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67・地に堕ちた剣神

(バティスト視点)



「糞……っ! 好き勝手に言いやがって。私がレオン・ランセル公爵に劣る? 寝言を言うのも大概にしろ!」


 バティストは転移魔法により、帝国軍の野営地に戻っていた。


 ここには実験体『アネット』がいる。彼女を媒介して、遠距離からの転移魔法の発動を成功させていたが、今回はそれに助けられた。

 とはいえ、まだ連発は出来ないため使うつもりはなかったが、それをするほどバティストは追い詰められた。


(フィーネを守る騎士のつもりか? 絶対に許さない。フィーネにふさわしいのはこの私だ)


 胸中は荒れていた。

 自分が弱くなっていることに、薄々と勘付いていたからだ。


 もう一度戦いを挑んでも、返り討ちに遭う可能性が高い。

 ゆえにバティストは帝国最強の()()を使うことにした。


「『アネット』を連れてきなさい。無魔法の最大火力で、敵を殲滅する」

「なっ……!」


 指示をされた部下は、バティストの言葉に驚きの表情を見せる。


「い、いけません! ()()はまだ実用化には早いです。そんなことをしてしまえば、『アネット』が保ちません。無魔法が失われ──」

「指図するな!」


 バティストは反論してきた部下を殴りつける。

 その様子からは、いつもの余裕に満ちた姿は消え去っていた。


「ここで使わなければ、いつ使うのです! この戦いに負ければ、私の居場所も失います! 分かったら、さっさと『アネット』を連れてこい!」

「しょ、承知しました!」


 慌てて部下はバティストの前から走り去ってしまった。


「はあっ、はあっ……待ってくださいよ、フィーネ。もう少しの辛抱です。私とあなただけの世界を築きましょう」


 ニタアと口元を歪めるバティストは、かつて帝国最強の剣士と呼ばれた面影はなかった。



 ◆ ◆


(レオン視点)



「バティスト! 追い詰めたぞ!」


 帝国軍の野営地。

 俺とゴードン、アレクだけがとうとう辿り着いた。


 ここにバティストがいるはずだ。

 簡単に出てくるとは思わなかったが……意外にも、彼は俺たちの前にあっさりと姿を現した。



「よくぞ──来ましたね。お待ちしていました」



 余裕な態度を取り繕うバティストではあったが、彼と対峙してもかつての強者の風格はなくなっていた。

 俺一人に敗北し、自らの力のなさを悟ったか。


「バティスト、降伏しろ。お前に勝ち目はない」

「なにを言っていますか! こちらには実験体『アネット』がいることをお忘れですか!」


 バティストは手を繋いでいる少女を、前に突き出した。


 アネットだ。

 瞳には虚空が宿り、なんら感情を宿していないように思えた。


「また、転移魔法で逃げるつもりか? そんな魔力は残されてんのかよ」


 ゴードンが挑発する。


「魔力に限りがある……のですよね? そうじゃないと、転移を連発して国境を越えればいいだけなのですから」


 とアレクも冷静に分析する。


 二人の言う通りだ。バティストに為す術はない。


 しかしヤツは往生際が悪かった。


「は……はは、その通り。まだ無魔法には限界がある──はずだった」

「はず……だった?」

「もう全部壊したくなったんですよ。最大火力にて、()を屠ります」


 バティストが指を鳴らすと──アネットの周りに黒色の魔力で包まれた。


「と、止めろ! なにを企んで──」


 だが、遅かった。


 バティストがアネットから距離を取ると、彼女が纏う魔力が徐々に大きくなっていく。

 濃密で膨大な魔力は、アネットをすっぽりと隠した。黒くて丸い球体が発生したような形になる。

 黒い球体が暴風を形成し、周りのものを吸い込んでいった。

 俺たちとは距離を空いているため、なんとか踏みとどまれているが、爆心地にいた帝国兵はそうでもない。



「う、うわああああああ!」

「吸い込まれる!?」



 何人かの帝国兵が大した抵抗も出来ず、黒い球体に呑み込まれていくようであった。

 彼らは断末魔を上げ、吸い込まれたのちは姿も声も消滅する。


「全てを無に帰す魔法……っ! そういうことか」


 俺たちは近くのものにしがみつき、黒い球体を観察する。


 球体の中央にはアネットがいるのか?

 彼女が常時無魔法を発動している? 


