことは気づかれてしまうだろう。

 ケイの言葉はルーザの皺を深くさせた。


「友を騙すなど本来あってはならないことだ。しかし、現段階の最良はこの策しかないだろう。皆、捜査に全力を尽くしてくれ」


 一同が無言で頷く。この策の成功への道はただ一つ、犯人を早く捕えることだ。

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