44・騎士の頂点(レオン視点)
フィーネがサイラスの邸宅に到着しているであろう頃。
俺は王都の騎士団との合同演習地に着き、辺りを見渡していた。
土煙と火の匂いがする。
まだ合同演習は始まっていないというのに、俺と王都──両方の騎士たちは既に意気込んでいた。
「そんな仏頂面をして、どうした」
物思いに耽ていると、大柄な男が話しかけてきた。
赤髪で豪快さが目立つ男である。
名をゴードンといい、我がランセル騎士団の隊長を任せている。
そして俺の古くからの友でもあった。
「俺はいつもこんな顔だ」
嘆息しながら、言葉を返す。
「それはそうかもしれないが、今日のお前はいつもと違う。ぶすっとした顔がいつもより酷い」
「お前の気のせいだ」
「そうか? オレはそうじゃないと思うがな。お前の考えていることを当ててやろうか? ──ずばりフィーネのことだ」
ニヤリと笑いながら言うゴードンに対して、俺は顔をしかめた。
無言の俺を見て、自分の言ったことが正解だと思ったのか、こいつは勝手に喋りだす。
「そりゃあ、愛しのフィーネに会えないんだもんな。しかも今はサイラスんとこに行ってるんだったか? お前が心配になるのも仕方がない」
「どこで聞いたんだ」
「お前んとこの執事だよ」
「やはりか……」
全く……アレクにも困ったものだ。優秀な騎士であり執事なんだが、信頼した相手に対しては少々口が軽くなることがある。
「お気遣い、ありがとう。しかし俺は大丈夫だ。合同演習に集中する」
半分皮肉を込めて礼を言い、俺は王都の合同演習について考える。
これから約三日間、休まる時がない。
王都の騎士団といったら、国内でも最強の部類に入る。
我が騎士団も選りすぐりの騎士が集まったとはいえ、色々と学ばせてもらうところも多いだろう。
お互いにとって、実りのある合同演習になるはずだ。
だが、あえてこの時期に合同演習をやるということは──。
「……王都の連中、フィーネのことを勘付いていると思うか?」
顔を近づけて、小声で探りを入れてくるゴードン。
フィーネのこと──無論、彼女が光魔法の使い手であることだ。
ゴードンもお調子者な部分があるが、弁えるべきところはきっちりと弁える。
こいつの口からフィーネのことが漏れることがないと思い、詳しい事情を話していた。
「それはないと考えている。もし少しでも勘付いていたなら、こんなまどろっこしい真似をせずに、直接俺に問いただしてくるはずだ」
いくら情報を操作しているとはいえ、秘密は漏れるものだ。
しかもそれが国の未来を左右するかもしれない、光魔法のことである。
王都の連中が敏感になるのも仕方がない。
ゆえに今回の合同演習は、俺に探りを入れるためでは──と勘繰るのも、これまた仕方のない話であった。
「確信はないと思うがな」
だが──とゴードンは続ける。
「警戒しておいて、損はない。なにせ今日はあの騎士団長様も来るんだ。少しでも隙を見せれば、すぐにつけ込まれ──」
「君がレオン・ランセル公爵か?」
話をしていると──。
不意に横から話しかけられた。
話を切りやめ、なるべく冷静に努めながら振り返る。
「はい、その通りです」
と──話しかけてきた男、エアハルトに答えた。
エアハルト。
王都の騎士団の団長であり、全ての騎士の頂点。
その実力はすさまじく、一人で千の騎兵を相手にしたという伝説も残っている。
「エアハルトだ。これから三日間の合同演習、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。本来なら俺の方から挨拶に行くべきでした」
はきはきと喋り、頭を下げる。
普段は豪快なゴードンも、エアハルトを前にしてその態度を貫くのか難しいのか、恐縮している様子だった。
「問題ない。噂のレオン・ランセル公爵には、前々から一度会ってみたかった。聞いているぞ。先の戦争では帝国軍を退け、剣神バティストを捕えた……と」
「恐縮です。運がよかったです」
「そう謙るな。それは命を懸けて戦った、君の部下を愚弄することになる。謙遜は美学だが、いきすぎると卑屈になる」
「おっしゃる通りです。失礼いたしました」
俺も数々の修羅場を潜り抜けてきたつもりだ。
だが、この男を前にすると、まるで全てを見透かされているような気分になり、いつもの調子が出せなかった。
「噂の通り、腕っぷしの強さだけではなく、中身も騎士として伴った男だな。そういえば──」
値踏みするような視線をエアハルトは向け、こう続ける。
「聞いたぞ。最近、とある伯爵令嬢と結婚したのだったな」
「…………」
ただの世間話のつもりかもしれないが──警戒してしまう。
しかしそれを表に出すわけにもいかず、俺は冷静に口を動かした。
「はい。俺にはもったいないほど、よく出来た女性です。治癒魔法の腕も一級品で、時には軍医としても働いてもらっています」
「それも聞いている。さすがはあの聖女コリンナ──おっと、今は聖女じゃなかったか。君が結婚した女は、魔女コリンナの姉だったな。彼女にも期待している」
俺の結婚相手がフィーネであること。フィーネはヘルトリング伯爵家の長女であり、コリンナの姉だということ──。
それは結婚した際に、王宮に伝えている内容だ。
これくらいなら、エアハルトが知っていても変ではない。
重要なのはフィーネが光魔法の使い手である部分。
それが知られた場合、王都の連中は血眼になって、彼女を手駒にしようとするだろう。
「今回の合同演習は、親交を深める目的が多い。時間が空けば、彼女についても話が聞かせてもらえれば幸いだ」
「もちろんです」
そう言って、俺たちは握手を交わした。
エアハルトは言いたいことを言い終わったのか、俺たちに背を向けた。
「……悟られたと思うか?」
彼が去っていくのを見届け、ゴードンが問いかけてくる。
「大丈夫……だと思う。だが、相手はあの騎士団長だ。お前が言う通り、警戒しておこう」
「だな」
公爵夫人として嫁ぎながら、軍医としても活動しているフィーネは珍しい存在だ。
というか、そんな例は聞いたことがない。
だからエアハルトが物珍しがって、俺にフィーネのことを聞いてくるのも自然だった。
だが……さっきから胸騒ぎがする。
それはあの男の全てを見通すような瞳の魔力に、囚われてしまっただろうか。
やはりこの合同演習、ただでは終わりそうにない。




