52・囚われた姫君
唐突に扉が開き、一人の男性が顔を出した。
「あなたは……」
「あなたとこうして顔を合わせるのは、初めてですね」
そう言って、彼は優雅に一礼して。
「初めまして。私はバティストと申します。もしくは、こう名乗った方がピンとくるでしょうか──剣神と」
彼──バティストが顔を上げると、顔には薔薇のような笑みが浮かんでいた。
剣神バティスト──先の戦争で、レオンたちを苦しめてきた張本人のはずだ。
確か今は王都の牢獄に閉じ込められているはずだけど……。
「どうして、あなたがここに?」
だから、そのまま疑問をぶつけてみる。
しかしバティストはどうでもよさそうに、
「まあまあ、別にいいじゃないですか。私がここにいるということは、どういうことか分かるでしょう?」
と答えた。
ここが王都内の牢獄……なわけがないし、なんらかの手段でバティストは脱獄したということだろう。
そして脱獄したバティストは私を攫った。
今思えば、意識を失う前に聞いた声は彼のものだったと思う。
ならば次なる質問は決まっている。
「あなたはなにを考えているんですか? どうして私を──」
「まあまあ、そう慌てないでください。順番に説明しましょうか」
優雅な足取りでバティストはベッド傍の椅子に座り、私を見据えた。
なんとか彼の前から逃げようとしてみるけど……出来ない。少しでも妙な動きを見せれば、バティストはいとも容易く私を捕まえるだろう。
私はただの軍医で、バティストは帝国最強とも称される剣神。
強行突破は無謀だった。
「私があなたを攫った理由は、あなたが持つ光魔法の力が目的です」
一瞬、心臓が口から出てしまいそうになった。
「光魔法? なんのことですか?」
「とぼけても無駄ですよ。調べはついていますので」
知らないふりをしたそうが、これも無駄そうだ。
私は黙って、バティストの話に耳を傾ける。
「あなたが光魔法に目覚めた理由──知りたくないですか?」
「それは……」
「あなたの母親に理由があります」
「私のお母様に……?」
「はい。あなたの母親は元々、帝国出身の人間でした」
それは初耳だ。
驚愕している間にも、バティストは話を続ける。
「宮廷魔導士の一人だったんですけどね。彼女には光魔法の素質がありました。しかしそれは開花せず……帝国に利用されることを嫌がった彼女は、帝国から逃げ出しました。そしてある貴族の家の侍女として潜り込んだのです」
「それが私の家──ヘルトリング伯爵家のことですか」
「その通りです。光魔法の素質はあるとはいえ、完全に開花する望みは薄かった。それに国境を越えられたら、さすがに簡単に連れ戻すのは不可能ですからね。帝国としても、彼女を放置しました」
しかし状況は変わった──とバティストは少し興奮して、さらに続ける。
「彼女の娘──あなたが光魔法の使い手として覚醒しかけていたのです。そして先の戦争で、あなたは力に目覚めた」
バティストは話を続ける。
「宣戦布告なしで戦争を起こしたのも、あなたを連れ去るためです」
「ですが、最終的にあなたはレオンを前に敗北し、あの場で私を捕えることも出来ませんでした」
「そう……それが私の計算違いでした。レオン、ゴードン両名の力を見誤っていた。しかしさほど問題ではない。少し計画の修正は強いられますが、いつでも脱獄出来ると思っていましたから」
バティストの言葉は、決してブラフではない。
現に牢獄から出て、私をこんな場所に連れてきている。
まるで午後の紅茶を嗜むため、喫茶店に出かけるかのごとく、バティストの口から語られる言葉はゆったりしたものだった。
「なんなら、聖女コリンナの闇魔法の力も覚醒しましたし、結果的には全てが最良で終わりました。私の計画ではあなたの光魔法だけではなく、コリンナの闇魔法も必要になってくるのですからね」
「計画……? 私の光魔法が目的だということは分かりました。しかしそれであなたはなにをされるつもりですか? 帝国の兵士として利用するつもりですか? ならば私の光魔法はまだ不完全。あなたの想像通りにいくことはないと思いますが──」
「そう結論を急がないでください。たくさん喋って、私も疲れました。この話に続きはまた別日に……」
話を打ち切り、ゆっくりと椅子から立ち上がるバティスト。
「安心してください。あなたに危害を加えるつもりはありません。不便なことがあれば、すぐにお申し付けくださいませ。もっとも……国境を越えるにも一筋縄ではいかないものでね。あなたを帝国に連れ帰るのは、まだ時間がかかりそうです」
バティストの言葉を信じると──まだ国内であるらしい。
眠らされていたとはいえ、そう遠い距離には連れてこられていないだろう。
きっと、サイラス様の屋敷からさほど離れていないはず。そこに活路があると考えた。
「まあ……場合によっては、あの人はあなたをお求めにならないかもしれませんがね」
「あの人……? 誰のことですか?」
「帝国を統べる者──帝王陛下ですよ」
とバティストはその名を告げる。
元々帝国は好戦的な一面はあったものの、今のように他国に積極的に戦争を仕掛けてはこなかった。
しかしそれも今の帝王陛下に変わってから、ガラリと方針が変わったという。
話を聞いているうちから薄々と勘付いていたけど……帝王陛下は私を軍事利用しようとしているのだろう。
だけど場合によっては、来てもらう必要がないとは……?
「しかし私は仮に陛下が求めなくても、あなたに帝国に来てもらうつもりです」
疑問に思っていると、バティストは私に右手を伸ばした。
え──と思うのも束の間。
彼は私の顎に手をやり、くいっと軽く持ち上げた。
「私は──あなたが欲しい。美しい女性だと知っていましたが、こうして目の前にして、考えが固まりました。あなたが人の妻であることは耐えられない。ならば帝国に連れ帰れば、あなたを私のものにすることが出来る」
そう語るバティストの目には、異常なまでの激情が浮かんでいた。
ぐつぐつと煮えたぎるような瞳に怯え、私は目を離せない。
だけど同時に嫌悪感も湧いてきた。
「や、やめてください。私はレオンを愛しています。あなたのものにはなりませんから」
無理やりバティストの手を振り払った。
しかし彼はご満悦な顔になり、
「そういう気の強いところも好きです。焦る必要はありません。これから時間をかけて、あなたを私のものにしてあげますから」
と余裕気に口にした。
彼の言葉にぞっとする。
「あっ、そうそう……」
バティストはポンと手を打ち。
「一人では寂しいし退屈でしょう。今のあなたにぴったりの人物も……」
「バティスト、どこにいるの。喉が渇いたわ。紅茶を淹れて──」
私がバティストから視線を逸せないでいると。
声が聞こえたかと思うと、今度は女性が部屋に入ってきた。
彼女の顔を見て、私は驚きの声を上げてしまう。
「コ、コリンナ!?」
名前を呼ぶと、彼女──コリンナは忌々しげな視線を私に向けた。




