74・竜神祭
あれは事件が起こる数週間前──。
「竜神祭?」
屋敷の執務室。
私はレオンから説明されたことに、そう問いを返した。
「ああ」
それに対して、レオンは頷いた。
レオン・ランセル──若くして、ランセル公爵家を継いだ男性だ。
黄金の髪は柔らかく波打ち、光を反射して輝いて見える。端正な顔立ちは貴族らしい品格を漂わせ、涼やかな表情の奥には強い意志を秘めていた。
そして──私の大切な夫。
彼は顎の前で指を組み、こう続ける。
「我がランセル公爵家が取り仕切っている領地内に、『リファリオン』という街があるのは知っているな?」
「は、はい。なんとなくは……」
ランセル公爵家は、国境線沿いの領地を任されている。
隣国は軍事路線を敷いており、ここはそんな隣国──帝国の侵攻を妨げる大事な役割を担っていた。
公爵であるレオンは領主である側面も持ち合わせており、リファリオンも彼が取り仕切っている街の一つなのである。
私はレオンの妻として、彼を支える立場にあるのだけど……一介の軍医である私が、どうしてそうなっているのか。
これを説明するためには、今までのことを振り返る必要がある。
私──フィーネはヘルトリング伯爵家の長女として、生まれた。
治癒魔法の才能に恵まれ、贅沢な生活を謳歌していた妹コリンナとは違い、私は父が侍女と不貞し、生まれた子ども。家庭内で虐げられていた。
その冷遇っぷりは、私なんか死んでもいいと思われ、戦場に軍医として派遣されるほど。
だけど、そんなある日──私は戦場で公爵騎士であるレオンを助けたことをきっかけに、彼に嫁ぐことになった。
初めは、妹コリンナの代わりだと思っていた。
レオンから結婚契約書も渡され、この結婚は愛がないものだと思い込んでいた。
しかし、全ては私の勘違い。
レオンは私のことを心の底から愛し、求婚してくれていたのだ。
これが──軍医である私が、レオンの妻となった理由である。
「そこで一年に一度、開催される祭り──それが竜神祭だ」
レオンの説明は続く。
「なるほど……竜神祭はどのようなお祭りなのでしょうか?」
「リファリオンは昔から、竜神によって守られている街だと言われているんだ。その竜神を奉る祭りとなっている。もっとも、竜神によって守られてうんぬんというのは迷信で、実際に守られているか……と言われると疑問だがな」
竜神──つまり竜は、伝説上の生き物だ。
伝承によると、竜は神にも等しい力を持っており、大昔には土地を開拓し豊穣の恵みを与えたとされる。
その他にも雨や雪を降らしたり、地震をも起こす力があると言われている。
竜を神として崇め、繁栄を願う街や村もある。
リファリオンも、そんな竜神信仰がある街ということだろう。
「当日は、街をあげて全体で行われる祭りなのですよ? 毎年盛況で、国中から観光客が訪れています」
レオンの隣で話に耳を傾けていたアレクさんが、そう補足説明を入れてくれる。
見た目は優しそうな顔つきで、佇まいもスマートな印象を受ける。
彼は普段、この屋敷で執事をしている。だが戦時になると騎士として戦場に赴き、レオンと共に戦うことも多い。
《疾風の騎士》という異名もあるのだけど、アレクさんはそう言われることを嫌がっている。
「そうなんですか。とても楽しそうですね」
「フィーネ様は、行かれたことはないのですか?」
「はい。恥ずかしながら……」
そもそも、実家にいる頃はほとんど外に出してもらえなかったし、軍医になってからも忙しくてそんな楽しい催しには顔を出したことがない。
だけど、今それを言っても仕方がないので、口を噤む。
「楽しいですよ〜。私は昔、両親と一緒に行ったことがあるんですが、当日には出店も出ていまして。リファリオン名物の料理はどれも、舌を巻きます!」
次に、そう発言したのは侍女のエマさん。
彼女は私専属の侍女であり、なんでも話し合える友人でもある。
いつも元気いっぱいな彼女がいると、屋敷中が明るくなったように感じた。
「それで……どうして、竜神祭の話を私に?」
「俺も領主として、竜神祭の夜に行われる夜会に顔を出さなければならないんだ。そこで……つ、妻であるフィーネにも一緒に来て欲しい」
