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35・真の聖女は──

「フィーネ、無事か……?」


 コリンナから少し距離を取って。

 レオン様が私の体を気遣ってくれる。


「はい、大丈夫です」

「よかった……」


 ほっと安堵の息を吐くレオン様。


「そんなことよりも……レオン様、ようやく私の名前を呼んでくれましたね。嬉しいです」

「……っ!」


 私が言うと、レオン様は見る見る内に顔を赤くした。


 ふふ、可愛い。

 場違いかもしれないけれど──レオン様のそんな顔が見られて、彼への愛おしさがさらに膨らんでいくのを感じた。


「なに、イチャイチャしてんのよ!」


 だけど、コリンナは私とレオン様の感動の再会が気に食わないみたい。


 彼女が纏っている闇がさらに深いものとなる。

 ここに立っているだけで頭がクラクラするような、そんな深い闇だ。


 コリンナは再び私たちに襲い掛かろうとするが……。


「おっと、お前さんはオレが相手をする」


 キンッ!


 コリンナの後ろから、熊のような大きな体をした男が現れる。

 彼は一切の躊躇なく、コリンナの脳天に大剣を振り下ろすが……闇が盾状となり、攻撃を防いだ。


「ゴードンさん!」


 私がその名を呼ぶと、ゴードンさんはニカッと笑った。


「おお! フィーネ! 無事か?」

「はい! おかげさまで!」


 そう返事をすると、ゴードンさんは少し安心したような表情を浮かべ、コリンナとの戦いを再開させた。


「うおおおおおおお!」


 何度も何度も剣を振り下ろす。

 しかしコリンナの体には届かない。塔が震えるような斬撃を、彼女はその身に纏った闇で防いでいるのだ。


「こんのっ……ジャマよ! ワタシのジャマをしないで! じゃないと、あんたもコロスわよ?」

「ほお……じゃあ、やってみるんだな!」


 コリンナと戦っているゴードンさんは、どこか楽しげだった。


 とはいえ、じゃっかんゴードンさんが押されている。体格差は言わずもがな。いつものコリンナならこんなに戦えないはずなのに……彼女の身になにが起こっているのか。


「闇魔法だ」


 私の疑問を察したのか、レオン様が戦いの様子を注意深く眺めながら、そう口にする。


「闇魔法……? コリンナがですか?」

「ああ。今思えば、あのバティストの強さも異常だった。今の彼女の状態と酷似している」


 混乱している私の一方、レオン様は言葉を続ける。


「バティストも闇魔法で正気を失っていたんだろう。それならあの強さが納得出来る」

「レオン様……ずいぶん、闇魔法について詳しいですね。もしかしたら、闇魔法に対抗する術も分かっているんですか?」

「それは……」


 レオン様は私の顔を見て、なにかを言いかける。

 しかしすぐに顔をさっと逸らしてしまった。

 ……言おうか言わまいか、悩んでいるようだ。


「レオン様」


 私はそんな彼を一直線に見つめて、こう言う。


「言いたいことがあるなら、全部言ってください。この状況で、無用な気遣いは不要です」

「いや……しかしだな。君が危険になるかもしれないんだ」

「私の身が?」


 レオン様は一体なにを言いたいんだろう……。


 でも、それなら尚更言わない理由がない。


「私の身を案じているなら、それも必要ありません。私は……この戦場に立った時から、軍医としてやるべきことをやろうと思っていました。そして私も一緒に戦っている──そう思うのです」


