71・勝利の後
私たちはその後、アネットちゃんとバティストも連れて、野営地まで戻ってきた。
バティストの敗北。
無魔法の暴走。
こういったこともあり、当初の目的を果たせなかった帝国軍は引き下げていった。
野営地まで帰った私たちが、拍手喝采で出迎えられたのは言うまでもない。
戦争に──勝利したのだ。
ちなみにバティストは大怪我を負ったが、一命を取り留めた。
だが、敗北したバティストさんには今までの面影は残っておらず、なにかに怯えたような言動を繰り返していた。
『ひっ……! 近付くな。剣が……剣が怖い……っ』
かつて剣神と呼ばれた男が哀れなものだ。彼はこのまま、王都の牢屋に再び入ることになる。
その後の処遇はまだ決まっていないそうだけど……どちらにせよ、バティストの未来は明るくない。
エアハルトさんとも別れを告げ、私たちはお家に戻ってくる。
そこには私たちの帰りを待っていた、サイラス様がいた。
「アネット!」
サイラス様はアネットちゃんを見て、駆け寄った。
私たちはアネットちゃんをベッドに寝かせ、みんなで見守る。
「アネットは無事なのかい?」
「安心してください。生きていますので」
しかし……あれから結構な時間が経っているのに、まだアネットちゃんは目覚めない。
体は健康そのものだし、無魔法の魔力がなくなったから大丈夫だと思うけど……最悪の予感も頭をよぎり、私は暗い気持ちになる。
「どうして、目覚めないんでしょう?」
アレクさんが問いを投げかける。
「アネットの体は邪悪によって蝕まれていた。それは染み付いており、簡単に取れるものではないからだろう。アネットが邪悪に打ち勝てば、目を開けてくれると思うが……」
そう答えるレオンの表情も心配そうだ。
つまりアネットちゃんが、一生目覚めないという可能性もあるということで──。
まだアネットちゃんの笑顔を見られていない。
それが出来ない限り、私の戦いは終わっていないということになる。
せめてアネットちゃんを蝕む邪悪を払えればいいんだけど……。
「ん……? 邪を払う?」
私は唯一の可能性に気が付き、声を漏らす。
「みなさん、離れてください。試したいことがあります」
アネットちゃんに手をかざし──私は光魔法を発動した。
「浄化」
光魔法は邪を払う力。
アネットちゃんが目を開けない理由が、体を蝕む邪悪なら……それを取り除いてしまうかもしれない。
だけど私の光魔法は、未だ完成していない。
本当に大丈夫だろうか?
不安な気持ちになっている間にも、光魔法の輝きはさらに強くなっていく。
やがて──。
「おとう……さん?」
アネットちゃんが瞼を擦り、目を開けてくれたのだ!
「アネット!」
サイラス様は彼女を抱擁する。
「君をまたこの手で抱くことが出来て、本当に嬉しい!」
「私は……今までなにを?」
戸惑っている様子のアネットちゃん。
やっぱり、今までの記憶があやふやみたい。
無魔法を使っている時にも、彼女の意識は完全になかったということだ。
「このお姉さん……フィーネが君を救ってくれたんだ。なにも覚えていないかい?」
「フィーネ──」
アネットちゃんの視線が私に向く。
レオンとアレクさんは、私たちのやり取りを温かく見守ってくれていた。
「ずっと……声が聞こえてた。優しい声。だけど……その頃の私には、お姉ちゃんの声に答えることが出来なかった……」
戸惑いで辿々しい言葉だが、アネットちゃんはしっかりと喋っている。
──今までアネットちゃんは空っぽだった。
それは光魔法と闇魔法、両方の魔力を詰め込めるように生まれてきた少女だからだ。
『実験体』なんて酷い呼ばれ方もされていた。
だけど無魔法をぶつけることによって、アネットちゃんの中にあった無魔法を相殺し。
光魔法によって、アネットちゃんの体を蝕んでいた帝国の『悪意』も取り除いた。
そして……空っぽのアネットちゃんは両親からの愛を、ひたすに注ぎ続けられていた。
きっとそれが、空っぽのアネットちゃんをいっぱいにし、感情を芽生えさせた。
アネットちゃんは笑って、
「ありがとう」
そう──短く、一言告げた。
彼女の笑顔はいたいけな少女そのもので、昔のコリンナを見ているかのようであった。
あっ、そうそう。
コリンナについても話さないといけない。
今回の戦いは、コリンナが闇魔法によって帝国の無魔法を抑え込んだから……という形になった。
引き続き、私が光魔法を使えることは隠さなきゃ……だからね。
それによって戦争の英雄として祭り上げられたコリンナではあったが、元々は大罪人。
バティストと同じく、投獄されるはずだった。
しかし私とレオンの訴えもあり、彼女の刑は大分軽減されることになった。
王族の方々にとっても、聖女と呼ばれていたコリンナを罪に問うことは、面子の問題がある。
よくよく考えるとコリンナの闇魔法だって、元々は彼女が望んだ力ではなかった。
闇をなによりも怖がる彼女に、闇魔法なんて似合わないからね。
言うなれば、闇魔法の被害者だったとも言える。
だからといって完全になくなり、元の生活に戻れるというわけでもなく……どうしようかと思っていたが。
『許されるなら──私、侍女になりたい』
とコリンナから、信じられない言葉が出た。
『侍女……?』
『ええ。今まで私は世間知らずすぎた。自分のことばかり考えて、他人を喜ばせようなんて考えたことない。他人に奉仕することを覚えたいのよ』
それは良い考えかもしれない。
今まで誰かに世話されていたことはたくさんあったコリンナであったが、逆は当然なかった。
侍女として働くことによって、人間的にも成長してくれるはず。
私たちは王族も交え、話し合いを重ねた結果──コリンナは王城に仕える侍女として働くことになった。
もちろん、必要があれば闇魔法の力を国のために使うという条件付きだ。
王族にとっても、闇魔法の使い手であるコリンナを手元に置いておけるのは安心するんだろう。
コリンナの希望通りになったとはいえ、彼女は侍女の中でも一番下っ端として働くことになる。
厳しい侍女長を傍に置かれるらしく、彼女の激しいシゴキを前にして、何人もの侍女が辞めていったという。
なんなら、牢屋の中で暮らした方がマシだと思うくらいに厳しい日々を暮らすことになるらしいが、コリンナは気丈にこう言い放った。
『これくらいしないと、あんたには追いつけないわ。私がフィーネの妹としてふさわしい人間になれるまで、あんたの前には現れない。だから待っててね……お姉ちゃん』
そして私たちは昔のように、笑い合ったのだ。
一件落着。
バティストの企みも壊し、アネットちゃんも笑ってくれた。そしてなにより、コリンナとも仲直りが出来た。
全てが落ち着いてから、私はあらためてレオンにお礼を伝えようと──彼のいる執務室へと向かったのであった。




