30・戦争
「おい! 援軍はまだか!」
「無茶言わないでくださいよ! こっちは怪我人の手当てで精一杯です」
「なんとか持ち堪えろ! 前線ではレオン様が戦ってくれている!」
基地となっている塔の中では、騎士たちの怒号が響き渡っている。
この肌がひりつくような空気。
私はまた戦場に戻ってきてしまったのだ。
「安心してください」
塔の中で動き回っている騎士たちに、私はこう声をかける。
「怪我人は私が必ず助けます。なのでみなさん、冷静になってください。厳しい戦いだというのは分かるけれど、そう悲観しないで」
私のか細い声なんて、この場では掻き消えそうなくらい。
だけどみなさんは私の声を聞いて、頷き合う。軍医の話に耳を傾けるくらいには冷静らしい。
私はそのことにほっと安堵の息を吐きつつ、怪我人の救護を続けた。
──塔に到着して。
レオン様とゴードンさんはすぐに前線に向かって行かれた。
前線は戦場において最も危険な場所。
いつ死んでもおかしくない。
だけど彼らは命を懸けて大切な人を守るため、足を前に進めるのだ。
本当は私だって、レオン様が危険な場所に行くのを止めたい。
だけどそんなことをしても、ただの私の我儘になる。
他の騎士にも示しが付かないし、レオン様は決して首を縦に振らないだろう。
だからレオン様は「行ってくる」と一言だけ告げて塔を発ったし、私もそれに「ご無事で」と一言告げただけだった。
前線では剣神バティストが猛威を奮っているらしい。
報告にもあった通り、今のバティストはまるで悪魔に操られているかのように強い。
止められるのはレオン様とゴードンさんくらいだろう。
レオン様は先日の戦いで、バティスト相手に遅れを取った。
また剣を交わせば、今度は命があるのかどうかも分からない……それはそんなギリギリの戦いだ。
それでも、私は彼の無事を祈りつつ、今は自分のやるべきことをやるしかなかった。
「フィーネ様、大丈夫ですよ。レオン様はこんなところで死ぬほど、柔じゃない」
少し、運び込まれてくる怪我人も落ち着いてきた頃。
怪我人の手当てをしていると、アレクさんが声をかけてきた。
「……分かります? 私がレオン様を心配していることを」
「分かりますよ。いつものフィーネ様とは表情が違っている。それでも、見事に治癒魔法をかけ続けているのはさすがの一言ですが……」
感心するようなアレクさんの声。
ちなみにこの非常事態下において、私の『一日一回』という縛りは解かれた。
しかしレオン様は、
『いいか? あくまで治癒魔法に限った話だ。他の魔法は使うんじゃないぞ』
と言い残していったが、そもそも私は治癒魔法しか使えない。先日の私が倒れた時の一件もそうだけど、レオン様はなにを心配しているんだろう。まさか本当に私、光魔法が……。
そう思いかけるけど、すぐに頭の中を切り替える。
いけない、今は余計なことを考えている場合じゃない。
仮に私に治癒魔法以外の力があろうとも、今の状況では必要ないはずだ。人を癒すのは光魔法では出来ないはずだからだ。
「アレクさんはそう言ってくれていますが……レオン様、ご無事でしょうか。剣神相手には一度負けていますし」
それに……さっき、レオン様から「周辺の地域にも戦争が起こったことを知らせる」というような言葉を聞いてから、胸騒ぎが止まらない。
これがどうしてなのか分からないけど、嫌なことが起こる気がするのだ。
「何度でも言います。大丈夫」
アレクさんは力強く、何度でも「大丈夫」と言ってくれる。
彼の優しげな声を聞いていると、私の中の不安が薄れていった。
「レオン様は一度負けた相手に、再び遅れを取りません。レオン様はゴードンや私──いえ、全騎士の誰よりも強いのですから」
(敵国・兵士長視点)
「ちいっ! どうして押し切られる!? どうして先手を取った我らが押されているのだ!」
帝国の作戦会議室。
そこで兵士長でもある俺は、部下に怒りをぶつけていた。
「は、はっ! 予想よりも早く、敵国の本隊が戦場に辿り着いたようです。相手には『暴れ馬』の異名を持つゴードンもいますし士気も高い。勢いでは我々が負け……」
「言い訳はいい!」
ガンッ!
