32・反撃開始です
帰ってくれ。
その声を聞き、コリンナは即座に振り向く。
声の主は……。
「エグモントさん……」
ついさっきまで、私が治療していた騎士の方だった。
まだ完全に傷は癒えていないはずなのに。
少し喋るだけで激痛が走るはずなのに。
エグモントさんは簡易ベッドで横になったまま、コリンナに厳しい視線を向ける。
「さっきから聞いてたが……お前は一体何様だ? 俺らの命をなんだと思ってる? 命を軽んずるような発言、とてもじゃないが見逃せねえ。目障りだから、さっさと帰ってくれ」
「せ、聖女に向かって、貴様どんな口の利き方を……」
「聖女? ああ、すまんな。聖女様の顔なんて知らなかった。しかしお前より、フィーネ様の方が聖女の名にふさわしいと思うけどな」
エグモントさんの失礼な物言いに、コリンナは米神をピクピクさせる。
額に青い筋が出来て、今にも血管が破裂してしまいそうだ。
「こ、この者をさっさと捕らえなさい! 王都に連れ帰って、聖女への不敬罪で裁く……」
「ほほお? 誰を連れ帰るんだ?」
エグモントさんとは別の声が聞こえて、コリンナがハッと後ろを振り向く。さっきから前を向いたり後ろを向いたりで大忙しだ。
そこには──いつの間にか騎士のみなさんが集まり、コリンナたちを囲み出した。
「みなさん……」
その圧巻の光景に、私は言葉を失ってしまう。
「バカでかい声だったから聞こえちまったが……お前、本当に聖女か? 俺らの命なんてどうでもいいのか?」
「確かに命は平等じゃないかもしれない。レオン様と俺らでは命の重みが違うかもしれない」
「だがな……レオン様やフィーネ様は、決してそんなことを言わなかった。知ってっか? レオン様はいつも『生きて帰るんだ』って命令をくれるんだ」
「お前の言葉は戦場をバカにするもんだ。いくら聖女でも聞き捨てならねえな」
口々にみなさんはコリンナを弾劾していく。
「くっ……! 言わせておけば……」
その迫力に押され、コリンナが一歩後ずさった。
しかし彼女の負けん気も人一倍だ。
すぐに自分が連れてきた護衛騎士に、
「そこでぼーっと突っ立ってないで、こいつらを捕らえなさいよ! 最悪殺しちゃってもいいわ。私があんたらの殺人罪を握り潰してあげるから」
と命令をした。
とはいえ、さすがの彼らもそれを愚直に守るわけにはいかない。
「む、無茶言わないでくださいよ! 相手は何人いると思っているんですか!?」
「しかもランセル騎士団の騎士といったら、国中から選ばれた最強の人たちですよ? しかも戦慣れもしている!」
「俺らが勝てるわけありません! 逆に殺されちゃいますよ!」
護衛騎士のみなさんは戦力の差を十分に理解しているらしく、コリンナに反論する。
見るからにおろおろしていて、ちょっと可哀想なくらい。
「ちっ……!」
舌打ちするコリンナ。
本来ならここで諦めるところだろう。
だけどこれで引き下がってくれるなら、私もコリンナの暴虐っぷりに頭を悩ませていないのだ。
「私は聖女よ!? 私の治癒魔法は本物だわ。今までだって、たくさんの人を癒してきた。怪我人も多いのに、私を追い返していいのかしら? あんたらが気に食わないからって、仲間の命を危険に晒すとでも?」
コリンナの言葉に、騎士のみなさんは「くっ……」と顔を歪ませる。彼女の言うことにも一理あるからだ。
仮にコリンナが「レオン様以外を助けるわけがない」と言おうとも、頼み込めば治癒魔法の一つや二つは使ってくれるかもしれない。
だから彼らは悩んだ。
一時の怒りで聖女を追い返すことが、果たして正解なのだろうか……と。
さすがコリンナ、しつこい。
だてに聖女として、教会内で立ち回っているというわけじゃないか。
「……本当はこんなところで切り札を出したくなかったんですけどね」
しかしこちらの反撃は止まらない。
今まで黙ってことの成り行きを見守っていたアレクさんが一歩踏み出し、胸元から一枚の紙を取り出した。
「フィーネ様がレオン様に嫁いでから、こちらで独自にあなたのことについて調査させていただきました」
「はあ? 一体誰の許可があって……」
「一応言っておきますが、あなたの許可はいりませんよ? あまりにあなたが怪しいから、レオン様の命令で調べていただけのことです。すると……出てくる出てくる」
アレクさんはニヤリと笑って、書類を見ながらすらすらと語り始めた。
「まず、あなたは多額の献金を受け取り、貴族の病気や怪我を治している。貧乏人には用がないんですかね? 献金を払えない者に対しては冷たく、たとえ死にそうな人が目の前にいても助けることはない」
「で、でも! それは私の治癒魔法に価値があるからよ! 命を助けてもらったんだから、どんだけ多額なお金を払っても文句は言えないでしょ?」
「命を助けて……ねえ」
アレクさんの笑みに、コリンナはぶるっと身震いする。
顔が青白くなっていくコリンナの一方、アレクさんは気持ちよさそうに話を続ける。
「治しているのは、命に別状がない捻挫や風邪といった軽いものだけらしいですね?
治癒魔法の力──だんだん弱っていっているんでしょう? 確かに昔は優秀な治癒士だったかもしれませんが、今はその限りではない。この書類を読む限り、私はあなたが騙し騙し簡単な治癒魔法を使って、貴族からお金を巻き上げているようにしか思えないのですよ」
「……っ!」
これには反論出来なくなったのか、コリンナが口を噤む。
それを好機と見たのか、アレクさんの追及はさらに激しくなる。
「この程度の弱小治癒士。わざわざ我慢して抱えるほどではないと思いますねえ」
「わ、わ、私が弱小、治癒士……」
「だってそうでしょう? 聖女なんて名はあるものの、それは過去の栄光。今ではあなたは姉のフィーネ様の足元にも及ばない」
それがトドメとなったのか、コリンナはその場で項垂れた。
「ア、アレクさん。その資料、どうしてここに持ってきていたのですか……?」
「ああ」
私がアレクさんの服の裾を引っ張って質問すると、彼はこう口を動かす。
「この戦争の情報を、周辺の地域に周知したでしょう? その時、レオン様が心配していたんですよ。これがもしかしたら、聖女コリンナの耳に届くかもしれない……って。これをあなたに言ったら無駄に心配させるかもしれないので、言わなかったですが」
「だから念のためにその資料を?」
「はい」
こちらの方が一枚も二枚も上手だったみたい。
だけど……コリンナの治癒魔法の力が弱まっているだなんて、予想外だった。
それを思えばあの時、レオン様を助けられずに逃げ出したのも頷ける。
「コリンナ……」
「…………」
私が話しかけても返答はない。
側から見れば、完全に白旗を上げているように見えるだろう。
だが、私はコリンナの諦めの悪さを知っていたので、気が抜けなかった。
「……私が姉のフィーネに劣る……?」




