びゅうびゅう
キャンディはカップをすべて洗い終えると紫色のマントを着た。
ベルベットのやわらかなマントは日光に照らされキラキラと光った。
仕事用のトランクを携えると、音を立てずに館の裏にある小屋へ向かった。
小屋の中には栗毛の美しい牝馬が一頭、干し草を食んでいた。牝馬は頭をあげ、キャンディを待っていたかのように身をよせる。
「おはようオペラ。今日も僕を乗せてくれるかい?」
二、三度頭を撫でるとオペラは嬉しそうに目を細めた。
手綱を引き、外に連れ出す。もう日は高くなっていた。
キャンディはひらりと鞍にまたがる。約束の時間はもう迫っている。
「それじゃあ、オペラ。お願いね」
優しく告げると、静かに、そして素早く走り出した。
オペラは長い間キャンディの愛馬だ。幼少の頃より父から貰った普通の馬だったが、時の経過と共に親友のように懐いている。馬の寿命はとうに超え、化け馬とも呼ばれている。周りは気味悪がったが、幼い頃からの相棒とずっと一緒にいることができて幸せだ。
かけがえのない相棒はいつも自分の成長を見ていてくれる。きっとこの先もそうなのだろう。
夜中であれば自分の脚で走って向かうのだが、昼間はいつもオペラに乗って移動をしている。吸血鬼の走る速度は人間が見たらあまりに不自然だからだ。
森を抜けて、人通りの多い街を抜け30分程走ると大きな鉄製の門が見える。ここがキャンディの職場兼実家である。
門の左右にはガーゴイルの像が二体こちらを見ており、日に照らされたルビーの瞳が光ると鉄の柵がゆっくりと開いていった。
広い手入れされた庭を抜け大きな馬小屋に着くと、その中にオペラを預ける。くるりと振り向くと急ぎ足で正門に向かった。
庭を歩く途中、今日のことを考えた。
今日は父からの呼び出しで実家まで出向いたのだ。いつものことだと手紙や書置きなどで仕事内容を伝えあっているのだが、突然の呼び出しでキャンディは多少なりとも緊張していた。
もしかして重大なミスをしたのかもしれない。前回の音楽パーティーが不評だったのかもしれない。考えは巡り浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。
正門には1人使用人が待ち、キャンディを丁寧に迎えいれた。
扉の先は広いロビーになっていて、床の大理石は曇りひとつなく磨かれてあった。
数人の使用人が忙しなく部屋内を行ったり来たりしている。
もうすぐ、人間を招いたハロウィーン社主催の夜会があるからだろう。
壁には何枚もの肖像画が飾られている。ミッド家の代々当主の肖像だ。
キャンディの帰省に気付いた使用人たちは足を止め、皆深く頭を下げた。
手を挙げご苦労様、と返すと使用人たちは嬉しそうに頬を染め、また仕事に戻っていった。
ロビーを抜けて廊下に出ると小さい頭が2つ、扉から覗いている。
キャンディと同じ色のオレンジの髪、両サイドにはジャックオランタンのような黒のメッシュが入れてある。綺麗に切りそろえられた前髪を揺らして、二つの影は走り寄ってきた。
「お兄ちゃんおかえり!」
「おかえりなさいー」
全く同じ顔の二人がニコニコと抱きついてきた。
彼らがキャンディの弟のパンプ・ハロウィーン・ミッド、プキン・ハロウィーン・ミッドだ。双子で容姿も似ている為判断はつきにくいが、口元のほくろの位置で彼らを見分けることができる。左にほくろがある方がパンプで右がプキンだ。
パンプがキャンディの腕に飛びつき、プキンが足をぎゅっと抱いた。
キャンディは二人を抱きすくめると、そのまま持ち上げくるりと一周回る。双子は楽しそうにケラケラと笑った。
彼らはかなりの悪戯好きで、いつも使用人たちを困らせている。今日もなにかしてきたのだろう。顔の所々は塗料で汚れていた。
「おはよう小悪魔ちゃんたち。いい子にしていたかな?」
自分と同じ色の目がぱちりと大きく瞬いた。顔を見合わせると得意げな顔を見せる。
「もちろんだよ! いーっぱいお絵かきしたんだよ。ね、プキン?」
「ねーっ」
扉の向こうに目をやると、壁一面に彼らが描いたのだろう絵がびっしり埋め尽くされていた。この部屋はゲストルームで大切なお客様に宛がう部屋だ。キャンディは早速壁紙の交換を頼まなくてはと頭の片隅で考えた。
「そうか。いい子だったんだね。よしよし」
頭をくしゃくしゃと撫でると、二人とも気持ちよさそうに目を細めた。
パンプはキャンディのマントの裾を引く。
「ねえ、お兄ちゃんもお絵かきする?」
「あのね、かぼちゃの絵をいーっぱい描いたんだよ~」
間延びしたプキンの声が続いた。
「お兄ちゃんはね、お父様とお話があるんだ。また今度一緒に遊ぼうね」
優しく言うと双子は頬を膨らまし、不満そうな顔をする。次第に大きな瞳は潤み、今にも泣きだしそうになった。
「あー……そうだな。もしパンプとプキンがいい子で待っていられたなら、お兄ちゃんがパンプキンパイを焼いてあげよう」
「本当?」
間髪入れず明るい声が返ってきた。キラキラした目が4つ、期待で揺れている。
「本当さ。だからここを通してくれないか?僕がお父様に怒られたらパンプキンパイを作れなくなってしまうよ」
キャンディは眉を下げ、わざとらしく困り顔を作った。
「わかったよっ」
「いってらっしゃいー」
二人はギュッとキャンディを抱きしめると、双子たちはまたゲストルームに入っていった。この様子だと“いい子にお絵かき”を続けるのだろう。
ドアの閉まるのを確認すると足早に二階へ向かった。




