26・デート開始です!
日が過ぎるのも早いもので、デート当日となった。
私は身支度を済ませてから、待ち合わせ場所である屋敷の正門前へと向かった。
「来たか」
待ち合わせ場所に着くと、既に レオン様が待ってくださっていた。
「すみません、身支度に時間がかかってしまって。待ちましたか?」
「俺もさっき来たばかりだ。なにも問題ない。そんなことよりも……」
「はい?」
レオン様は頬を掻きながら、私の姿を眺める。
なんだかこの雰囲気、前にもあった気がする。いつだっけ?
記憶を辿っていると、彼は意を決してという感じで口を開いた。
「きょ、今日はいつもと服装が違うんだな。キ、キレイだ」
「ふぇ!?」
予想だにしないことを言われたから、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。
さすがにデートということもあって、いつもよりお洒落をする必要がある。だからエマに手伝ってもらって、一生懸命お洋服選びに勤しんでいたのだ。
だけどレオン様がここまで真っ直ぐ褒めてくれるとは思っていなくて、私はドキドキしてしまった。
「ありがとうございます。そういうレオン様もカッコいいです。なんというか……優しそうな感じで」
いつものレオン様が優しくないわけじゃないけれど、どちらかというと普段の彼は『ザ・仕事人』という感じ。
でも今日の彼はふんわりした雰囲気で、だからといってラフにもなりすぎない。丁度いい塩梅の服装だった。
率直に言うと……この服、好き!
「そ、そうか。君にそう言ってもらえると嬉しい」
かーっと顔を赤くして、私から顔を逸らすレオン様。
こういう彼の姿も、可愛いなと思った。
「良い調子です、良い調子です! レオン様!」
「ふふふ、レオン様の服を一緒に考えた甲斐がありました。出だしは好調です」
……なんだろう。
聞き覚えのある声──具体的に言えばエマとアレクさんの声が、あっちの草の茂みから聞こえたが……きっと気のせいだろう。
「レオン様、出発しましょう! 私、今日一日楽しみたいです!」
「そうだな」
とデートの始まりは、ゆったりとしたものだった。
その後、私はレオン様に色々なところへ連れていってもらった。
お昼過ぎに立ち寄った服屋でのこと。
店員さんとこんなやり取りがあった。
「いいわいいわ〜。さすが、レオンちゃんの奥さんね。素材がいいから、どんな服でも似合っちゃう!」
……なかなか独特な店員だった。
レオン様から聞くに、どうやら昔からよく利用していた服屋だったらしく、そのことから店員さんは彼のことを実の子どものように可愛がっている……とのことだった。
ちなみにこの店員さん、こういう喋り方をしているけれど、性別的には男。年齢はすごくお若く見える。レオン様の子どもの頃から知っているということだったから、まあまあ良い歳だと思うけれど。
「ほ、褒めすぎですよ。ここの服が全部素敵なおかげです」
「謙遜しちゃうのね〜。そういうところも可愛いわ。レオンちゃんも、良い奥さんを見つけたわね」
「そのことについては否定しないが、『レオンちゃん』って呼ぶのはやめてくれないか? 俺はもう子どもじゃないんだ」
「私にとったら、レオンちゃんはいつまで経っても子どもよ」
と店員さんがウィンクする。
レオン様はそれに対して「はあ……」と溜め息を吐くものの、怒ったりすることはない。
世の中には、貴族と平民の身分の差を気にして、こんな風に不遜な言葉遣いをしたら牢屋行きにされる領地もあるというのに……分かっていたけれど、レオン様はその類じゃないらしい。
「どれか気に入った?」
「正直、甲乙付け難いですね……」
鏡の前でくるりと回ってみる。
先ほどから、店員さんが様々な服を持ってきて、私に着させてくれる。中には私にしたらちょっと派手なものまであって、飽きなかった。
そして今着ているのは、ちょっと薄着の洋服。
ここから夏に近付いていくわけだし、こういう服も持っていていいかもしれない。
「レオン様はどう思いますか?」
自分だけでは決められず、私はレオン様に意見を求める。
「似合ってる」
「本当にそう思ってますか? さっき試着した洋服でも、同じことを言いませんでしたか?」
「本当に思っているぞ。気になっているなら、二つとも買ってやる。それくらいは金を持ってきているからな」
「もーっ、いけませんよ! 無駄遣いしてちゃ、民に示しが付きません」
「公爵が細かい金額でうだうだ悩んでいるのも、領民にとったら不安だと思うがな」
「それは一理ありますが……貴族が好き放題やりすぎて、民が革命を起こすという話もよくあるでしょう?」
「ぐっ、そう言われると痛い」
レオン様が顔を歪める。
「ほうら、選んでくださいよ。この服と前の服、どっちの方がよかったですか?」
「……っ!」
その瞬間。
まるでレオン様の頭に雷が落ちたかのように、彼は目を見開いて動かなくなった。
「レオン様……?」
「とうとう来たか……その質問」
そう言うと、レオン様はこめかみに手をやり、苦悶の表情を作った。
そしてぶつぶつとなにかを呟きながら、考え始めたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ。今、レオンちゃんは苦渋の決断を迫られているんだからね。そっとしてあげなさい」
「……? 分かりました」
店員さんがぽんぽんと私の肩を叩いて、優しい声音で言うけど意味がよく分からない。
やがてレオン様はバッと顔を上げ、こう答えた。
「……今、着ている服だ。その、初夏の雰囲気を醸し出す、涼しげな服は君に似合っている。それを着て、さんさんと輝く太陽の下で笑っている君の姿を容易に想像出来……」
「本当ですか!? じゃあ、これにします!」
私がそう返事をすると、レオン様はきょとんとした表情になった。
「正解……だったのか?」
「正解? なにを言っているんですか。私はレオン様の好みを聞きたかっただけです。最初から、レオン様の良いと言った方を選ぶつもりでした。私は──レオン様の隣にいても、恥ずかしくない女性になりたいから」
私が言うと、店員さんは微笑ましそうにニコニコとしていた。
服屋も出て、私達は次のショップへ移っていた。
「わあ! 美味しそうなスイーツでいっぱいです!」
そこは街中でも評判のスイーツショップだったらしい。
色とりどりのスイーツがショーウィンドウの中で並べられており、その宝石のような輝きに、私は思わずはしゃいでしまった。
「君は甘いものが好き……というのをエマから聞いていたからな。喜んでくれたか?」
「はい! もちろん!」
私がレオン様の顔を見て笑うと、彼は頬を朱色に染めた。
私の好きなもの……事前に考えていてくれたんだ。
彼と行くところなら、どこにだって楽しい。行く場所が重要ではない。誰と行くかが重要なのだ、byフィーネ。
だけどレオン様が今日のために、色々考えてくれることが嬉しかった。
今日という日が特別だと、彼も分かってくれているんだと感じるから。
「……あれ?」
私はとある見本用のスイーツに目がいく。
それはスイーツの中でも、私が一番大好きなマカロンだった。
「このマカロン……もしかして、私がレオン様の屋敷に訪れた時、出してくださったマカロンですか?」
徒歩で屋敷までやってきて。
疲れを癒す間もないまま、レオン様と話すということもあって、あの時の私は緊張していた。
そんな私の前にあったのは、美味しそうなマカロン。
あの時に食べたマカロンの味を、私は忘れられない。
「よく覚えていたな」
レオン様は少し驚いた様子で、こう口を動かす。
「あの時のマカロンは、ここで俺が購入したものだ。なにを出したら君が喜んでくれるかと、頭を悩ませたのを覚えている。今となっては良い思い出だ」




