80・ゴードンさんの嘘
騎士の訓練場。
「ガッハッハ! まさかあのレオンが、記憶喪失だとはな!」
ゴードンさんが高笑いを上げる。
ランセル公爵家は国内でも随一の強さを誇る騎士団を、抱えている。
その総指揮はレオンなんだけど──騎士団長を任されているのが、このゴードンさんだ。
赤髪で豪快さが目立つ男性。
顔の傷跡は痛々しいが、男の勲章みたいで私は素直にカッコいいと私は思っている。
「もうっ……! 笑いどころではありませんよ。外傷や病といった苦しみはないのが幸いですが……これからレオンにどんな悪影響が出るかは分かりませんのから」
「ああ、そうだったな」
軽く注意するが、ゴードンさんは気にしている素振りを見せなかった。
「だが、心配する必要はないみたいだぜ? ほら、見てみろよ。全く動きが鈍っていない」
ゴードンさんが私の頭を掴み、強引に顔を前に向ける。
「はあっ!」
──レオンが木剣を振るう。
彼の前には、同じように木剣を構え、攻撃を防いでいる騎士の方がいた。
マルコさんだ。
マルコさんはレオンの強襲を防ぎながら、隙を伺う。
そして──レオンの体が一瞬ぐらついたかと思うと、マルコさんは木剣を上段に構えた。
「悪いですが……勝たせてもらいますよ。とおっ!」
気合いの一声と共に、レオンの死角からマルコさんが剣を振るう。
しかし一転。
レオンは右手に持った木剣を左手に持ち替え、容易くマルコさんの攻撃を防いだ。
「なっ……!」
「まだ甘いな」
そのまま押し込むようにマルコさんを転倒させ、即座に起きあがろうとするマルコさんの顔の前に木剣を突きつけた。
「……まいりました。さすがレオン様、お強いですね。私もまだまだです」
マルコさんの降参宣言。
それを受けて、模擬戦を観戦していた周りの騎士たちから喝采が上がる。
レオンは彼らの声を浴びても、涼しげな顔をしているのみだった。
「すごい……!」
私も思わず、感服してしまう。
レオンは騎士としても非常に優秀で、お強いことは知っていたけど……こうして前にしたら、何度見ても感動してしまう。
私だって軍医として、様々な戦場を渡り歩いてきた。
そんな私の目からしても、レオンの強さは国内でも一・二を争うほどだろう。
「くっくっく……マルコのヤツ、勝つ気でいやがったのか。だが、負けん気が強いヤツは嫌いじゃねえ。昔はそのやる気が空回っていたがな」
ゴードンさんも楽しそうに声を零す。
マルコさんと初めて出会った時、彼はアレクさんに喧嘩を吹っかけていた。
とはいえ、《疾風の騎士》の異名を持つアレクさんに手も足も出ず、返り討ちにされたんだけど……その頃から比べると、マルコさんも随分と物腰が柔らかくなったように思える。
「立て。落ち込んでいる暇はないぞ」
レオンは尻餅をつくマルコさんに手も貸さず、厳しい視線を向けた。
「は、はい」
マルコさんはピリッとした表情になり、慌てて立ち上がった。
それをレオンは満足そうに一瞥してから、
「聞け! 我々ランセル騎士団は帝国からの侵攻を防ぐという重大な役割を担っている! 休んでいる暇はない! 皆の者、引き続き訓練に勤しめ!」
と周囲に発破をかけた。
模擬戦を観戦していた騎士の方々も、慌てて訓練を再開する。
「ああいうレオンの姿は、なかなか新鮮ですね」
なにせ、レオンは私の前ではいつも優しい。
少しでも疲れた素振りを見せてしまえば、すぐに「休め」と言ってくれるほどだ。
だけど、ここにいる人たちはいずれ戦場に駆り出される身。
そのために厳しい訓練を課すのは、ひいては彼らの身を守ることにも繋がるし、レオンのやっていることは強ち間違いではない。
だけど──何故だろう。
いつもより厳しいレオンの一面を見て、不思議な寂しさを感じてしまった。
「……なんだか、昔に戻っちまったみたいだな」
そんなことを考えていると、ゴードンさんがぽつりと呟いた。
「ゴードンさん? なにかおっしゃいましたか?」
「ん? いや、そんなに大したことじゃない。お前さんが来る前は、レオンはもっと──」
「俺がなんなのだ?」
ゴードンさんが言葉を続けようとすると、模擬戦を切り上げたレオンが、私たちのところへ戻ってきた。
