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59・無魔法

 名前を呼び、私は彼女に駆け寄る。


 よかった……! やっぱり、この建物内にいたんだ!


 アネットちゃんはベッドに横になっており、固く瞼を閉じている。

 いくつもの管がアネットちゃんの体に繋がれ、その先には奇妙な魔導具らしきものが置かれていた。


「これ、なんなのかしら」


 コリンナが魔導具を観察しながら、そう口にする。


 硝子製の魔導具であった。

 二つあり、一つには白い液体。もう一方には黒い液体が入っていた。


 両方の液体を見て、私はある可能性に気付く。


「液体に魔力が含まれています。もしかして……」

「ええ。黒い方は闇魔法。もう一つの白い液体は……まさか光魔法かしら?」


 コリンナも私と同じ考えが浮かんだよう。

 私は彼女の顔を見て、首を縦に振る。


 よく観察していくと、光魔法と闇魔法の魔力が含まれている液体?は管を通って、今もアネットちゃんに注がれているようであった。


「ねえ、その子。こんな得体の知れない液体を注がれて、大丈夫かしら?」

「はい。今のところ、特に異常はありません」


 ならば、この液体自体は安全なものと考えてよさそうだ。


「アネットちゃん、起きて。みんなで帰りましょう」


 彼女の体を揺さぶり呼びかけてみるが、答えは返ってこない。


「起きない……わね」

「そうですね……」


 どうしよう。

 すぐにここから脱出する必要がある。

 しかしアネットちゃんに繋がっている管が邪魔だった。


 管を外して、彼女を連れ帰る?


 ……いや、魔導具と中に入っている液体がアネットちゃんの体にどのような作用を及ぼすか、まだ分からない。

 軽率に引き抜くのは、ちょっと怖い。


 悩んでいると、部屋の中に──新たな人物が現れた。



「おやおや、行儀が悪いですね。勝手に人の家を歩き回らないって、貴族社会では躾けられないんですか?」



 咄嗟に顔を向けると、そこにはバティストが微笑みを浮かべて、部屋の入り口に立っていた。




「バティスト……!」


 私とコリンナはバティストと正体し身構える。


 するとそんな私たちを、バティストは子どもを見るかのような目つきで、


「そう警戒しないでください。今の私は機嫌がいい。なにせ、私たち帝国の悲願が果たされようとしているのですから──」


 と言って、ゆっくりと私に歩み寄った。


 腰には剣が携えられている。

 さすがにコリンナの闇魔法でも、剣神である彼と戦えば苦戦は必至だろう。

 だから彼女も、バティストが近付いてきても、動いたりはしなかった。


「機嫌がいい? 随分、余裕なのね。どうせ今頃、私たちの国の騎士がここに攻め込んでいるんでしょう?」

「まあ、そんなところです」


 コリンナの敵意のこもった質問に、意外にもバティストはあっさりと答えた。


「レオンが……?」


 まだレオンが来てくれるとは限らないけど、不思議と彼だという確信が持てた。

 しかしここから逃げ出すためにも、まずはアネットちゃんに繋げられている魔導具の正体を探らなければならない。


「答えてください。アネットちゃんに繋げられている管──そして魔導具はなんなのですか? それに中に入っている液体だって……」

「その娘はただの器ですよ」


 機嫌がいいと言ったのは本当のことだろうか──バティストは余裕に満ちた口調で語り始める。


「その娘──『アネット』の心は空っぽ。どんな思考や魔力でも、外部から自由に流し込むことが出来る。

 いわば、『アネット』は母のリアのお腹の中を試験管に見立てたような、実験的な娘だった。そしてそれは成功し、私たち帝国の利益になってくれる」

「人体実験をしていたということ?」


 そう問いかけるコリンナの声は、怒りと驚きが半々に滲んでいた。


「そういうことです。サイラスは真実を知らなかったようですが、リアの夫も帝国によって処分されました。『アネット』が産まれれば、もう用済みですからね。

『アネット』の経過を観察するためにも、母のリアは生かしていたんですが……実験が成功したのを見計らって、リアも処分されました。直接的には手を下していないものの、帝国に利用されたサイラスとリア。実に愚かですねえ」

「ひ、酷い……っ!」


 私の口からは無意識に声が漏れていた。

 アネットちゃんがサイラス様の前でも笑顔を見せず、感情表現も表に出さない理由は、それだったのだ。


「思考を外部から流し込めるから、この子を自由に操れたってことなのね。いわば、この子にしか作用しない精神操作」

「その通りです。コリンナ──あなたが好きそうな術でしょう? 他人を自分の思うがままに動かす行為を、あなたは好んでいた」

「そうね……否定はしないわ。だけどわざわざ人体実験をして、そのためだけの人間を作るって悪趣味なことをしないの。私は私の美貌を持って、周囲を傅かせるのが好きだったから」


 断言するコリンナ。

 彼女なりの矜持があったみたいだ。

 少なくとも、今のバティストのように『悪』に染まりきっていなかったということ。


「だけど……それだけじゃないんでしょ? 自由に操れる子どもが欲しいがために、『アネット』を作るとは考えられないわ。だってそんなの、子どもの頃から洗脳してしまえばいいだけのことだもん」

