16・フィーネの隠された能力(レオン視点)
執務室。
「なあ、どう思う?」
「どう思うと申されますと?」
そこで俺はアレクと二人きりで話し合っていた。
アレクが答えをはぐらかすのを、俺は溜め息で返す。
「とぼけるな。フィーネの治癒魔法だ。地面にあるマナを浄化したと言っていたが……そんなことが治癒魔法で可能だと思うか?」
「寡聞にして、そんな例は知りませんね」
「俺もだ」
フィーネが倒れた。
それを侍女のエマから聞いた時、俺は一瞬心臓が止まってしまったかと思った。
すぐに中庭まで駆けつけると、フィーネが青い顔をして倒れていた。
気を失っているフィーネを抱え、ベッドに寝かせたが……なかなか目を開けない彼女を見ていると、生きた心地がしなかった。
「治癒魔法というのは、そんなに応用が利くものじゃない。生き物を治癒するから、治癒魔法なのだ。マナを浄化するなんて効能はないはずだ」
そしてそれはフィーネが倒れた理由にも繋がる。
彼女は『ご飯を食べすぎたせい』と言っていた。無論、その可能性はゼロではないが……考えにくいと思っている。
だからといって、魔力切れ──魔力欠乏症の線も同等だ。軍医として働いていた彼女が、この程度で魔力がなくなるとは思いにくい。
ゆえに俺が導き出した推論は一つ。
「光魔法……だな」
俺がそう言うと、アレクも同等の考えがあったのか、神妙な顔をして頷いた。
「光魔法なら、マナを浄化したと聞かされても違和感がありません」
「だな。それに慣れない光魔法を使って、体が付いていかずに倒れた……という話なら納得が出来る」
「しかしフィーネ様は本当に光魔法の使い手なんでしょうか? そんなことは……」
「ああ、この推測が当たっていれば国が放っておかないぞ」
魔法の種類は多岐に渡る。
その中でも強力で、そして使い手がかなり希少なものだと言われているのが『光魔法』と『闇魔法』の使い手だ。
光魔法については、情報がほとんど残されていないが……なんでも邪悪なものを払い、世界の救世主ともなれる魔法だと聞いている。
その中には、汚染されたマナの浄化も含まれている。
今回のフィーネの例にぴったりだ。
「はあ……」
そのことを思うと、肩が重くなる。
「とんでもない治癒魔法の使い手だと思っていたが……まさか光魔法も使えるとはな。俺の手に負えないぞ」
「ヘルトリング伯爵家は、とんでもない娘を抱えていますね」
「一人は光魔法の使い手──の可能性があって、もう一人は聖女だからな。もっとも、妹の方は聖女とは思えないくらい性格がねじ曲がっているが」
このことをヘルトリング伯爵家が知った場合、フィーネをどうするだろうか?
結婚を解消して、なんとしてでも連れ戻そうとするに違いない。
実家で虐待されていた疑いがあるフィーネ。
彼女を伯爵家に戻せばどうなるだろうか?
身売り。奴隷。人体実験。
様々な負の言葉が浮かんでくる。
彼女が苦しんでいる光景を思い浮かべるだけで、胸がきゅっと締め付けられるように痛くなった。
「だが……俺はフィーネを渡さない」
ニヤリと笑う。
自分でも驚くほど、黒い感情が湧いてきた。
「たとえヘルトリング伯爵家がなにを言ってきても、跳ね除けてやろう。まあフィーネが自分から帰りたいと言ったら別だが……」
「その可能性は低いでしょう。彼女が実家に帰りたがっているようには見えませんし」
「だな」
今のところ、フィーネも光魔法については無自覚だ。
今回のことも、あえて隠そうとしている様子はない。もしかしたら、光魔法を使ったのは初めてだったのかもしれない。
しかしその出力は不安定。
使えば、今日のようにまた倒れてしまうだろう。
ゆえに少々心苦しいが、しばらくは治癒魔法も含め、魔法全般を使わせないようにした方がいい。
だからフィーネにあのようなことを言ったのだ。
それに。
「彼女のあんな姿はもう見たくない……」
と俺は呟く。
「レオン様、かなり取り乱していましたもんね。あなたのあんな姿は、戦場でもなかなかお目にかかることはないですよ」
「そんなにか? 表面上は取り繕っていたつもりだったが」
「はい、分かりますよ。他の者には分からずとも、私には分かります。なにせ長年、あなたに仕えているのですから」
微笑むアレク。
彼との付き合いは長い。今は隠居生活中のアレクの父は、ランセル騎士団の騎士団長だった。そんな父の姿に憧れ、アレクも騎士となったのだ。
そして俺の良き友でもあった。
周囲への観察眼がずば抜けており、相談相手にもなってくれるアレクに執事もやってもらっている。
ゆえに今回のこと──フィーネが光魔法の使い手かもしれない──は、今のところアレクと俺だけの秘密にしておこうと思う。
「波乱の臭いがするな」
「ええ」
そう言って、俺とアレクは窓の外を眺める。
しばらく争いはないから、ゆっくり出来ると思っていたが、それは見当違いのようだ。
だが、フィーネのためなら、俺は馬車馬のごとく働いてみせよう。
あらためてそう決意し、灰色に濁った曇り空を眺めるのだった。