 コリンナが闇魔法に呑まれた時は、少しは意志があった。

 しかし今のアネットは、自我など持ち合わせていないのだろう。

 一人の少女のことを『実験体』呼ばわりするバティストにも、怒りが湧いてきた。


「全て、キエロ。スベテ、消えろ」


 バティストは少し離れたところで、両手を広げる。

 それはさながら、オーケストラの指揮者のようだった。


「なんとか止めたいが……手段がねえ。ジリ貧だぞ」

「それに魔力がだんだんと膨らんでいきます。このままでは、やがて私たちも呑まれるでしょう」


 ゴードンとアレクの顔にも焦りの色が見える。


 ここは逃げの一手だ。バティストを逃がしてしまうのは惜しいが、俺たちだけでは無魔法をどうしようもない。


 だが、その間に犠牲者が出るだろう。

 もし無魔法を纏ったアネットが移動すれば、まだ戦場で戦っている騎士たちが呑まれる。

 そしていずれは、フィーネのもとにも無魔法の脅威は手を伸ばし……。


「……ゴードン。俺と一緒にあいつらを足止めしてくれるか?」

「もちろんだ。お前が言い出さなきゃ、オレから話を切り出すつもりだった」


 ニヤリと笑うゴードン。


「では、私も──」

「いや、アレクはこの場から逃げてくれ」

「なっ……!」


 俺の言ったことに、耳を疑うアレク。


「なにを言っているんですか!? レオン様とゴードンを見捨て、自分だけ逃げ帰るわけにはいきません!」

「なら、どうする! このままでは三人とも呑まれる。だから……俺たちが足を止めている間に、逃げながら他の騎士たちに避難を呼びかけてくれ。そして……フィーネにも『逃げろ』と伝えろ」


 俺が死ぬのはいい。

 しかし俺のために戦ってくれた騎士や──愛する人、フィーネがいなくなるのは耐えられなかった。


「で、ですが……」

「お願いだ。行ってくれ、アレク。他の皆を──そしてフィーネを助けてくれ」

「…………」


 少し逡巡したのち、俺を説き伏せられないと悟ったのか。

 アレクは背を向ける。


「……分かりました。しかし避難が済んだら、すぐに戻ってきます」

「頼んだぞ」


 馬に乗ったアレクが、その場を去っていく。

 よかった……アレクに任せれば、もう安心だ。


「どうしようもなくなったら、ゴードンも逃がす。だからそれまで、俺に死地まで付き合ってくれ」

「おいおい、なに水臭いこと言ってんだ。死ぬ時は一緒だろう? お前が頼ってくれて、オレは嬉しいんだぜ」


 この状況下でも、ゴードンはどこか楽しげであった。


「友情かあ! 素晴らしい! 私は友人なんてもの、いませんから! 何故なら、みーんな殺してしまいましたからね! そういうものを見ると、壊したくなる!」


 バティストが強襲してくる。


 彼と戦いながら、無魔法にも気を遣わなければならない。

 厳しい戦いになると、既に予感していた。



 ◆ ◆



 レオンがバティストに勝利した──。


 その報告を受け、野営地はにわかに盛り上がったが、よくよく話を聞くとバティストを逃がしてしまったらしい。


 だけどバティストはもう死に体。

 追い詰めるため、レオンは彼を追っているみたい。


 順調……なんだけど、先ほどの報告を聞いてから、私は胸騒ぎが止まらなかった。


 ──バティストはまだ、奥の手を隠している気がする。


 そしてそれはきっと、アネットちゃんに関することで──。


「フィーネ様!」


 私が考えていると。

 アレクさんだけが野営地に帰ってきた。


「アレクさん! 戦況はいかがですか? バティストを捕らえ──」


 言い終わらないうちに、アレクさんは馬から降り、彼は私の両肩を掴んだ。



「ここから逃げてください! アネットの無魔法が暴走し、全てを飲み込んでいます!」



 え──。


 アレクさんにそう言われた時、私の中に浮かんできたのは『やっぱり』という気持ちと、『レオンはゴードンさんはどこに?』という不安だった。


「今はレオン様とゴードンが、バティストたちの足止めをしています! 彼らの戦っている場所は、こことさほど離れていません! その隙に出来るだけ遠くに……」

「待ってください」


 アレクさんの言葉を遮って、私はこう問いかける。


「レオンたちはどうなるんですか? 無魔法を止められる術はあるのですか?」

「…………」


 アレクさんは俯き、なんの答えも返さなかった。


 ──レオンとゴードンさんは、自分たちが死んでも、私たちが逃げる時間を作ってくれている。


 そのことを察した私はアレクさんに詰め寄る。


「いけません! レオンとゴードンさんを置いて、逃げることなんて出来ません! 私を二人のもとへ連れていってください!」

「で、ですが……」

「──なんの手段もなしに行っても、足手まといになるだけでしょ」


 声のする方へ顔を向けると、コリンナが話に割って入っていた。


「私もバティストに借りを返せてないからね。出来れば、あいつの鼻っ面を折ってあげたい。だけどそこのアレク?って言ったかしら。彼が言うように、このままじゃ足手まといになるだけよ」

「…………」

「別に行くなとは言ってない。だけど……あんたがそう言い出すってことは、なにか考えがあると思ってね」


 ウィンクするコリンナ。

 さすがコリンナ。私の考えていることはお見通しらしい。


 深呼吸をして考えをまとめてから、私はこう口を動かす。


「……アネットちゃんを救う方法を、ずっと考えていました。確実ではありません。ですが……()()()なら、無魔法を止められるかもしれません」

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