『妻』という言葉を発する際、やけにレオンは照れたような表情になって、そう告げた。
夜会……。
知らない単語を聞かされているようで、一瞬反応が出来なかったが、遅れて理解が追いついてきて私は慌てる。
「や、夜会ですか!? わ、私……失礼な真似をしちゃわないでしょうか……」
「そう気を張らなくてもいい。こちらは招かれる側だ。俺自身は毎年、竜神祭の夜会には参加していたし、雰囲気も知っている。リファリオンは馬車で半日ほどの場所だし、当日は一泊するつもりだ。フィーネはただ、夜会を楽しむつもりで行ってもらえればいい」
レオンはそう言ってくれるけど、なにせ夜会なんて、今までの私には縁がなかったことだ。
聖女として崇められ両親からも寵愛されていたコリンナは、毎晩パーティー三昧だったけどね。
もちろん、公爵夫人としてそのような場に出席する必要があると思い、地道にマナー教育も受けていたが……実践となると初めて。
不安になるのも無理のない話であった。
「夜会は君の顔見せという側面もある。だが、無理にとは言わん。君が嫌だと言えば、俺一人だけで行くが……どうだろうか?」
じっとレオンが私を見つめてくる。
少し不安だけど……。
「わ、私、行きます! レオンに恥をかかせるわけにはいきませんから!」
ぎゅっと拳を握って、即答した。
「そうか。よかった」
レオンが頬を緩める。
「竜神祭はいつなんですか?」
「一週間後だ」
一週間後!
意外に直近だったので、頑張ろうと決めた矢先なのに、つい臆してしまう。
そんな感情が露骨に顔に出てしまっていたのだろうか、
「す、すまない。バタバタして、なかなか伝えられていなかったんだ。元々、俺一人で行くつもりだったのだが──先の件で君としばらく会えない日が続いただろう? そのせいもあって、君を危険に晒してしまったし……なるべく、君と離れたくなかったんだ」
申し訳なさそうにレオンが口にした。
先の件──レオンが王都の騎士団との合同演習のため、しばらく屋敷から離れていた件だろう。その時に起こった事件は、私にとっても記憶に新しい。
──レオンが屋敷から離れている間、私は王都で暮らしている彼の弟であるサイラス様の元へ向かった。
そしてサイラス様には、孤児院から引き取った一人娘のアネットちゃんがいた。
だけど……まさか帝国の実験により、無魔法を込めるための『器』にさせられていたからだったとは──想像だにしていなかった。
私とアネットちゃん、そして妹のコリンナは王都の牢獄にいたはずのバティストに攫われるわけだけど──それに連なる事件である。
最終的にはレオンが助けにきてくれて事なきを得ることになる。さらにコリンナとも仲直りし、二人の力を合わせて無魔法を体現した。
それによってバティストも打倒し、アネットちゃんも笑ってくれるようになって万事解決なんだけど……たくさんの人が危険に晒されたのは事実。レオンはそのことを悔いているのだろう。
「あの事件が起こらずとも──レオン様、王都の合同演習中はずっとフィーネ様のことを考えていて、落ち着きがなかったようですからね」
アレクさんがぼそっと呟く。
「……それは誰かから聞いた?」
「ゴードン様です」
「ちっ……あいつめ。余計なことを」
レオンは小さく舌打ちをし、苦虫を噛み潰したような表情になった。
だが、すぐに私へ視線を戻し。
「無論、夜会のための準備は、こちらで全て済ませてある。当日まで君がすることはないから、大船に乗ったつもりでいてくれればいい」
「い、いえいえ、構いません。少しビックリしただけですから。夜会でもレオンの妻として、ふさわしい行動を……心がけます!」
「もっと気楽に構えてくれていいんだがな。とはいえ、君が何事にも全力で取り組む人間だということは分かっている。期待しているよ」
レオンはちょっと冗談めかして言って、笑った。
……それにしても、竜神祭。
賑やかそうなお祭りだけど、当日は夜会に集中して、楽しめそうになく──。
「フィーネ様、フィーネ様」
竜神祭のことを考え込んでいると、後ろからエマさんがそう言って私の肩を叩いた。
「これはチャンスですよ」




