87・意外な訪問者
あれから、さらに数日が経過したが、レオンの記憶が戻る気配はない。
とはいえ、一見は普段通りの生活を過ごしている。レオンは毎日忙しそうに働いていたが、私もなに不自由なく暮らせている。
だけど、やっぱり彼には早く治ってもらいたい。
そう焦りも募ってきたが──そんな中、私はレオンから興味深いことを聞いた。
『俺の記憶喪失の原因は、竜神祭にあるのかもしれない』
竜神祭。
私とレオンが訪れ、夜会が終わった翌朝に彼の記憶がなくなっていた。
だから、竜神祭になにか秘密が隠されていると考えるのは、自然な話である。
さらに続けて、レオンはこう語った。
『かつて、リファリオンとは俺と同じように、恋人や妻に関する記憶がなくなってしまう例があったらしい。もっとも、本当かどうかも分からない話だがな。しかし今の俺と同じ症状ではあるし、無視出来るものではない』
どうやら、竜神──セリオンは元々、邪竜として街の人々から恐れられていたらしい。
そして邪竜の怒りを鎮めるため、祭りが行われた。それが竜神祭の成り立ち。
衝撃の真実を聞かされ、驚いたのも事実なんだけど……ようやくレオンの記憶喪失を治すヒントがとうとう現れたのだ。
だが、話はそう簡単じゃない。
いくら書物を漁っても、記憶喪失を治す具体的な手段が見つからなかったのだ。
竜神の話の大半は、悲劇的な末路を辿るという。
今も、レオンたちは竜神祭について詳しく知る人物を探しているらしいが──結果は芳しくないらしい。
もう少しで問題を解決出来そうなのに、手の隙間から零れ落ちていく。
もどかしい気持ちを抱えながらも、今日もなんの変哲のない朝を迎えたのだが……。
「……? 屋敷の中が騒がしい」
起床して、すぐに部屋の外の異変に気付く。
なにかあったんだろうか……。
まだ朧げな頭を押さえながら、上半身を起こして外に出ようとすると、
「フィーネ様!」
と慌ただしい様子で、エマさんが部屋に入ってきた。
「どうされたのですか? なにやら、騒がしい様子ですが……」
「じ、実は──とんでもないお方が約束もなく、この屋敷に来ているのです!」
「とんでもないお方?」
首をひねる。
それにしても、急な訪問とは珍しい。レオンが目的なんだろうけど──彼は忙しい。ちょっとした訪問でも約束を取り付けるのが普通だった。
とはいえ、それだけでは今のエマさんの慌てっぷりは説明はつかない。
「どなたでしょうか?」
「じ、実は──」
エマさんから告げられた名前に、私は一気に目が覚めるのであった。
「いきなり押しかけてごめんね。すぐにでも君たちに会いたかったんだ」
応接間。
テーブル一枚を挟んで、その男性が謝った。
「驚きましたよ。まさかあなたが来られるとは。事前に知らせていただければ、もっと丁重にもてなしていたものを──マルスラン殿下」
レオンが恭しい態度で、そう言う。
そう──急な訪問者とは、マルスラン殿下のことだった。
この国の第六王子。
竜神祭の夜会で、彼と握手を交わしたのがつい昨日のことのようだ。
その時からマルスラン殿下は変わらず、まるで無邪気な子どものような表情をして、こう口を動かす。
「もてなしなんて不必要だよ。もっと君たちには肩の力を抜いてほしい。軽んじられている第六王子とこの国の防衛戦を担う公爵とでは、格が違うよ」
マルスラン殿下は私たちの緊張を解すようにそう言ってくれるが、だからといって緊張が和らぐわけではない。
ただでさえ、光魔法の一件もあるのだ。
だから余計なことを口走らないよう、私はレオンの隣で両膝に手を置き、黙って話に耳を傾けていた。
「失礼します」
息が詰まる思いをしていると、アレクさんが三人分の紅茶をトレーの上に載せて、応接間に入ってくる。
「すみません。なにせ急なことだったため、このようなものしか用意出来ませんでした。殿下のお口に合えば、いいのですが……」
「こんなに気を遣ってもらって、悪いね。いただくよ」
そう言って、マルスラン殿下は紅茶を一啜りする。
すると。
「……うん! 美味しい! このようなもの……って、卑下する必要なんて全然ないよ! 本当にありがとう」
目を輝かせて、賞賛を送るのだった。
……この人は相変わらずだな。
不敬かもしれないが、目の前の殿下を見て、素直にそう思ってしまった。
裏表がない性格。
こうして急に屋敷を訪れたのも、マルスラン殿下にとっては一切の悪意がなかったのだろう。
「…………」
アレクさんはマルスラン殿下の真意を測るように一瞥してから、部屋から出て行ってしまった。
「それで……どのようなご用でしょうか?」
レオンが緊張感のこもった声で、マルスラン殿下に問いかける。
「護衛もなしに、わざわざここまでご足労いただいたのです。まさか挨拶だけというわけではないでしょう?」
「そう急かさないでよ。せっかちな男は女性から嫌われるよ?」
「肝に銘じます」
「だけど……まあ、君の気持ちも分かる。話の本題に入ろうか」
マルスラン殿下は中の紅茶を飲み干したティーカップをテーブルに置き、こう口を動かした。
「君たちにいい話を持ってきたんだ。君の──記憶喪失に関することだ」




