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50・怪しげな呼び出し

 あの後。

 私たちはすぐにサイラス様の屋敷に戻った。

 アネットちゃんの体調が悪くなった以上、街中の散策は取りやめざるを得ないと考えたからだ。

 日も落ち、サイラス様も帰ってきてから、私は午前にアネットちゃんに起こった異常について報告した。


 するとサイラス様は表情を暗くし、



『アネットが急に苦しみだすのは、今までも何回かあったんだ。医者や治癒士に見せても、原因は分からなかった。普段は元気なんだが……』



 と言っていた。


「アネットちゃん、心配ですね」

「ええ。せめて原因が分かればいいんですが……」


 夜。

 アレクさんと午前の事件について話し合っていると、彼も心配そうにしていた。


 明日の朝、私たちはサイラス様の屋敷を出なければならない。

 結局アネットちゃんの笑顔を見られなかったし、彼女の身に起こった異常も根本的には解決出来なかった。

 無力感に苛まれ、つい俯いてしまう。


「そう、暗い顔をしないでください」


 しかしそんな私をアレクさんが励ましてくれる。


「アイスクリームを食べた際、アネット様の子どもらしい一面も見ることが出来たではないですか。なにも収穫が得られなかったわけではない」

「そうですけど……」

「後ろ向きになりすぎる必要はないでしょう。私たちに必要なのは時間でした。別に今生の別れというわけでもないですし、またレオンにお願いをして、アネット様と会う機会を作ればいいはずです」


 確かに……悲観的になりすぎていたかも。


 アネットちゃんとの仲は少しずつだが、前進している。

 同じ国内だし、会うのもそこまでハードルが高いわけでもない。

 これからも定期的にアネットちゃんに会いにこよう──そう思った。


「明日の朝は早い。今日はもう寝ますか」

「ですね」


 そんなやり取りを交わしたのち、私たちが自分の部屋に戻ろうとすると──。


「アネットちゃん?」


 廊下の先からアネットちゃんが、こちらに歩いてきた。


「どうしたの? もう遅い時間だよ。もう寝なくっちゃ」

「……おとうさんが、そっちの男の人を呼んでる。今すぐ、書庫に来てくれって」

「私ですか?」


 アネットちゃんの言葉に、アレクさんが不審げにする。


「こんな遅い時間に……妙ですね」

「アネットちゃん、サイラス様──お父様は理由について、なにか話してた?」


 私が問いかけても、アネットちゃんから答えは返ってこず、首を横に振った。


「私が呼ばれるならまだしも、アレクさんを呼ぶのは不思議ですね……私も行ってもいいですか?」

「おとうさんは、そっちの男一人で来いって言ってた」


 ますます変な話だ。私に聞かれたくない話でもするつもりなのだろうか?


「アレクさん、どうしますか?」

「そうですね……妙な話ですが、気にかかります。私一人で行ってきます。フィーネ様の()()を確保するためにも……ね」


 どうして、私の安全かどうかという話になるんだろう?

 疑問に感じたが、それを問いただすよりも早く、アレクさんは書庫の方へ向かっていった。


「私は……部屋に戻ろっかな。アネットちゃんも──」


 踵を返そうとすると、アネットちゃんは私の服の袖を掴んだ。


「その前に、おねえちゃんに……来てほしいところがある」

「どこかな?」

「こっち」


 質問に答えてくれず、アネットちゃんは元来た道を小走りで逆走した。


「ちょ、ちょっと、待って! アネットちゃん!」


 すぐに私もアネットちゃんを追いかける。


 それにしても……今のアネットちゃん、やけに喋るような?


