39・ぱっとした感じ
新章開始にいたしまして、WEB版の設定をいくつか変更しています(書籍版をお読みの方は、読み流しても大丈夫です)
・剣神の名前を『ボニファーツ』から『バティスト』に変更。
・『隣国バヴェニ』を『帝国』に変更。
・戦争が終わり、捕えられたのは『コリンナ』だけではなく、『バティスト』もいる。
「レオン様」
扉をノックし名前を呼ぶと、ほどなくして向こう側からこう声が返ってきた。
「フィーネか、入ってくれ」
返事があって、中に入ると──執務机の前にレオンが座っていた。
レオン・ランセル公爵。
若くして公爵家当主を継ぎ、臣下たちからの人望も厚い。
国境線沿いで帝国の侵略を防ぐ領地を預かっていることもあり、彼が率いる『ランセル騎士団』は国内でも随一の実力を誇る。
夫でもあり、彼の優しさに私は何度も心を打たれてきた。
「おはようございます、フィーネ様」
そんな彼の隣に立つのは執事のアレクさん。
とはいえ、ただの執事ではない。
戦争になれば執事の服を脱ぎ、騎士として戦うこともしばしば。
その素早い剣筋から、《疾風の騎士》という二つ名もあるらしい。
とはいえ、アレクさん本人はこの二つ名のことを『ダサい』と思っているらしい。あまり気に入っていないようで、呼ぶと顔を顰めるんだけどね。
「遅くなり、申し訳ございません」
「いや、いいんだ。そう急ぐことでもない。そんなことよりも……」
「……?」
レオン様が私の姿をじーっと見て、固まっている。
彼の真意が読み取れず、私は首を捻る。
「おお……! レオン様。今がチャンスです。フィーネ様もあなたのお言葉を待っていますよ」
アレクさんにいたっては、何故だか拳を握って、レオンの言葉を見守っているみたいだ。
「どうかされましたか、レオン様」
「いや……君の今日の姿だが──」
レオンは少し悩んでから、こう口を動かした。
「ぱ……ぱっとした感じだな」
しかし彼の言葉を受け、アレクさんは「ずこーっ!」と自ら言って、その場で崩れ落ちた。
アレクさん、いつもは落ち着いた方なんだけど、レオン様のことになると時折お茶目になる。
一方、私はレオン様の言葉を聞いて、ますます頭の中に『?』マークが浮かんだ。
「どういう意味でしょうか?」
「いや、なに。褒めているんだ。決して貶す意図はない。君がいるだけで、部屋の中が明るくなったみたいだ」
やっぱり意味が分からない。
私がきょとんとしていると、アレクさんがよろよろと立ち上がり、
「はあ……どうして、真っ直ぐ褒めてあげないんでしょうか。キレイだ、の一言で十分だったではないですか」
と額に手を当てて、深い溜め息を吐いた。
レオン様はそんなアレクさんに鋭い視線を向け、「うるさい」と小声で嗜めた。
……取りあえず、褒めてくださっているなら、喜んでもいいんでしょうか?
「あ、そうそう……」
レオン様の顔を見ていたら、先ほどのエマさんの言葉を思い出した。
レオン様を呼び捨てにすること──。
それがエマさんから言い渡された宿題だったはずだ。
呼び捨てにすることは彼からの頼みだったとはいえ、こうして目の前にいると、つい口を噤んでしまう。
「レオン様……お許しください」
「なにがだ?」
今度はレオン様が首を捻る番だ。
ちょっと怖いけど、エマさんが言ったことにも一理ある。
私は勇気を出して、恐る恐る口を動かした。
「レ、レオン……今日のあなたもぱっとした感じですね」
「……っ!」
私がそう呼び捨てにするとレオン様──いや、レオンは雷に打たれたように目を見開いた。
ぱっとした感じ──の意味は分からないけど、レオンが褒め言葉だと言っているのだから、事実そうなのだろう。
だから使ってみた。
「そ、そうか。君に言われると嬉しい」
「よ、よかったです」
二人してもじもじする。
不安だったけど、レオンの仕草を見るに、不快には思ってなさそう。
なんなら嬉しそうで──。
いや、それはさすがに私の思い上がりだろうか? 怒っていないことは確かだと思うけど、嬉しさを感じているというのは微妙だ。
「……まあ、これもレオン様とフィーネ様らしいですか。少しずつ前進していきましょう。いや、夫婦相手になにを言ってるんだという話ですが」
アレクさんは私たちの様子を見て、ぶつぶつとなにかを呟いていた。内容まではよく聞き取れなかったけど。
エマさんからの宿題は終わらせることが出来た。
まだ『レオン』と呼び捨てにすることは違和感があるけど、いずれ慣れていくだろう。




