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78・星架けの夜

「わあ……」


 会場の外に出て、私は夜空を眺めて思わず感嘆の声を漏らしてしまう。



 ──夜空には、満天の星が散りばめられていた。



 輝く星々が無数の宝石のように煌めき、常闇の天蓋に広がっている。

 まるで夜そのものが祝福を受けたかのように、光の粒が穏やかに輝きを増して行く。

 その輝きは屋敷の明かりさえも霞ませるほど鮮烈で、街の風景を優しく照らす。


 私たち以外にも、夜会に出席していた人たちの多くが屋敷から出て、感動的な夜空を見上げていた。


「キレイですね」

「そうだな」


 隣のレオンも、そう深く頷く。


「竜神祭の伝説は覚えているか?」

「もちろんです。セリオンとルミナが離れ離れになるんですよね」

「そうだ。その伝説には続きがあってだな──」


 周囲のロマンティックな空気に流されてか、レオンにしては珍しく饒舌に話し始める。


「他の神々の怒りに触れ、引き裂かれてしまった二匹の竜──セリオンとルミナ。セリオンはルミナに会えなくなってからも、星々に願い続けていたんだ」

「どのような願いを?」

「ルミナに会いたい──だ」


 低い声で、レオンは言う。


「セリオンの願いは天に届き、奇跡が起こった。星の橋がかかり、二匹の竜を繋いだんだ。

 だからといって、会えるわけではない。橋の両端で、二匹はお互いに存在を確認するだけ。だが、二匹を繋ぐ星の橋は一年に一度だけ現れ、それがこの満天の星空を作っていると言われているんだ」

「それが、星架の夜ということですね」

「ああ」


 頷くレオン。


 一年に一度だけ──。


 だけど、セリオンとルミナはお互いを想い続けていた。

 きっとそれは辛いことなのだろう。


 だが、二匹の想いの強さが夜空に星の橋を架けた。

 今、私たちの目の前に広がっている光景は、そういうことなのだろう。


 それは儚くも、二匹の愛を象徴しているかのようで、私は物思いに更けてしまう。


「とても感動的な光景です」


 だけど──。


 一夜だけの輝きに虚しさを感じているのだろうか、私の胸の内にはもやもやとして不安が広がっていった。


「……? どうした?」


 私のそんな気持ちに素早く察し、レオンが問いを投げてくれる。


「……なんだか、怖くなってくるんです」

「怖い?」

「はい」


 頷いて、私はこう口を動かす。


「私、今が幸せなんです。実家にいる頃は、こんなに幸せな人生を送れるとは思っていませんでした」


 大好きだったお母様も亡くなり。

 毎日、お父様やコリンナの怒りに耐えるだけの毎日。

 戦場で出会った人たちは皆、優しかったけど、それでも命の危険がなくなるわけではない。


 だけど──私は幸運にもレオンに出会い、彼と結婚した。


 ずっとこの時が続けばいいと思う。

 しかし、どれだけ想い合っていても、セリオンとルミナは引き裂かれてしまった。


「だから……私は時たま、怖くなるんです。この幸せな毎日が、いつかなくなってしまうんじゃないかって。レオンの気持ちが、私から離れていくんじゃないか……って」


 贅沢は言わない。

 私はレオンと──そしてアレクさんやエマさん、ゴードンさんと楽しく暮らしていければいい。


 だけど、今までの人生が悲惨だったからなのか、ある日突然、日常が崩れていく時を想像してしまう。

 セリオンとルミナの伝説に今の境遇を重ね合わせ、私はどうしようもない不安に駆られた。


「そんな時は未来永劫、来やしない。仮に危機が訪れたとしても、俺が全て斬り伏せてやる」

「それでも……です。レオンはもし、セリオンとルミナのように、私と会えなくなればどうしますか? 私のことを忘れてしまいませんか?」

「うむ……」


 レオンは顎に手を置き、少し考え込む。


「絶対に有り得ない──と言うだけでは、君の不安はなくならないだろう。だから、これは仮定の話だ。仮に俺とフィーネの仲が引きされてしまい、君の存在が俺の中で希薄になってしまったとしよう」

「だったら……」

「だが、なにも問題ない」


 レオンは私と真正面から向き合い。


「俺は何度でも、君を好きになる。もし何者かが俺たちの愛を消そうとしても、無駄だ。俺が君に惹かれることは、生まれた時から定められた運命なのだからな。誰も、この運命を捻じ曲げることは出来ない」

