83・記憶を“喰う”邪悪な竜
俺──レオンは、アレクを執務室に呼び出していた。
「竜神祭には、やはり裏があるようだ」
机の上に積み重ねられた本を横目で見つつ、そう口にする。
「そうでしたか。レオン様のお考え通りでしたね」
神妙な面持ちで頷くアレク。
──数週間前、俺は竜神祭の夜会に参加し、翌日起床した時にはフィーネの記憶を失ってしまっていた。
もっとも、竜神祭の夜会でなにが起こったのかは、覚えていないがな。
フィーネからの話を聞くに、特に不審な点はなく、滞りなく祭りは進められていたよう。
しかしだからといって、竜神祭の存在を無視するわけにはいかない。
何故なら記憶を失う前の俺は、特に心理的負担も感じていなかったという。それなのに、急に記憶を失うのは不可解だからだ。
ならば、竜神祭になにか秘密があるんじゃないか──と考えるのは、ごく自然なことである。
医学的な観点は、サイラスに任せておけばいい。
ゆえに俺とアレクは、リファリオンと竜神祭の伝承、そして過去について重点的に調べることになった。
そして俺は、竜神祭の過去について知ることになる。
「過去にあの街では、俺と同じように記憶を失った人間が何人かいたそうだ。しかも……記憶喪失になった人間は、全て恋人や妻と一緒に竜神祭に参加していたという。大切な人の記憶だけがなくなっている点も、俺と酷似している」
もっとも、この国がまだ国として定められておらず、いくつかの地方が合わさったもの──とされていた時代だ。
文献もほとんど残っておらず、竜神祭の成り立ちと同様、お伽話のようで信じられていない。
少なくとも、ここ百年ではそのような実例はなく、いつしか人々はそのような過去があったことを忘れてしまったらしい。
「ということは、レオン様が前々から申し上げていました通り、竜神祭の伝承について調べれば、記憶を修復するヒントがあるかもしれない──ということですね」
「だな。しかし、肝心の記憶の治し方については、いくら文献を漁っても見つからない」
ほとんどがお伽話のように語られているため、記憶をなくした者のその後については、詳しく書かれていなかった。
そして書かれていたとしても、その内容はほとんどが後ろ向きなもの。
中には記憶が戻らず、大切な人と離れ離れになる──という笑えない話もある。
「厄介だな……医学的な観点なら、時間をかければ治る可能性があった。しかしそんな曖昧模糊とした不思議な力がかかわっているとなったら、果たしてなにから手を付ければいいやら」
「無論、竜神祭の伝承が真実と決めつけるのは早計ですがね。仮に本当だったとしても、レオン様の記憶喪失とは無関係で、たまたま重なっていただけかもしれません」
「だな」
アレクの話に頷く。
俺は生来、このような伝承を信じないたちだった。
人々が不思議な現象を理解するため、無理やり創作した作り話なのだと。
実際、過去の人たちが解明出来なかったことは、現代では説明がつくことも多い。
だが、フィーネと出会ってから以降の俺の記憶は、間違いなく消えている。それは疑いようのない事実だ。
記憶喪失というだけでも厄介なのに、その上竜神祭の伝承が重なってくるとは──正直、考えることが多すぎて頭が割れそうだ。
「そして、竜神祭の伝承はそれだけではない。リファリオンが奉っている竜神には、このような記述もあった」
俺は手元にあった本をペラペラと捲りながら、こう告げた。
「竜神の正体──それは即ち、邪竜なのだと」
過去、あの街では謎の記憶喪失が度々起こっていた。
人々はその原因を、竜の怒りに触れたからだと考えた。
人間の記憶を“喰う”、邪悪な竜。
「元々、竜神祭もその邪竜の怒りを鎮めるために、開かれた祭りという説もある。もっとも、時が経つに連れて形を変え、いつしか『竜神』として崇められるようになったらしいが」
とはいえ、人々の手には負えない所業を引き起こすといった部分では、竜神も邪竜も大枠の意味は同じかもしれないが。
「そして邪竜の記述には、続きがある」
俺はそれが書かれたページを開いて、アレクに見せる。
『邪竜はやがてこの地に顕現し、この地に大いなる災いをもたらすだろう』
「竜がこの地に顕現……? 俄には信じられない話です」
「俺も同意だ。竜など、御伽話の産物だと思っていきたからな。だが、戯言と切り捨てるには、目の前の現実があまりにも揃いすぎている」
竜神祭──そして俺の記憶喪失──これを偶然だと決めつけるわけにもいかない。
「とはいえ、書物だけで調べるのはここが限界だ。あとは、竜神祭のことを深く知る人間から話を聞ければいいんだが」
「ですが、そのような方は見つからないのですよね……?」
「ああ。執政官にも聞いてみたが、彼も竜神祭については、一般的に知られている情報しか知らなかった。他をあたる必要がある」
しかし……そのような人間は、果たしているのだろうか。
なにせ、あの街では長年、竜を尊いものとして崇め、盛大な祭りまで開いていたのだ。
もし誰一人、竜神祭の真実を持ち得ていなかったのなら──どうすればいいのだろうか。
俺は永遠にこのままじゃないかと心に暗雲がかかる。
「だが、諦めるわけにはいかない。俺としても、妻の記憶が抜け落ちているのは、なんとも言えない気持ち悪さがある。引き続き、竜神祭のことを詳しく知る人物を探して──」
──トントン。
そう言葉を続けようとすると、扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「フィーネです」
扉の向こうから、フィーネの声。
俺はアレクと話を打ち切り、フィーネに「入ってくれ」と促すと、彼女は畏まった様子で執務室に入ってきた。
「どうした? もしやなにか、困り事があるのか? ならば、遠慮せずに言ってくれ」
「いいえ」
はっきりと答えるフィーネ。
その瞳は決意で満ちていた。
彼女は意を決するように拳を強く握り締め、こう言った。
「レオン──私とデートをしませんか!」