「おやおや。元とはいえ、さすがは聖女。気付かれましたか」


 私もここまでの二人の会話を通じて、ある一つの()()な行為が頭に浮かんでいた。


 それは……。


「ご名答──その子に光魔法と闇魔法の魔力を流し込み、適合させようとしたのです」


 私の考えを裏付けるように、バティストがあっさりと答えた。


「そんなの、可能なんでしょうか?」

「実験動物『アネット』になら出来る。何故ならその子は空っぽ。どのような魔力でも受け入れるのです」


 仮にバティストの言ったことが本当なら──光魔法と闇魔法の魔力に適用したアネットちゃんは、二つの魔法が使えることになる。


「……だから私たちが必要だったわけね。ここに来てから、変な夢ばっか見るのは、そのせいってこと」

「私たちが眠っている間に、魔力を抽出していたというわけですか……」 


 答えはなかったけど──コリンナと私の言葉に、バティストは頷く。


「だけど、そう上手くいくとは思えないわね。光魔法と闇魔法は相反するもの。いくらこの子が他人の魔力を受けつけようとも、互いに打ち消しあって消滅するが、拒否反応が起こると思うわ」

「あなたは知らないようだ。光魔法と闇魔法が混ざった時──最強の魔法が生まれる……と」

「最強の魔法……?」


 コリンナが訝しむような目をバティストに向ける。


「その名は『無魔法』。次元に干渉する魔法です。無魔法があれば、遠くの場所へ一瞬で移動することが出来たり、あらゆるものを無に帰すことが出来る」

「フィーネは聞いたことある?」

「いえ……私も聞いたことがありませんね」


 どの書物にも書かれていなかったと思うが……もしかしたら、帝国が独自で見つけた魔法なのかもしれない。


 遠くの場所に移動する魔法があれば、馬車なんて必要がなくなる。

 あらゆるものを無にするなら、どんな攻撃や魔法でも、無魔法を前にしたら無意味。


 大きな可能性を秘めた魔法に、私は身震いした。


「……そろそろ楽しいお喋りの時間は終わりのようです。さあ、仕上げといきましょう」


 バティストは歩みを再開させ、私たちに近寄る。

 私とコリンナはお互いに、彼から距離を取るように後退した。


「私があなたたちの行動に気付いていないと思いましたか? わざわざここに来るのを、見逃してあげてたのですよ」

「なるほどね。どおりで出てくる帝国兵が弱いと思ったわ。怪しまれない程度に、誘導をかけてたってこと」

「無理やり連れてくるのは、面倒ですからねえ。私はフィーネの嫌がることをしたくありません。ですが一方で、こうまでしてもあなたたちに見てほしかった。帝国の悲願である無魔法が生まれる瞬間を!」


 バティストが両腕を広げると、アネットちゃんと管で繋がっている魔導具が光りだした。


「嫌な予感がするわ。すぐにそれを潰しましょう!」

「え、ええ」

「させません!」


 私たちは魔導具の駆動を止めようとすると、バティストが剣を抜いて襲いかかってきた。


「コリンナ!」


 咄嗟にコリンナの体を抱いて、地面に転がる。

 頭上を剣が通過し、冷や汗をかく。


「無魔法が誕生した以上、あなたたちは用済みと帝王陛下から言われていますが──安心してください。フィーネ、あなたは連れていってあげますよ」


 とバティストは手を差し出す。

 もちろん、私がその手を取ることはない。


「お断りします」

「あなたもまだ気持ちが変わらないんですか。あなただけが心細いながら、妹のコリンナも連れていってあげましょうか?」


 まるでものを見るかのような目つきで、コリンナに顔を向けるバティスト。


「コリンナ──あなたは私の好みではありませんが、顔はいい。他の男の愛玩動物として需要があるでしょう。それでも王都に戻るより、立派な暮らしが出来ると思いますが?」

「お気遣い、ありがとう。でも私にだってプライドがあるわ。バカにしないで」


 声に怒りを滲ませて、コリンナがバティストを睨み返す。

 並の人間なら気圧されてしまうくらいの迫力だ。


 しかしバティストは彼女の視線を真正面から受け止め、つまらなそうにこう口にする。


「面倒臭いですね……そうだ──逃げられないように、両足を切断しておきましょうか。変態貴族は、そういう女性も好きだと聞いたことがありますし」


 ぶつぶつと呟くバティストは、一切の罪悪感を抱いていないようだった。

 明日の天気を話すかのように、邪悪なことを口にする。


 彼は床に膝を突く私たちを鑑賞しながら、剣を振り上げる。


 情けないことに、恐怖で逃げられなくなっていた。

 でもコリンナだけは守ろうと、彼女の体に覆い被さる。


 次に襲いくるであろう痛みに備え、目を瞑ると──。



「フィーネ!」



 私の大好きな人の声が聞こえた。

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