机に拳を思い切り叩きつけると、部下の体が一瞬跳ねた。
そのおどおどしている表情が気に食わず、俺の怒りはさらに膨らんでいくだけだった。
「どうしてくれるんだ……宣戦布告もなしに仕掛けたんだぞ? 大陸法を破ったら他の国にも目を付けられる。そこまでのリスクを取ったんだ。敗北は許されないんだ」
頭を抱える。
宣戦布告もなしに開戦するのは、さすがにやり過ぎだと思った。しかしこれは帝王陛下直々の指示である。
「逆らえないとは……情けない話だな……」
戦況の報告を聞き、弱気になってくる。
「大丈夫ですよ!」
しかし部下はそんな俺にこう言葉をかけた。
「なにせ、こっちには剣神ボニファーツ様がいます! バティスト様がいれば負けることはありません!」
「バティストか……」
確かに剣神バティストは強い。先日の戦いにおいても、あのランセル公爵相手に圧勝した。
だが、俺はそんなバティストに不気味さを感じる。
今の彼は強すぎるのだ。
「しかし今はバティストに頼るしかない」
俺は自分に言い聞かせるように、こう声を発する。
「ランセル公爵──公爵騎士レオンはどこにいる?」
「い、今は最前線におられるようです。バティストがランセル公爵の元に向かっています」
「今の公爵騎士を止められるのは剣神様くらいだろうな」
なにかきな臭いものを感じながらも、今はバティストに頼るしかない。
名ばかりの兵士長である俺は、自分の情けなさに辟易とした。
(フィーネ視点)
「怪我人は! 私の元まで運んでください! 心配しないでください。私は誰も一人も死なせません! 私は誰も見捨てません!」
塔の中はてんてこ舞いの状態になっていた。
いくら手当てをしても、次から次へと怪我人が運び込まれてくるのだ。このままではキリがない。
だけどここで私が手を止めるわけにはいかない。
訓練所で見た、騎士たちの姿を思い出す。
腰を痛めた騎士に治癒魔法をかけた時、彼は私にすごく感謝してくれた。アレクさんに喧嘩を売った騎士は、ちょっと不快だったけど、あれでも大切な者を守るべく騎士となったのだろう。ただの喧嘩自慢が戦場に立てるほど、ここは甘い場所ではないからだ。
みなさんを助けたい。みなさんを死なせたくない。
そんな一心で、私は働き続けていた。
「あ、ありがとう……」
今も治癒が終わって、一命を取り留めた騎士がそう礼を言ってくれている。
「いえいえ、これが私のお仕事ですから。それにあなたも休んでください。まだ動けないでしょうから」
「わ、分かった……この借りは必ず……返す」
「ええ、必ず返してください、エグモントさん」
「俺の名前が……分かるのか?」
「もちろんですよ」
当たり前だけど、ここにいる騎士には一人一人名前があって、その数だけ人生がある。
粗末にしていい命なんてどこにもないのだ。
「そうですね。私、甘いものが好きなんですよ。この戦いが終わって領地に帰ったら、スイーツを奢ってくださいね」
「……ふっ」
騎士は少し笑って目を閉じた。
もう怪我は癒えているし、単純に疲労のためだろう。彼の寝息が聞こえてきて、私は安堵する。
しかしここで手を休めている余裕はない。
「次の怪我人はどなたですか! 私に任せて……」
他のことに気を遣っている余裕がないくらいの多忙。
だけど、まだ私の前で誰も死なせていない。
アレクさんから聞いたけど、戦況も私たち優位で進んでいるらしい。
今のところは順調……しかし先ほどからの嫌な胸騒ぎはなくならなかった。それどころかさらに悪化していっているような気がする。
その不安を誤魔化すように、私は疲れた体に鞭打って、次の怪我人のところへ向かおうとすると……。
「あら、やっぱりあんたもここにいたのね。私が来てやったわよ。感謝しなさい」
まとわりつくような嫌な声。
私はそれを聞いて、背筋のところがぞっと寒くなった。
恐る恐る声のする方に顔を向けると、そこには──。
「コ、コリンナ!?」
妹のコリンナは何人かの護衛を引き連れて、偉そうな顔をしてそこに立っていた。




