36・彼女の選ぶ道
──あれから数日が経過した。
「ようやく落ち着いてきたな」
「そうですね」
俺──レオンは執務室でアレクが淹れてきた紅茶を啜りながら、今回の事件について話し合っていた。
最初は帝国が事前の予告もなしに我が国の国境を越え、戦争を仕掛けてきたことが始まりだった。
戦いは熾烈を極めたが、帝国最強の剣士である剣神バティストを討ち取ったことにより、我々の勝利となった。
それだけならハッピーエンドなのだが、胸騒ぎがして急いで塔に帰ってみれば──聖女コリンナが闇魔法を使い、フィーネたちを追い詰めていた。
幸いフィーネが光魔法を覚醒させたおかげでことなきを得たが……紙一重の戦いだった。
もしかしたら今頃、こうして平和に紅茶を飲めなかったかもしれないと考えると、ぞっとする話だ。
「コリンナはどうだ?」
「あの女なら、バティストとともにお城の地下に投獄されています。驚くくらいに、おとなしくしているそうですよ。もっとも……囚人の料理は舌に合わないみたいで、どんどん衰弱していっているそうですが」
「まあ今まで贅の限りを尽くしてきただろうからな。これくらいの報いは受けて当然だ」
と俺は息を吐く。
聖女コリンナ──とはいえ、聖女の名は剥奪されたのだが──はすぐにその身を拘束して、国王陛下にも報告した。
光魔法の使い手もそうだが、闇魔法の使い手はもっと少ない。
そもそも国家的に忌避される傾向があるので、仮に闇魔法が使えたとしても、隠蔽しようとするためだ。
陛下はこの事態を重く受け止め、コリンナをひとまず、バティストともに牢屋の中に閉じ込めることにした。
死罪にならなかったのは、なんだかんだで闇魔法の使い手が貴重だったからだ。
今頃は囚人として過ごしつつ、闇魔法の実験台にされているだろう。
彼女のしでかしたことを考えると、なかなか辛い日々を送らされているだろうが……俺の知ったことではない。
何故なら、そんなことよりも。
「フィーネが光魔法の使い手だったとはな……先日のマナが汚染された土の件で、なんとなく察していたが、まさかあそこまで完璧に使いこなせるものとは思っていなかった」
俺の言葉に、アレクは神妙な顔をして頷く。
あの時、眩い光が俺たちを包んだ。
視界もはっきりしていない中、なにが起こっているのかは不明瞭だったが、俺は剣だけは強く握っていた。
そして視界が開けた時には、コリンナを包んでいた闇の魔力は消滅していたというわけだ。
「俺からフィーネに提案したことだったんだが……上手くいってよかった」
「そのせいで、フィーネ様は倒れてしまったわけですが」
「ぐっ、痛いところを突くな。しかしあの場面は緊急事態だったんだ。フィーネの力を使わなければ、もしかしたらあの場にいる全員コリンナに殺されていたかもしれない」
闇魔法というのはそれほどの力を持っているのだ。
剣神バティストの異常な強さを見ていれば、それは嫌でも理解出来る。
「俺とゴードンでも、コリンナの動きを止めることしか出来なかったんだぞ? あの時はあれが最善の策だった」
「レオン様の言う通りかと。それに……フィーネ様のお体も無事でしたし」
「うむ」
フィーネが目を閉じた時は肝を冷やしたが……彼女はその後、一時間もしないうちに目を覚ました。
どうやら疲れて、眠っていただけだったらしい。
意識もはっきりしているようで、自分で立つことも出来ていた。
侍医も呼んで、フィーネの体の調子を見させているが……健康そのものらしい。彼女も『こんなに大層なこと、してくれなくていいのに……』と申し訳なさそうな顔をしていたくらいだ。
「マナが汚染されている土を浄化した時とは、比べものにならないくらいの魔力を使ったはずだ。それなのに、この程度で済んだとはな」
「フィーネ様も二度目とあって、光魔法を使うのに慣れてきたのでしょうか? だとするなら……」
「ああ。この調子で光魔法を使っていけば、近い将来には倒れたりせず、光魔法を使用することも可能だろう」
全く……すごい女性だ。
聖女と呼ばれた妹は魔女で、虐げられた令嬢はまごうことなき聖女だった。
「果たして、この事実が陛下の耳に入ったらどうなることやら……」
「やはり……フィーネ様が光魔法を使えることを、隠し続けるつもりですね」
「当たり前だ」
と俺は即答する。
光魔法の使い手の誕生となったら、人々から祝福されるだろう。
それに──丁度コリンナの悪事が暴かれたことによって、教会の権威は失墜しつつある。そこでヤツらはフィーネを『聖女』として崇め奉るに違いない。
「このことがバレれば、彼女が望む平穏は消えてなくなるだろう。暇な生活などもってのほか。彼女は聖女として死ぬまで働かされるだろう」
「まあ……言えばなんでも買ってもらえるでしょうし、贅沢な暮らしは保証されるでしょうが」
「メリットがないとまでは言わない。しかし」
俺はフィーネがここからいなくなって欲しくないのだ。
彼女が俺に嫁いできて、そんなに日にちが経っているわけではない。
しかし彼女と過ごした日々は、いつしか俺の中で他に代え難い大切なものになっていた。
マカロンを美味しそうに食べるフィーネ。
服屋で楽しそうにしているフィーネ。
公園の芝生の上で寝っ転がって、気持ちよさそうにしているフィーネ。
そんな彼女を王家や教会に渡すことは、俺が耐えられなかった。
とはいえ。
「それも彼女の意思次第だがな」
ティーカップの中の紅茶がなくなると同時。
俺は椅子から立ち上がり、部屋を後にしようとした。
「……とうとう聞く気になったんですね」
「戦後の後処理も落ち着いてきたし、今が聞き時であろう」
手が震える。
フィーネがどんな返事をするかと考えると……彼女を失うことの恐怖が押し寄せてきた。
しかしここで逃げるわけにはいかない。
これは彼女の人生にも関わる、大切なことだからだ。
「いってらっしゃいませ。良い返事をいただけなくても、骨なら拾ってあげますよ」
「そうしてくれ」
俺は苦笑し、フィーネがいる部屋へと向かった。




