45・アレクの奮闘劇(アレク視点)
レオンがサイラスの屋敷に着いた日の夜。
屋敷内ではフィーネたちの歓迎会が行われた。
もっとも、歓迎会にいるのはフィーネとアレク。サイラスとアネット四人だけのささやかなものだ。
サイラスは最近料理にはまっているらしく、彼特製の料理が出された。
無論──気にしすぎかもしれないが──料理に毒が混入されるかもしれない。
アレクはそう考え、自分自身も厨房に立ったが……サイラスに不審な動きは見られなかった。
フィーネはアネットに何度か話しかけていたが、反応は芳しいものではなかった。
そのことにフィーネは残念そうな顔をしていたが……一朝一夕で彼女の目標が果たされるほど、簡単なものじゃないだろう。
夜。
アレクはフィーネの隣室で少しの物音も見逃さないように、神経を研ぎ澄ませていたが、ここでもなにも起こらなかった。
やはりサイラスは『白』なのでは──。
そう思いかけるが、アレクはその考えを振り払う。
(まだ私たちが来たばかりです。一日目はサイラス様も様子見だったかもしれません)
そして──一夜が明け、アレクは行動を起こすことにした。
「フィーネ様、私は少し屋敷の中を散歩してきます。くれぐれも屋敷の外には出ませんように」
「分かりました」
アネットと遊ぶフィーネにそう言葉をかけ、アレクは彼女と別行動を取ることにした。
(この屋敷の敷地の中にいる限りは、フィーネ様の身になにが起こっても対応出来る。私は私でやるべきことをやらなければ──)
やがてアレクが辿り着いたのは、屋敷内の書庫の前である。
「さてさて──失礼しますよ」
人の気配がないことを確認してから、アレクは慎重に書庫内に足を踏み入れる。
(書庫自体は自由に使っていいと言われていますが、用心に越したことはありません)
そう思いながら、アレクは自らの使命を頭の中で考える。
アレクに命じられたのはフィーネの護衛だけではない。
帝国出身のサイラスの元妻──リアについて、情報を得ることだ。
リアについてサイラスに聞いても、当然まともな答えが返ってこないだろう。
ゆえにアレクは隠密行動を取り、サイラスが帝国とまだ繋がっている証拠を得なければならなかった。
(もちろん、なにも出てこないのが一番なんですが──)
そんなことを考えながら、アレクは書庫内のテーブルの前に立つ。
一番下の引き出し。
そこに鍵がかけられていた。
(見られたくないものでもあるのでしょうか)
しかし引き出しにかけられていた鍵は簡素なものだった。
これくらいならアレクでも開けられる。
アレクは持参していた針金を取り出し、それを鍵穴に差し込む。何度か弄ったのち、解錠した。
(さて、なにが出てくるやら)
息を呑み、アレクが引き出しを開けると──中から一冊の本が出てきた。
(日記帳……?)
アレクは躊躇せずに、日記帳のページを捲る。
すると一枚の写真がひらひらと床に落ちた。彼は写真を拾い上げ、そこに写っているものを見る。
──仲睦まじい家族の写真だ。
一人はサイラス、もう一人の女性は……おそらく彼の妻、リアなのだろうか。
この写真からでも二人の仲の良さが伝わってくる。
そしてサイラスとリアの間に挟まるように、彼らの娘アネットも写っていた。
楽しそうなサイラスらの一方、アネットは無表情である。
まるでなんの感情も持たない人形のよう──というのは現在の印象とさほど変わらない。
(お母さんであるリアを亡くして、アネットは感情を失った……というストーリーを描いていたんですが、どうやら違うようです)
アレクは写真から一旦視線を外し、今度は日記帳に目を向けた。
どうやら、中はリアによって書かれたものであった。夫と子どもと暮らす楽しい日々について綴られている。
しかし徐々に雲行きが怪しくなる。
文章からでもリアが精神的に病んでいることが伝わってきたのだ。
(明確なことは書かれていないんですが……どうやら、罪悪感を抱いているな印象を受ける。どうして?)
さらにアレクがページを捲っていくと気になる記述を見つけ、手を止めてしまう。
『帝国は新たな力を独占したいらしい。それが実現すれば、帝国のさらなる発展が約束されるだろう。何故なら、その力は同質の力でしか打ち破ることができないからだ』
(新たな力……? 同質の力でしか打ち破れない? 一体、リアは──いや、帝国はなにを考えている……?)
だが、詳しいことは書かれていない。
こうして他の人に見られる可能性も考えていたんだろうか?
だとするなら、強かな女だ。
さらなる情報を求め、アレクがページを捲ろうとすると──。
「あれ? アレク、こんなところにいたのかい」
扉が開き中に入ってきたのは──サイラスであった。
アレクは慌てず、落ち着いた所作でそれとなく日記帳を引き出しの中にしまい、笑みを浮かべる。
「フィーネはどうしたんだい?」
「フィーネ様は今頃、アネット様と遊んでおられます。私は小さい子どもがどうも苦手なもので……フィーネ様も楽しそうにしていましたし、アネット様は彼女に一任するのが良いと思いまして」
無論、アレクが子どもが苦手というの事実はない。
しかし怪しまれないように、アレクはサイラスに嘘を伝えた。
「そうだったんだ。アレクが本が好きだっけ? つまらない本しか置かれてなくて、がっかりしただろ」
「そんなことはありません。どれも興味深いものばかりでした」
サイラスと出くわすことは避けたかったが、こうなる事態も予測していた。
ゆえにアレクはあらかじめ用意していた台詞を、すらすらと口にした。
「なら、よかった。ん……」
サイラスが声を発し、机の上に視線を向ける。
そこにはサイラスと元妻リア、そしてアネットの三人が写っている写真が残されていた。
(しまい忘れていたか……!)
写真が挟まれていた日記帳がある場所には鍵がかけられていた。サイラスにとって、見られたくないものだったはずだ。
刹那の間。
アレクはどう誤魔化そうか逡巡していると、
「懐かしい写真だね。いやはや、恥ずかしいものを見られてしまった」
全く気にしていないのか──サイラスは柔らかい笑みを浮かべた。
思わず、警戒心を解いてしまいそうになる。
(この写真は見られても問題なかった……? だが、それならどうして引き出しに鍵がかかっていた。なにを考えている……)
「すみません、机に上に置かれていたので勝手に見てしまいました。ですが、どうして恥ずかしいと……?」
アレクは考えながら、澱みない口調で問いかける。
「僕は妻のことをずっと愛している。それを恥だとは思わない。しかし人によっては、まだ感情の整理も付かない未熟者だと判断する人もいると思ってね」
「そんなことはありません。いつまでも妻を愛するのは素晴らしいことじゃないですか。いつまでも落ち込む必要もないとは思いますが、それを恥じることもありません」
「……アレクは優しいね。そう言ってくれると、少しは気が楽になるよ」
そう言って、サイラスはアレクに背を向ける。
「ごゆっくり、どうぞ。この書庫は自由に利用してもらって構わないから」
と言い残し、サイラスはアレクの前から立ち去ってしまった。
(……これ以上の捜査は難しそうですね)
自由にしてもらって構わないという言葉は、彼なりの牽制かもしれない。
次に怪しい真似をすれば容赦はしない──サイラスがそう言っているように、アレクは聞こえた。
(しくじりましたね。日記帳に意識を取られ、サイラス様が来るのに気がつきませんでした)
だが、サイラスの家族にはなにか秘密がある──。
アレクはそう確信を深めるのであった。