「いーや、なんでもねえ。昔のお前を知っている身からすると、色々思うところがあってな」
軽薄な笑みを浮かべて、ゴードンさんは飄々と受け流す。
「昔の俺──か。お前にも説明していたが、俺は彼女と出会ってから以降の記憶が抜け落ちてしまっている」
「彼女……というと、フィーネのことだよな?」
「他に誰がいる」
「そんなに怖い顔するんじゃねえよ。一応、確認しただけじゃねえか」
肩をすくめるゴードンさん。
「まだ実感はないが、どうやら彼女は俺の妻らしい。彼女と接している時の俺は、どんな感じだった? お前から話を聞けば、記憶が戻るヒントになるかもしれない」
「そうだな……」
ゴードンさんは顎を撫でて。
「フィーネのことを、それはそれは大切にしていたぜ」
「俺の妻だからな。丁重に扱うのは当然の話だろう。具体的には?」
「フィーネが倒れたら、血相変えて慌てる。少しでも離れ離れになったら、フィーネのことをずっと考えちまう……とかだな」
「今までの俺を思うと、考えにくい行動だな。しかし特段、不思議なことでもない。他には?」
「他には──」
そこでゴードンさんは私の顔を見てなにかを閃いたのか、ニヤリとイタズラ少年のように笑う。
そして。
「毎晩、フィーネのことを抱いていたぜ。その様子はこちらから見ても、心配になるくらいだ」
「ゴ、ゴードンさん!?」
ゴードンさんがとんでもないことを宣い、私は思わず前のめりになってしまう。
もちろん、私とレオンは体の関係に至っていない。
毎晩……なんて、もってのほかだ。
そんな嘘、レオンに通じるはずがない。
いくら記憶を失っていても、すぐに気が付くはず──。
「お、俺が……彼女を?」
……と思っていたら、意外にもレオンは見るからに取り乱し始めた。
「す、すまない。記憶を失う前の俺は、そんなことを……! 負担になっていなかったか? だ、大丈夫だ! これからは君が求めてこない限り、そのようなことはしないから……」
口元に手を持っていき、レオンは辿々しく言う。
頬は赤らんでおり、私の顔をまともに見られないようであった。
「ち、違いますよ。心配をなさらずとも、そのような関係には至っていません」
「ん……?」
「ゴードンさんの嘘ですから」
…………。
しばしの沈黙。
やがてレオンは元の表情に戻り、今度は烈火のごとく怒りに顔を染める。
「ゴードン……っ! 貴様!」
「おお、そんなに怒るんじゃねえよ。軽い冗句みたいなもんじゃねえか。そもそも、せっかく夫婦になったってのに、お前らは関係を進めるのが遅すぎ──」
「黙れ!」
レオンがゴードンさんに木剣を打ち付ける。
しかし、ゴードンさんはそれを容易く素手で受け止めた。
そのままレオンは押し込もうとするが、ゴードンさんはビクともしない。対するゴードンさんの表情は、どこか楽しげであった。
レオンとゴードンさんは幼馴染だったらしい。
剣の訓練も一緒に受けて、覚えていないくらいには汗を流してきた。
そのおかげで、戦いのおいて二人は言葉を交わさずとも、相手の考えていることがなんとなく分かる──と聞いたことがある。
レオンが失っている記憶はあくまで、私と出会ってから。
だからゴードンさんのことは覚えているし、こうして一見喧嘩をしていようなのも、二人で戯れ合っているようなものなのだろう。
そんな二人の関係が素敵で、キラキラと輝いて見えた。
でも。
「…………」
ずっと昔から、お互いに切磋琢磨していたレオンとゴードンさん。
そんなお二人の関係を眺めていると──先ほど感じた寂寥感が、より濃く現れてしまう。
「……どうした? そのような暗い顔をして」
私の機敏な感情の変化に気付いたのか──レオンはゴードンさんから視線を外し、私に問いかけてくれる。
「いえいえ、そんなことありません。お二人とも、仲がいいなと思いまして……」
「おう。レオンとは長い付き合いだからな。まあ……もう少し、感情を分かりやすく表に出してくれれば、オレも助かるんだが」
とゴードンさんがレオンと肩に腕を回す。
それに対して、レオンは文句こそ口にしなかったものの、むっとした表情をするのであった。




