68・お姫様が王子様を救ってはダメだという道理はない
「……アネットちゃんを救う方法を、ずっと考えていました。確実ではありません。ですが……私たちなら、無魔法を止められるかもしれない」
「そ、それはなんですか!? フィーネ様、教えてください!」
アレクさんもレオンたちを救いたいんだろう。
縋るように言った。
「はい。無魔法は──」
私は自分の考えを伝えた。
するとアレクさんは思案顔になり。
「なるほど……そんな手段が」
「試してみる価値はあると思うんです」
「フィーネ様の言う通りです。とはいえ──確実ではない。私たちはともかく、他の者は避難させるべきでしょう」
アレクさんの言うことにも一理ある。危険な賭けに、他のみんなを付き合わせるわけにはいかない。
だけど簡単に避難出来るなら、苦労はしない。私たちが退路を帝国軍が防ぐだろう。果たして、怪我人も多い中で近くの街まで帰還することが……?
そう考えていると、
「話は聞かせてもらった──退路なら私が切り開こう」
エアハルトさんの声が野営地に響き渡った。
「エアハルトさん! 無事だったのですね」
「ああ。この周辺の帝国軍兵士はあらかた片付け終わった。しかし私が他の場所で戦っているうちに、そんなことになっているとはな……」
私を真っ直ぐ見つめて、エアハルトさんはこう口にする。
「君の無魔法を止めるための考えは、あやふやなものだ。しかし──試す価値はある。さほど分が悪い賭けではないだろう。私も行くべきだと思うが……私では無魔法を止められない」
行け──とエアハルトさんは地平の彼方を剣先で指し。
「愛する者を救いにいくのだ。お姫様が王子様を救ってはダメだという道理はない。君の憂慮は私が全て取り除く」
「ありがとうございます……!」
エアハルトさんの力強い言葉に、立ち向かう勇気が出る。
「コリンナ、行きましょう。無魔法を止めるためには、あなたの力も必要です」
私のしようとしていることは一人では無理。
作戦には参加させない……という条件のはずだったが、そうも言ってられない事実になった。
闇魔法を使えるコリンナが、この作戦には必須だ。
「ええ──もちろんよ。バティストには散々お世話になったからね。文句の一つでも言ってあげなくちゃ、気が済まないわ」
「頼りになります」
そう言って、私はコリンナに手を差し出すと──彼女は少し迷う素振りを見せたけど、その手は握ってくれなかった。
「お二人は乗馬の経験がありますか?」
寂しく思っていると、アレクさんがそう質問を投げかけた。
「私はあまりないかもしれません……」
「私は出来るわよ。これでも伯爵令嬢だからね。馬に乗る訓練は受けていたわ。もっとも、あんまり早くは走れないけど」
「十分です。でしたら、フィーネ様は私の後ろに。他の馬を用意しますので、コリンナ様はそれに!」
アレクさんの言葉に、私とコリンナは同時に頷いた。
◆ ◆
(レオン視点)
アネットによる無魔法は勢いが弱くなるどころか、徐々に強さを増していっている。
「全部なくなってしまええええええ!」
目の前ではバティストが叫びながら、剣を振るっている。
その正気を失った姿は、かつて闇魔法の力を制御出来なかったコリンナを思わせる。
こいつもここで死ぬ気なんだろうか……。
──ここまでのようだな。
なんとか黒い球体の中心部分に辿り着き、アネットを救えればなにかが変わるかもしれないが……近付くことすら出来ない。
仮にアネットに手を伸ばしても、なにが出来るというのだろうか。無魔法を止められる術はない。
「レオン! 諦めるんじゃねえぞ! お前が死んだら、フィーネが悲しむぞ!」
共にバティストと戦っているゴードンも、そう発破をかけてくる。
そうだ──フィーネだ。
愛など知らぬ俺に、初めて好きな人が出来た。
彼女と出会ってから、時の流れが早くなった気がする。
どうすれば彼女は喜んでくれるだろうか?
彼女の悩みを解消するためには、なにをすればいいだろうか?
俺と結婚して、彼女を幸せだろうか?
毎日毎日、彼女のことを考えていた。
それも初めての経験だったが……楽しかった。
灰色の人生に色がついたようだった。
世界はこんなにもキレイだったんだ──。
フィーネともっと一緒にいたかった。
だが、それは叶いそうにない。
ならば、彼女だけでも生きていてほしい。
彼女の幸せな居場所を守る──というのが俺の願いだったからだ。
これだけ激しい戦いなのに、フィーネのことばかり考える。
「やはり、あなたにフィーネはふさわしくない! 彼女は私のものです! あなたがいなくなれば、全部上手くいきます!」
「ほざくな!」
力強くバティストに剣を叩きつける。
ヤツの口からフィーネの名前が出るだけで不快だった。
「たとえ俺がここで死のうとも、貴様にだけはフィーネを渡さない!」
追撃をかけようとすると、無魔法の吸い込む力が強くなった。
「おっと、このままでは私も巻き込まれますねえ」
そのことにいち早く気付いたバティストが、俺たちから距離を取り、無魔法の爆風から逃れた。
ゴードンのいる位置からでも大丈夫だろう。
しかし……どうやら俺はダメのようだ。
「レオン!」
友の俺を呼ぶ声が聞こえる。
フィーネのことは──任せたぞ。
そう口を動かすが、声にはならなかった。
俺の体は黒い球体に吸い込まれ──。
「レオン!」
だが、そんな時。
大切な彼女の声が聞こえてきて、ギリギリで踏みとどまった。
ここにいるはずのない彼女。
そうだ──俺はまだ死ねない。
ここで俺が死ねば、彼女にも被害が及ぶからだ。
寸前のところで最後の力を振り絞り、俺はその場に踏みとどまった。




