81・私は好きな人の過去を知らない
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『「第二の聖女になってくれ」と言われましたが、お断りです』
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訓練所から戻り、その足で私は屋敷内の書庫に向かった。
「えーっと、この本は……あまり関係ないかな? こっちも治癒魔法についての本みたい」
目的は、記憶喪失に関する本を探すためだ。
レオンのためになるべくストレスをかけず、普段通りの日常を過ごす──そういうことになったけれど、他になにもしないわけではない。
こうして時間を見つけて、記憶喪失について調べていた。
しかしレオンの症状は相当珍しいものらしく、お目当ての本はなかなか見つからない。
「レオン、大丈夫かな……」
彼にはなるべく休んでほしい。
だけど責任感が人一倍強い彼は、あれからも馬車馬のごとく働き続けている。
もちろん、記憶がなくなろうとも、彼の私に対する優しさは変わらない。
大事な妻として扱ってくれて、私を無碍にしたりもしない。
ちょっとしたお願いごとがあっても、レオンはすぐに対応してくれた。
以前のようにレオンと離れ離れになったら辛いけど──彼は基本、屋敷内にいてくれるしね。
だけど。
「どうしてだろ……訓練所にいた時から、心のもやもやがなくならない」
自分の気持ちに戸惑っていると……。
「あれ?」
手に取った本をペラペラ捲っていると、中からなにかが零れ落ちる。
「これは……手紙? レオン宛みたいだ。差出人は……フェリシテ・シビリルさん?」
手紙を拾い、そこに書かれてある内容が目に入ってしまう。
フェリシテさん……どこかで聞いたことがある気がする。思い出せない。
他人の手紙を見るのは、あまり行儀がよろしくないだろう。
でも、どうしても気になって──欲求が抑えられず、そのまま私は手紙を読んでしまう。
そこには、こう書かれていた。
『先日は素敵な夜を、ありがとうございました。忘れられない一夜となりました。また、あらためてお礼を申し上げるべく、後日挨拶に伺いたく思います。 フェリシテ・シビリル』
「──っ」
私が息が詰まるような感覚を抱く。
手紙の内容は、ありきたりな感謝を述べる文章となっていた。
しかし『素敵な夜』や『忘れられない一夜』といった文章が散りばめられており、私にはそれがとても官能的な響きのように思えた。
「思い出した……フェリシテさんって、レオンの元婚約者候補の一人だったんだ」
公爵として後継を待望されていた彼は、今まで婚約者候補が何人かいた。
とはいえ、今まで具体的に婚約まで至った人はおらず、そんな最中に私と出会った──ということは聞き及んでいる。
レオンだって、年頃の男性だ。
今まで、女性と体の関係がないという方が不自然。
この手紙が出された日付も、私と出会う前のことだった。
だからレオンがフェリシテさんと、私の想像するような関係になっていたとしても、特に咎められることではない。
だけど──私の知らない彼の一面を知ったみたいで、胸が苦しくなった。
「フェリシテさんと、どこまで進んでいたんだろうか……私が知らないことも、フェリシテさんは経験してる? だとすると、私は──」
ぶつぶつと呟いていると、
「──そこで、なにをしているんだ?」
不意に声をかけられる。
私は咄嗟に手紙を元あった本に挟み、棚に戻した。
「レ、レオン!? い、いえ、あなたの記憶喪失に関する本を探していまして……」
私に声をかけてきた人物は──レオンであった。
勝手にレオン宛の手紙を読んでしまった罪悪感から、まだ心臓がバクバクしていた。
「本を探して? それならば、使用人を呼んで持ってこさせればよかったじゃないか。公爵夫人である君が、わざわざするようなことでもない気がする」
だけどレオンが私がなにをしていたのかまでは目撃していないのか、別のことで不審がっているようであった。
「わざわざ使用人の方にお願いするのも、申し訳なかったので……あっ! もちろん、他にやるべきことは済ませています! お部屋の掃除も終わっていますから!」
君には他にするべきことがある!
……と注意されるかと思い、慌ててそう言い繕う。
しかしレオンの瞳に宿った混乱を、ますます濃くして。
「掃除……? 公爵夫人である君が、どうして掃除をする必要がある? 以前の俺は、そんなことを君に指示していたのか?」
「い、いえいえ! 私が勝手にやっていることです! なんならレオンは、『そんなことをしなくてもいい』と言ってくれるほどで……」
言えば言うほど、泥沼にはまっていっている気がする。
きっと、手紙を読んでいたことを悟られたくない心理が働き、必要以上に言葉を重ねてしまうんだろう。
「ふむ……」
レオンは私を品定めするかのような視線を向けて。
「君は優秀な軍医だと聞いている。だからこそ、俺の記憶喪失について興味があるのだろう」
「軍医だから……というわけでもないんですけどね」
「だが──掃除にしても、君がやるべきことではないように感じる」
レオンは私を真っ直ぐ見つめて。
「今回の一件に限らず──なにか不自由なことがあれば、すぐに俺か使用人に言ってくれ。記憶は未だ失ったままだが、俺の妻として、君にはなに不自由ない生活を約束しよう」
「あ、ありがとうございます」
やっぱり、レオンは優しい。
記憶がない彼にとっては、妻だと他から聞かされても、私のことを他人のようにしか思えないだろう。
だけど自分も不安な中で、私のことを気遣ってくれている。
レオンの真摯な態度に、安心感を覚えた。
「私のことはいいとして……レオンはどうしてここに? あなたもなにか探し物でしょうか」
「ああ」
そう言って、レオンは本棚に目線を移す。
「君やサイラスにだけ、任せてもいられない。俺は俺で、記憶喪失について調べていたんだ」
「私と一緒……というわけですか」
「そうだ」
レオンは私と会話をしながら、本棚から何冊かの本を手に取っていく。
しかし、それは記憶喪失について──というよりも、地方の伝承や敷きたりについて書かれたものが目立っていた。
「……?」
首を傾げる。
だけど、レオンもレオンで彼なりに考えた行動だろう。
真剣な眼差しで本を選ぶレオンの姿に、なんだか臆してしまい、私から問いかけることもなかった。
「では、目的の本も手に入ったし、俺は仕事に戻る。先ほども言ったが、些細なことでもすぐに俺や他の人に相談してくれ。公爵夫人である君が、なにも遠慮する必要はないのだから」
「分かりました」
そう頷くと、レオンは書庫から去っていく。
記憶がなくなっても、レオンは変わらない。
それは分かっているけど──レオンが去っていく背中を見ていると、何故だか彼が遠くに行ってしまったような感覚を抱くのであった。
新作を始めました! 今回も主人公は聖女です!
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『「第二の聖女になってくれ」と言われましたが、お断りです』
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