 そう。

 前線で戦っている人に比べたら全然マシだけど、軍医が必ずしも安全というわけではない。


 野営地が強襲され、敵兵に命を取られかけた経験は一度や二度じゃない。

 不安で眠れない夜をいくつも越してきた。


 でも……私は逃げなかった。


 私が逃げれば、他に戦っている人の命がなくなると思っていたから。

 ゆえに私はどんなに不安でも自分を奮い立たせて、味方と共に戦っていたのだ。


「自分だけを安全圏に置くつもりはありません。レオン様、どうか教えてください」

「……分かった」


 覚悟を決めたのか、レオン様は私にこう言った。


「──っ、──」


「え?」


 戦いの雑音が混じっているせいで、一瞬聞き間違いだと思ってしまった。

 私がきょとんとなってレオン様を見ると、彼は「聞き間違いじゃない」と言わんばかりに頷いた。


「俺とゴードンが必ずあいつの動きを止める。その時は……フィーネ。頼めるか?」

「お任せください!」


 こういう時は「出来るかどうか分からないけど」なんて言葉は不要だ。

 レオン様は私に命を預けてくれた。ならば私はその期待に必ず応えなければならない。

 これは絶対の答えだ。


「ゴードン、助太刀するぞ!」


 レオン様は私から離れて、ゴードンさんと共にコリンナと戦い出した。


「ちっ……鬱陶しいわね。さっさとシになさいよ!」


 さすがのコリンナも二人相手だったら苦戦するみたい。



 ──強い。



 レオン様とゴードン様が戦っている様を見て、私はそう思ってしまう。惚れ惚れするような戦いっぷりだ。


 だけど見惚れている場合じゃない。

 私は二人がコリンナを食い止めている間、体勢を低くしてアレクさんの元まで移動した。


「アレクさん、すぐに癒しますね──ヒール」


 緑色の光がアレクさんを包む。

 すると「ん……」と声を出して、彼が瞼を開けた。


「よかった。生きててなによりです」

「この程度では死にませんよ」


 ふんわりと微笑むアレクさん。


 見た目は酷いけど……命に別状はないみたい。戦うのはちょっと厳しそうだけど、治癒魔法もかけたし、後はゆっくり休めばすぐに全快するだろう。


「レオン様とゴードン……来てくれたのですね」

「はい。手短に話しますが、今のコリンナは闇魔法を使って戦っているそうです」

「闇魔法? やはり……」


 アレクさんはなにか思い当たるところがあるのか、それを聞いて納得しているようだった。

 先の戦いで、アレクさんも闇魔法で強化された剣神バティストと戦った。なにか感じるところがあったんだろう。


「ならば、果たしてどうすれば……闇魔法の使い手が相手だと、あの二人でも厳しいかもしれません。やはりここは私も加勢に……」

「その必要はありません」


 立ち上がろうとしたアレクさんを手で制す。


「し、しかし……」

「怪我人はおとなしくしていなさいっ! 大丈夫。全部なんとかなりますよ」


 私はわざと強い口調で、アレクさんに言い聞かせる。

 アレクさんはきょとんとして、すぐに「は、ははは」と笑みを零した。


「すみません、呆気に取られまして。相変わらず、あなたは戦場では別人のようだ」

「あら、こんな私はお嫌いですか?」

「いえ、ますます好きになりました」


 そう言った後、アレクさんは「おっと、これは失言でしたね」と口を手で押さえた。


 こんな冗談を言えるくらいなら、やっぱり彼はもう大丈夫みたい。

 あとは──コリンナを止めるだけだ。


「レオン、そこだ!」

「おうっ!」


 ゴードンさんが囮役になって、コリンナの気を引かせる。その隙にレオン様が、彼女の右腕に剣を突き刺した。


「こんなので、ワタシはやられないわよおおおお!」


 しかしコリンナは怯まない。もう一方の手を振り上げ、レオン様の横っ面をはたこうとした。


「痛みを感じないのが災いしたな。一旦、お前はここで引くべきだった。だが前に進むなら──」

「なっ!」


 前に向かってくるコリンナの動きに合わせて、レオン様が一歩後退する。

 するとコリンナがバランスを崩し、床に転倒してしまった。


「うおおおおおおお!」


 剣はまだコリンナの右腕に刺さったまま。

 レオン様は剣を両手で握り、右腕を床に縫い付けるかのごとく剣を刺した。


「フィーネ、今だ!」

「ありがとうございます!」


 私は目を瞑り、手をかざす。


 失敗は許されない!

 たった一度の好機チャンスを逃さないため、私は意識を魔法に集中させた。




──『フィーネ、あなたの力はいつか愛する人のために使いなさい』




 懐かしい──声が、どこからともなく聞こえてきた。


 ……そうだ。これは幼かった私の記憶。

 まだ生きていた母親が私の魔法を見て、そう言ってくれたのだ。


 目を開ける。

 次の瞬間──目の前が真っ白になった。



「やはりこの光──光魔法。本当の聖女はフィーネだったんだ」



 視界が光に包まれていてどこにいるか分からないけれど、レオン様がそう言っている声が耳に入った。



 光魔法。



 あのマナが汚染された土を治した魔法──やっぱりあれは治癒魔法じゃなくて、光魔法だったんだ。


 薄々気付いていた。

 あれはただの治癒魔法じゃなくて、光魔法ではないかと。

 だけど自分の力を信じることが出来ず、「そんなわけがない」と首を横に振ってきた。



「もう迷わない」



 土を浄化した時とは、比べものにならないくらいの魔力。

 あの時みたいに倒れそうになってしまうが、ギリギリのところで意識を繋ぎ止め、コリンナが纏う闇魔法を浄化していった。


「ド、ドウシテ……あんたが。ワタシはまた、あんたに負けるっていうの……?」


 逃走しようともがくが、右腕が床に縫い付けられているせいで動けないコリンナ。

 そんな彼女を見て、私はトドメの一撃を放った。



浄化ヒール



 神々しい光が一箇所に集約していき、やがてコリンナの体を包んだ。



 そして──光がなくなった頃には、コリンナが纏っていた闇はすっかり消失していたのだ。



「はあっ、はあっ……私でもちゃんと出来た。レオン様……褒めてくれるかな?」

「フィーネ!」


 レオン様がすぐに駆け寄ってくる。

 私は彼の胸に体を預けた。


「大丈夫か! フィーネ!」

「ふふ、大丈夫ですよ。でもちょっと疲れました。だから……もう少し胸を貸してくれますか?」

「ああ、フィーネの気が済むまで、俺はずっと君を離さないでいよう」

「ありがとう……ございます……」


 レオン様の体の温かさが心地いい。

 こんなに心地いいのは遠い昔、お母さんに抱っこされた時以来かもしれない。


「フィーネ……君が俺の屋敷に来たばかりの頃は謝ってばかりだったが、『ありがとう』が多くなってきたな。俺は嬉しいぞ」


 レオン様がそう頭を撫でてくれると、幸せで胸がいっぱいになった。

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