 午前中はアイスクリームを食べて、ようやく『おいしい』と喋ってくれた彼女なのだ。なのにいきなり口数が多くなるのは違和感があった。

 今の違和感が残るアネットちゃんを一人にさせるわけにもいかない。


 私がいくら呼びかけても、アネットちゃんは振り返らず、走り続けた。



 ◆ ◆



(こんな遅い時間にサイラスからの呼び出し……警戒するのも無理はないですね)


 書庫に続く廊下を歩きながら、アレクは思う。


(それに私一人を呼び出すのも不思議だ。最後までなにも情報を掴めないと思ったが──ようやく尻尾を出す気になってくれたか)


 現状、サイラスが怪しいのは事実である。それは書庫の引き出し内に隠されていた、彼の元妻──リアの日記からも読み取れる。


 ならば、不用意にフィーネをサイラスに近付けさせるわけにもいかない。

 戦いが起こるかもしれないのだから──。


 アレクはようやく書庫の前に辿り着き、ノックをしてから中に入った。


「失礼します」


 相手がどう仕掛けてきても対処出来るように、周囲に神経を張り巡らしながら、声を発する。

 アレクが歩を進めると、サイラスは驚いたようにこちらを見た。


「アレクじゃないか。どうしたんだい?」

「はい……?」


 おかしい。

 サイラスから私を呼んだはずだ。それなのに、どうしてこんな表情をする──。


「私をお呼びではなかったんですか?」

「……? 僕が? いやいや、呼んでないよ。僕は日中の仕事の事務処理をしていただけ……」


 見れば、サイラスの手元には書類が握られていた。ここからでも見れる範囲では、特に不審なところはないように思える。


(どういうことだ……?)


 サイラスが嘘を吐いている?

 しかしなんのために?


 それに彼が本当のことを言っていないようには思えない。本当に彼はアレクがここに来たことを心底驚いているようだった。


(ならば言伝が間違っていた? 私がフィーネ様と別行動を取ることを見越して、ここに呼び出した。その人物とは──まずい!)


 アレクは自分の失態に気が付き、振り返る。


「フィーネ様が危ない!」



 ◆ ◆



「アネットちゃん、どこに行くの?」


 走るアネットちゃんに付いていくと、屋敷の玄関まで来てしまった。


「お外に出ちゃうよ? 夜なのに、お外に出たら危険だよ」

「…………」


 しかしいくら問いかけても、アネットちゃんから答えは返ってこない。

 さっきは彼女にしては珍しく、いっぱい喋ってくれたのに……。


 アネットちゃんは振り返りすらせず、とうとう屋敷の外に出てしまう。彼女を放っておくわけにもいかず、私も彼女を追いかけた。


 走り続けるアネットちゃん。


 とはいえ、子どもの走る速度だから、付いていくことはさほど難しくはなかったが……敷地からも出て、不安な気持ちが勝る。

 これ以上はいけない。


「アネットちゃん!」


 私はアネットちゃんの肩を掴み、語気を強くする。


「アネットちゃん! 聞いて! サイラス様にも言わず、お外に出るなんて──えっ?」


 アネットちゃんは振り返させると、彼女が浮かべていた表情を見て、私は言葉を失ってしまう。


 なんの感情も持たない顔。

 元々無表情な子だったけど……これは異常な気がする。

 丸くて大きな黒目は、夜に溶け込むような深い色をしている。どこに焦点が向いているのかも分からなかった。


「あなたは一体……」


 そう言葉を続けようとすると。



「ようやく、あなたをこの手にすることが出来る」



 後ろから声──。

 同時、布のようなもので口元を押さえられる。布を当ててきた両手を掴み、引き剥がそうとするが……力には抗えなかった。


「んんんっ!」

「おとなしくしてください。もう夜は遅い。なにも心配せずに、ゆっくり眠ってください。起きた時には──あなたは()()()()として帝国に出迎えられる」


 真の聖女……? 帝国?

 なんのこと?


 しかし口元を押さえる布に、なにか薬品を染み込ませていたのか、意識が朦朧としてくる。


 ダメだ……すぐに逃げないと。


 そう思うが、とうとう視界がぼやけ、意識が遠のいていく。


 意識が遮断される前──最後に見たのは、無表情で立ち尽くすアネットちゃんの姿であった。

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