「──っ」


 レオンの言葉があまりに真っ直ぐで、私はすぐに返事が出来なかった。



 ──嬉しい。



 彼の傍にいられるだけで、私は一生分の幸せをもらっているのに、その上でこんなに優しい言葉をかけてもらえるなんて。

 彼の誠実な言葉が、私の心の奥に残っていた小さな不安を消してくれた。


「ありがとうございます。私も──レオンをお慕い申し上げています。たとえ一年に一度しか会えなくとも、あなたへの愛は決して消えません」

「君も同じことを考えてくれて、嬉しいよ」


 そう言って、レオンは私の肩を抱いてくれる。


 ──二人で同じ光景を眺める。


 こうしていると、まるでレオンと考えていることを共有しているようで、決して壊れない繋がりを実感した。



 ──今後も、こういう日々が続いていくのだろう。



 そしてこれからも、死ぬまで彼の傍にいたいと切に願う。


 私たちは同じ空を見上げ、ロマンティックな一夜を過ごすのであった。




 ◆ ◆



 竜神祭も無事に終わり、翌朝。

 私は一足早く起床し、昨晩のことを思い出していた。


「素敵な夜でした……」


 呟く。


 外は昨日のお祭り騒ぎが嘘だったかのように、落ち着きを取り戻している。

 出店を回る時間はなかったけど、祭りの空気を肌で感じるだけで心が躍った。


 さらに夜会。


 たくさんの方と挨拶をした。

 その中には第六王子のマルスラン殿下もいて、緊張したけど無難にやり過ごせたと思う。


「それに……あの星空、すごくキレイだったなあ……」


 星架けの夜──思わず見惚れてしまうほど、美しい星空だった。

 セリオンとルミナの物語は悲しいけど、だからこそ、切ない愛の輝きのようなものに胸を打たれた。


 そして、レオンと共に星空を眺め──心情を吐露すると、彼はこう言ってくれた。



 ──俺は何度でも、君を好きになる。



「〜〜〜〜〜!」


 思い出せば思い出すほど、顔が熱くなってしまう。


 今が幸せすぎるから、それが壊れてしまうのが怖い。

 だけど、レオンが傍にいてくれれば、どんな恐怖でも乗り越えていける気がした。


「そういえば……レオン、起きるのが遅いような」


 レオンは朝が強い。

 屋敷でも、使用人の方たちよりも早く起床し、一人で準備を済ませてくるほどだ。


 しかしレオンがいるであろう寝室の扉は、開く気配がない。



『いつもとは違う環境に置かれ、気持ちが昂るお二人。知らず知らずのうちに、距離もぐんと近くなるでしょう。そして宿泊する宿で、お二人は自然と手を重ねる。自然とムードも高まり、大人の階段を上ることに──』



 これは、エマさんに言われていた言葉だ。

 だから、私も意識せざるにはを得なかったけど……やっぱり、レオンと()()()()()()になるのはまだ早い気がする。

 ゆえに一緒のベッドで夜を過ごすこともなく、区切られた場所の各々のベッドで寝ることになったのだ。


「慌てる必要なんて……ないよね?」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 他人に強制されるものではない。

 私たちの関係は、ゆっくり進めていけばいい。

 仮にセリオンとルミナのように、悲劇が起こったとしても──レオンは何度でも私を好きになってくれると、言ってくれたからだ。

 ここで焦って関係を進めて、『今』が壊れてしまう方がよっぽど怖い。


「エマさんにはガッカリされそうだけど、ちゃんと説明したら分かってくれるはず。私の私のペースで……! です」


 あらためて決意を強くしていると、ようやく寝室の扉が開き、中からレオンが出てきた。


「レオン、おはようございます」


 挨拶をする。


「…………」


 しかし、レオンからはすぐに返事はなかった。

 彼にしては珍しくぼさぼさの髪。起きたばかりだから仕方ないかもしれないけど、服も若干乱れていた。

 彼は戸惑ったように辺りをキョロキョロ眺め、唖然としたように扉の前で立ち尽くしていた。


 あれ──?


 小さな違和感。

 まるで目の前のレオンが、昨日までのレオンとは別なような──。


 彼は怪訝そうに私を見て、こう口を開いた。





「君は──誰なんだ?」








 ──この時の私は想像だにしていなかった。

 レオンの中にある私の記憶が、キレイさっぱり喪失してしまっていたなんて──。

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