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85・フェリシテ・シビリル

「まさか、こんなところで君と会うとはな」


 歩きながら、レオンがそう口にする。


「ええ、そうですね。お久しぶりです。レオン様は息災でしたか?」

「おかげさまでな。もっとも、元気だと答えるのも少し違う気がするが……」


 レオンが言葉を濁すと、フェリシテさんはなんのことか分からないのか、「?」と首を傾げた。

 しかし、すぐに深入りしない方がいいと判断したのだろう。次の話題へと移る。


「レオン様にご足労をおかけして、申し訳ございませんわ。私の不手際だといいますのに」

「気にするな。君は相変わらず、迷子になりがちだな。昔と変わらない」

「お恥ずかしいばかりです」


 肩を落とすフェリシテさん。


 なんでも、フェリシテさんは人とはぐれたらしい。

 彼女が探している人の名前はコーディさん。迷子になって、コーディさんを探しているうちに……たまたま、私たちと遭遇したというわけだ。


 彼女を見過ごせない。

 そう思った私はデートを一旦中止し、フェリシテさんとコーディさんを探すことになった。


「…………」


 親しそうに話しているレオンとフェリシテさんの一方──私は、半歩離れて二人に付いていっている。



 ──二人の関係は、どこまで進んでいるのだろうか。

 


 私が屋敷の書庫で見つけた手紙──その差出人の名前が、フェリシテさんだった。


 フェリシテさんは、レオンの婚約者候補の一人だったという。

 私が出会う前、レオンはどのような恋愛を経験してきたのだろうか?

 聞きたいけど、二人の間に割って入ることが出来ず──もやもやした気持ちを抱えたままだった。


「……? どうしたんだ?」


 そうしていると、レオンが私のおかしな様子に気付き、そう声をかけてくれる。


「い、いえいえ、なんでもありません。ですが……とても、仲が良さそうだと思いまして」

「ああ……彼女とは()()()()()からな。久しぶりに会ったし、募る話もあったんだ」


 色々あったって、なに──!?


 レオンの答えは私をさらにやきもきさせるような内容で、頭の中がこんがらがってしまいそうである。


 だからだろう。


「あ──」


 足元に注意がいかず、転倒してしまいそうになったのは──。


「おっと」


 しかし、すかさずレオンが私の体を支えてくれて、ことなきを得た。


「危ないじゃないか。ちゃんと下を見ないと」

「す、すみません、すみません! 注意散漫でした!」


 すぐに謝って、レオンから離れる。


 私……また、レオンに迷惑をかけてしまった。

 歩き方も美しく、迷子になりがちなところを除いて欠点がなさそうなフェリシテさんと比べて、私は至らないところが多い。

 そう考えると、さらに気分が落ち込んでしまった。


「どうして君が、謝る必要があるんだ?」


 そんな私を不思議そうにレオンが首をひねった。


「…………」


 一方のフェリシテさんは私をじーっと見つめたかと思うと、


「……フィーネ様、といいましたね」


 と唐突に口を開いた。


「あなたのことは聞いています。レオン・ランセル公爵様に選ばれた女性だ……と」

「は、はい」

「レオン様は今まで、婚約者候補はいながらも──誰とも結婚しようとしませんでした。私もその中の一人。だから……」


 フェリシテさんが近付き、私の両手を温かく包み込む。


「レオン様に選ばれたあなたは、もっと胸を張るべきだと思いますわ。私は所詮、レオン様に選ばれなかった人。彼にふさわしいのは、この世界であなた一人だけなのです」

「あ……ありがとうございます」


 どぎまぎしてしまう。


 もっと胸を張るべき……とは言われたが、やっぱりいまいちまだ自信がない。

 私にとって、彼は優しい公爵騎士様。昔のレオンがどうだったのか──私は知らない。


 だけどフェリシテさんの言葉は、心から私を案じてくれているのが分かって、不安が徐々に薄れていくのを感じた。


「私こそ、お二人の大切な時間を取って、申し訳ございませんでした。ここからは、私だけでコーディを探しますので、お気遣いなく。ありがとうござい──」



「フェリシテ!」



 私から手を離し、フェリシテさんが頭を下げようとすると、彼女の名を呼ぶ一人の男性が現れた。


「あら、コーディ」


 彼を見て、フェリシテさんの頬が綻ぶ。


「こんなところにいたのか。全く……あれほど、街中にいる時は僕から離れないようにって言ったのに……」

「申し訳ございません。ですが、とてもキレイな蝶々を見つけたのです。追いかけたくなるのも、無理はないでしょう?」

「君らしいな」


 全く悪びれないフェリシテさんに、その男性──コーディさんが苦笑する。


「後ろの人は──レ、レオン様!?」


 そこでようやく私たちに気付いたのか、コーディさんが見る見るうちに慌て出す。


「コーディも久しぶりだな」

「お、お久しぶりです。もしや……フェリシテと一緒に、僕を探してくれたのですか?」


 コーディさんの質問に、レオンは黙って頷く。


「す、すみませんでした! レオン様にそのようなことをさせて……しかもお隣の女性は、もしやフィーネ様ですか? レオン様とご結婚なさったという」

「ああ」

「ということは、お二人の時間を邪魔してしまったということですね……何度お詫びを申し上げても、足りません。この埋め合わせは、またすぐに……」

「だ、大丈夫です! 私も少しだけですが、フェリシテさんとお話し出来て楽しかったですから!」


 頭を下げるコーディさんに、私はそう声をかけてあげた。


「コーディ、フェリシテとは変わらないか?」


 とレオンはコーディさんに険しい視線を向ける。


「大切な妻なんだろう? 大切な人なら、目を離さないでやってくれ。そうでないと、彼女を君に紹介した俺の顔も立たん」


 妻? 君に紹介した?

 どういうこと?


「もちろん、フェリシテは大切な妻です。だからこそ、彼女がいなくなって慌てましたが……レオン様のおかげで助かりました」

「コーディったら、すぐに迷子になるんだから」

「迷子になったのは君の方だろう!?」


 コーディさんがツッコミを入れる。

 だけど、フェリシテさんは悪戯っぽく可愛く舌を出して、コーディさんの腕を強く抱いた。

 その様子はとても幸せそうで、お似合いの二人だと感じる。


「では……これ以上、お二人の時間を割くわけにはいきません。私はこれにて失礼いたします」

「フィーネ様」


 そそくさと踵を返そうとするコーディさんであったが、その前にフェリシテさんが私の耳元で囁くように言う。


「……これを見てもらえれば、分かると思いますが──大丈夫ですよ。私が愛しているのは、コーディただ一人だけなんですから。レオン様の隣にふさわしいのは、あなたしかいません」


 私は不安を一つも零していないというのに……なにを考えているのかお見通しだったのだろうか。

 考えていることを言い当てられていたみたいで、一瞬ギクッとしてしまった。


 そしてフェリシテさんは私と真っ直ぐ向き合って、


「それでも──また不安になることがあったら、いつでも私に声をかけてください。あ、ただ楽しく話したいだけでも十分ですよ? 次に会う時のあなたは、もっと胸を張って歩ける女性になっていることを願っていますわ」


 最後にそう言い残して、フェリシテさんとコーディさんは今度こそ、私たちの前から去っていった。

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