46・その頃のレオン、そしてフィーネ
(レオン視点)
「レオン様、すごいな」
「ああ。さすがは国境線沿いの守備を任されているだけのことはある」
「正直……見るまでは舐めていたが、王都の騎士団に引けを取らない」
「ゴードン……っていう騎士団長もすごいぜ。レオン様の動きに付いていっている」
本日の合同演習も終わり。
俺とゴードンが休憩を取っていると、周囲では王都の騎士団が話をしていた。
「最初は心配していたが、絶好調だな──レオン。杞憂に終わりそうだ」
周囲の声に気を良くしたのか、ゴードンが強い力で俺の背中をバンバンと叩く。
「心配? 体調は万全だぞ」
「分かってんだろ。フィーネのことだ。フィーネにしばらく会えないから、動きが鈍るかと思ったぜ」
「そ、そんなこと──」
ない──と言いかけるが、寸前で止まる。
ゴードンの言っていることも、あながち間違いではないからだ。
まだ丸一日も経っていないのに、既に俺は『フィーネ欠乏症』に陥っていた。
アレクに任せているから大丈夫だと思うが、フィーネは無事だろうか?
もしや、サイラスにイビられているんじゃなかろうか?
そうなったら、俺は帝国との繋がりうんぬんを抜きにしても、ヤツとの関係を考えなければならない。
まずはサイラスを問い詰め、もしフィーネを悲しませるようなことがあれば、俺の手で……。
「レオン・ランセル公爵。本日は礼を言う。君の戦い方を見れて、私も参考になったよ」
どす黒い感情が渦巻いていると、大柄な男──エアハルト騎士団長が声をかけにきた。
「恐縮です。それに……お互い様です」
実際、騎士の頂点だと呼ばれているだけのことはあって、エアハルトの動きは段違いだ。
彼はほとんど指揮に回っているとはいえ、時折垣間見える能力の高さには尊敬の念すら抱いた。
「はっはっは、名高い君に言われると私も照れるな。これでも戦いの腕は衰えたほどだ。もっと若い時は、俊敏に動けたんだがな」
全盛期を過ぎたのに、あれほどとは……昔はどれだけ強かったんだ。
合同演習中、暴風の中心にいるかのようなエアハルトの動きを思い出して、内心嘆息する。
「しかし……一つ言わせてもらうなら、君の動きには力強さがなかった。他に憂慮すべき点でもあるのか?」
「俺は修行中の身。考えることが多いので」
「なら、戦いの最中は余計なことを考えるのは、なしにした方がいい。それでも考えがよぎる場合は──守るべき者を思い浮かべろ。さすれば、君はもっと強くなれる」
そう言い残して、エアハルトは俺の前から去っていった。
「さすがだな、エアハルト騎士団長。オレは気にならなかったが……僅かな心の隙間に気付いてたな」
「ああ」
フィーネとしばらく会えないことが、ここまで響くとは……。
しかし明日以降も合同演習は続く。
万が一にでも、エアハルトにフィーネの力の正体を悟られないようにしなければ。
そうあたらためて気を引き締め、踵を返した。
◆ ◆
(フィーネ視点)
早いもので、サイラス様の屋敷に来て三日目。
特にトラブルは起こっていないけど……相変わらずアネットちゃんが心を開いてくれないのが、唯一の気掛かりだった。
「このままじゃ──いけない」
私はそう呟く。
お父さんであるサイラス様ですら、アネットちゃんの笑顔を見たことがないと言っていたのだ。
それなのにたった三日間で、私が彼女をどうにか出来るとは思えない。
だけど……なんだかほっておけない。
きっとそれは、昔の彼女を思い出しているからだろう。
とどのつまり、私は後悔しているのだ。
昔、彼女の笑顔を見られていれば、今みたいになっていないのに──。
もちろん現状に不満はない。レオンに嫁ぐことが出来て、私は世界一の幸せものだと思っている。
だけどそれで完全に割り切れるほど、私も人間が出来ていないのだ。
アネットちゃんの笑っているところを見たい──でも方法が思い浮かばない。
やきもきした気持ちになっていると、幸運にもチャンスが転がり込んできたのだ。
「すまない、午前中にどうしても出かける用事が出来たんだ」
朝起きて。
私とアレクさんは呼び出され、サイラス様にそう告げられた。
「今進めている商談の話でね。子どものアネットを連れていくわけにもいかない。だけど使用人は呼んでいる。君たちが不便な思いをすることはないけど……」
サイラス様は屋敷に来た三人の使用人に視線を移す。
先ほどから、彼はずっと申し訳なさそうだ。
「大丈夫ですよ。急な用事なら仕方がありません」
「本当にごめん──そうだ。今日は街にでも出掛けてみたらどうかな? 二日間もこの屋敷にいて、さすがにもう飽きただろ?」
「飽きてはいませんが……良い気分転換にはなりそうですね」
この近辺には、私も来たことがなかった。実家やレオンの屋敷の周りとは違う、お店も建ち並んでいるだろう。
それに。
「アネットちゃんも一緒に行きましょうか」
「…………」
アネットちゃんに聞いてみるけど、やっぱり返事はなかった。
このまま屋敷の中にいても、アネットちゃんを笑わせられるとは思えない。
ならばいっそのこと、外出したらなにか変わるかもしれない──そう考えたのだ。
「いいね、アネットもお家にずっといるままじゃ、運動不足になっちゃうよ? フィーネさんに付いていきなさい」
「ん……」
サイラス様が言うと、ようやくアネットちゃんは首を縦に振ってくれた。
こんな可愛い子と一緒にお出かけすることが出来るなんて……早くも気持ちが高まる。
「アレクさんはどうされますか?」
「フィーネ様をお一人に出来ませんよ。もちろん、私も同行します。それに──」
とアレクさんは派遣された使用人たちを眺めて、なにかを呟く。
「……屋敷の中を調べるのは今がチャンス。しかしサイラス様がその可能性に思い至っていないわけがない。この使用人たちもサイラス様の息がかかった者だろう。なにかの罠だという可能性もあるし、ここで動くのはあまりに早計……」
「アレクさん?」
「いえいえ、なんでもありませんよ」
アレクさんの顔を下から覗き込むと、彼は言葉を切り、柔らかな瞳を私に向けてくれた。
なにを呟いているかは分からなかったけど……一瞬怖い顔をしていたような?
私の考えすぎかもしれないけど。
「じゃあ、悪いけど僕は行かせてもらうね」
急ぎ足でサイラス様は屋敷から出ていってしまった。
「私たちも準備を済ませて、屋敷を出ましょう。アネットちゃん、今日もよろしくね」
と声をかけるけど、やっぱりアネットちゃんから言葉は返ってこなかった。




