33・姉に勝てる唯一の術
獣が呻くようなコリンナの声を聞いて、私はふと昔の記憶が蘇った。
あれはまだ、コリンナも治癒魔法の力に目覚めていない頃。
彼女はとあることをきっかけに、怒りを撒き散らすことがあった。
それは……私になにか負けた時。
どんな些細なことでもいい。
ちょっと歩くのが私より遅いってだけで、彼女は癇癪を起こした。
『どうして、わたしがフィーネより下なの!』
その頃からコリンナを溺愛していた両親は、彼女になにも言わなかったけど……私は妹の怒りが収まるまで、頭を抱えるしかなかったのだ。
激怒している時の彼女の体からは、黒いオーラが漂っているように見えた。
それは両親には見えなかったみたいだから、私の幻覚だと思っていた。
そして今。
コリンナの体からは黒い煙のようなものが出ている。
久しぶりに見たそれに、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「いけません! みなさん、コリンナから離れてください! そうなった彼女は手が付けられな……」
しかし言うのが遅かった。
黒い煙が爆発したと同時、顔を上げたコリンナの瞳は魔物のような赤い色をしていた。
(コリンナ視点)
昔から姉のことは大嫌いだった。
周りの人は気付いていなかったけれど、間違いなく姉のフィーネには治癒魔法の才能があった。
幼い頃の姉は誰よりも美しく、そして優しかった。
そんな姉の姿を見て育った私──コリンナは、徐々に彼女に対する嫉妬の感情が高まっていくのを感じた。
──どうして神はあんな姉に才能を与えたの!?
しかし幸いなことに、姉は父上の不貞の子だった。
両親は姉を虐げ、私に愛情を注いでくれた。
それ幸いと考えた私は、まず屋敷内にあった魔法に関する本を全て処分した。
才能があった姉を、これ以上調子に乗らせたらいけないからだ。
そして第二に姉のことを慕っていた使用人を全員クビにした。姉の味方は少ないのに限る。
いつしか両親の姉に対する躾は苛烈さを極めるようになり、元々馬小屋として使われていた小屋が彼女の住処となった。
ざまあみろ。
笑いが止まらなかった。
さらに幸運は続いた。
あれは十歳の頃。
姉の真似事で使ってみた治癒魔法が、どうやらかなり優れたものであることが発覚したのだ。
宮廷魔導士の方にそれを指摘された時、両親は諸手を上げて喜んだ。
しかし……私だけは分かっていた。
いや、分からされてしまった。
こんなのは姉の焼き直し。
わたしじゃ、姉には勝てない。
しかし姉は治癒魔法を披露する場が与えられない。
だから私は騙し騙し治癒魔法の腕を磨いて、いつの間にか『聖女』と呼ばれるまでに至った。
それに気付いたのはいつ頃だろう。
なにげなく治癒魔法を使おうとしたら……手から黒い煙のようなものが出ているのに気付いたのだ。
見ていて不安になってくる、邪悪な魔力が含まれていた。
しかもこの煙は私にしか見えないらしい。
不安になった私は煙のことについて他の人に隠しながら、独自に調べていた。
そして一つの事実に突き当たる。
闇魔法。
それがこの黒い煙の正体。
最初は怖かった。
闇魔法の効果は簡単に言うと、人を強化し意のままに操る能力だ。
それは自分にも適応されるけど……どちらにせよ、闇魔法の恩恵を受けた者の意識は邪気に囚われ、まるで魔物のように人を襲うらしい。
そんな特性があったものだから、最初はこの力が怖くて怖くて仕方がなかった。
これがバレたら、聖女の座を取り上げられてしまうかもしれない。
それだけならまだいいものの、最悪投獄という可能性も……。
だから私は闇魔法のことをみんなに隠していたのだけれど、この力を手放そうと思わなかった。
これなら姉に勝てる。
姉は戦場でボロボロになって、私は聖女として楽な人生を与えられる。
そんな境遇ながらも、やはり私の姉へのコンプレックスは拭えなかったのだ。
他の人にバレないように、闇魔法を上手く扱えるように特訓した。
どうやら私は治癒魔法よりも、闇魔法に適正があったらしい。
皮肉なことに、めきめきとその力は伸びていった。
しかし闇魔法の力が強まっていくのに反比例して、治癒魔法の力が薄まっていくのを自覚していた。
そのことに気付いた時、今度こそ闇魔法の力を二度と使わないようにと決心した。
でも闇魔法を使えば使うほど、頭の中に邪悪な考えが生まれるようになった。
──気に入らない人間は、全てコロせ。
どうやらこれが闇魔法の代償らしい。
早くこれを手放さなければならない。
そうしなければ大変なことになる。
だが──出来なかった。
だって、これは姉に勝てる唯一の術なのだから。
私は治癒魔法の力がなくなっていくのを感じながら、闇魔法に身を委ねた──。
そして今。
『……私が姉のフィーネに劣る……?』
偉そうな騎士にそう言われ、私は愕然とする。
今まで上手く隠してきたつもりだった。
だが、見ている人は見ていたのだ。本当の劣等生は私だったことに──。
コワせ。
頭の中にそんな言葉が浮かんできた。
コロせ。
そうだ──気に入らないものは壊してしまえばいい。
そうすれば必然的に私が一番だ。
あああああああああ!
心が慟哭する。
闇魔法の魔力が体から奔流する。もう堰き止められない。
爆発した殺意は、私に反抗した全ての愚か者に殺到した。




